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粟鹿神社周辺「三谷神社」苔と小川の神社【丹波国(丹波王国)シリーズ/丹波シリーズ/但馬シリーズ】

兵庫県朝来市山東町に鎮座する三谷神社は、詳細な由緒は不明ながら、地域に根ざした神社です。祭神は三谷大神で、粟鹿神社の兼務社でもあります。記録によれば明治期には村社に列せられており、古くから地域住民の信仰を集めていたことが窺えます。

見どころとして、竹田城主・太田垣宗寿の時代に起こった悲しい伝説が語り継がれています。出石の山名氏からの使者をもてなす際、奉公に出された娘・絹巻が淵に身を投げたという物語です。その後、淵には白い蛇が現れるようになり、日照りの際には大雨を降らせたという言い伝えも残っています。

境内には立砂があり、丹波国一宮である出石との関係性も興味深い点です。例祭日は10月17日。

変更履歴

  • 2025/11/07:初版


▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時

  • 公式HP

  • アクセス:〒669-5125 兵庫県朝来市山東町粟鹿1460

  • 祭神:三谷大神(ミツタニノオオカミ)

▼見どころ

→由緒

  • 主祭神は「三谷大神(ミツタニノオオカミ)」

  • 粟鹿神社の兼務社

  • 詳細な由緒は残されていないが、明治期に村社に列せられたという記録から、その時点ですでに地域にとって重要な存在であったことがうかがえられる

  • 例祭日は10月17日

竹田城主・太田垣宗寿の時代
 ある日突然、太田垣氏の主君である出石の山名氏から使いが竹田城にやってきました。上使をもてなすために、数々のご馳走が出され、城中の多くの女の人が給仕をしました。その中に絹巻という十七才になる美しくてかしこくやさしい娘がいました。上使は絹巻の様子を見込んで、出石の本城に連れて帰りたいと宗寿に頼みました。宗寿は絹巻を手放すことをかわいそうに思いましたが、主人に当たる出石城の使いの頼みであるので、仕方なく絹巻をいいふくめて出石に行くようにすすめました。
 さて、その夜は嵐となり、夜が明けた城山の麓の三谷ヶ淵は昨夜の大雨に水かさを増し、ものすごい有様でした。そのにごり水の中に、絹巻の死体が浮かんでいるのを村の人が見つけました。かわいそうに絹巻は、永年住み慣れた竹田城を離れたくはなかったのですが、主人宗寿の命令にそむくわけにもいかず、考えにあまってこの淵に身を投げたのでした。これを聞いた人々は絹巻きを憐れんで、小さいほこらを造りその霊をとむらいました。そして、いつしかこのほこらを三谷神社と呼ぶようになったのです。
 さてその後、この淵に時おり白い蛇が姿を見せるようになりました。ところがある夏のこと、近年にない大日照りで百姓たちは困り果て、この三谷ヶ淵に水を取りに集まりました。水を取ろうとすると、どうしたことか、かんかんでりの青空は急に黒雲となったかと思うと、立ってもいられないほどの大雨となり、村人たちは、これは絹巻の変身である白蛇様が、滝壺の水がなくなって自分の姿を見られると恥ずかしく思い、大雨を降らしたのだと喜ぶとともに、さらに絹巻の霊を厚くとむらったということです。

 出石と粟鹿は共に丹波一宮。この関係は面白いなと。

→境内へ

→本殿・拝殿

 立砂ある。

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

33年ぶり御開帳×磐座×桜の旅!下鴨神社の妻であり上賀茂神社の祖母◆兵庫⑦京都丹波⑩◆|やんまあ@旅行記

兵庫川の旅行記です。「兵庫東」を参照です。

▼セットで行くところ

 丹波国は京都と兵庫を跨ぐ大きなところですね。

▼仏像展


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