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国重文の彫刻!大海龍王神・赤渕足尼神・表米宿彌神??「赤淵神社」神仏習合!勅使門ある式内社【丹波国(丹波王国)シリーズ/但馬シリーズ】

兵庫県朝来市に鎮座する赤淵神社は、古代史の謎を秘めた場所です。延喜式内社であり、祭神は大海龍王神、赤淵足尼神、表米宿彌神の三柱。特に注目すべきは、勅使門の存在です。皇族関係者のみが通るこの門が、なぜこの地に存在するのか?その背景には、古代の但馬王国と丹後王国の繋がりが隠されているのかもしれません。また、アワビにまつわる伝承も興味深く、表米宿彌命が新羅の賊を討伐した際、アワビに救われたという逸話が残っています。この伝承から、海神である大海龍王神がアワビを使い難を救う神として信仰されていることがわかります。

変更履歴

  • 2025/11/05:初版


▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時

  • 公式HP:--

  • アクセス:〒669-5261 兵庫県朝来市和田山町枚田上山2115
    ※地名の枚田は「ひらた」と読む
    ※神社前には広い駐車場があるが神社の駐車場ではない

  • 祭神:大海龍王神・赤渕足尼神・表米宿彌神

    • 大海龍王神(ダイカイリュウオウ):海神

    • 赤渕足尼神(アカブチソコヒ):
       表米宿彌神の祖神。
       但馬国造の5世孫が日下部表米宿禰であり彦坐王(日子坐王)。

    • 表米宿彌神(ヒョウマイスクネ):日下部氏の祖

彦坐王は京都・福知山市の情報をどうぞ!PDFです。(https://www.city.fukuchiyama.lg.jp/uploaded/attachment/2647.pdf

▼見どころ

→由緒

  • 枚田内高山の麓に鎮座する式内社

  • 勅使門の彫刻は五代目「中井丈五郎正忠」のもの

  • 楼門の彫刻は六代目「中井権次橘正貞」のもの

  • 但馬に多い笈形式妻飾りという社殿様式の先駆的建築物

  • 645年、表米宿彌命が丹後、白糸の浜に来襲した新羅の賊を討伐した際、沈没しかけた命の船が、海中から浮かび上がった無数のアワビに助けられたので、命はそのアワビを持ち帰り、赤淵神社に祀った

  • その後、赤淵神社の祭礼にはアワビの神事が行われ、近隣では今でもアワビを食べない風習が残っている

  • 主祭神の1柱である海神・大海龍王は、アワビを使い難を救う神であるといわれている

  • 赤淵神社の別当寺・神淵寺の本尊・阿弥陀如来坐像が安置されているようで、鎌倉時代の作といわれている。毘沙門天立像も神淵寺から移されたものであるようだ

  • 『赤淵神社由来記』には、日下部宿禰から、朝倉、絲井、奈佐、日下、八木、本山、太田垣、宿南の各氏が生じたとする

→境内へ

赤淵神社は、枚田内高山のふもとに鎮座する式内社。式内社とは、延喜5年(927)にまとめられた延喜式神名帳に記載された神社のことで、市内には9社ある。赤淵神社の祭神は、大海龍王神、赤淵足尼神、表米宿彌神の三神で、赤淵足尼命は表米宿彌命の祖神である。 神社略記によると645(大化元)年、表米宿彌命が、丹後 白糸の浜に来襲した新羅の賊を討伐した際、 沈没しかけた船が、海中から浮かび上がった無数のアワビに助けられたため、そのアワビを持ち帰り、 赤淵神社に祭ったとされている。大海龍王は海神で、アワビを使い難を救う神であると伝わり、表米宿禰命の子孫である日下部氏の一族の中には、現在もアワビを食べない風習が残っているといわれている。

案内板

→楼門

 一の鳥居をくぐると石段越しに楼門がある。中井権次一統の六代目「中井権次橘正貞」による彫刻。神宮寺・神淵寺があったようでその山門だったようだ。神宮寺があったということは、昔からこの地域を代表する古社であったともいえるだろう。
 神渕寺の楼門だったころには、楼門の2階内部に「大般若経」が納められていたという。

赤淵神社 楼門(ろうもん)
  平成二十一年八月二十五日 指定
 この門は、かつて当社の神宮寺であった神淵寺の山門であった。
 創建年は不詳。現在の門は、文政十三年(一八三〇)に多数の喜捨により再建されたものである。
 威風堂々としたたたずまいで、随所に柏原の彫刻師中井権次による見事な彫刻が施されている。二階には高欄を巡らし、内部にはかつて大般若経が納められていた。
 この門をくぐると除疫福徳の効があると伝えられる。
平成二十二年三月
朝来市教育委員会

朝来市教育委員会

→山門

 本来の神社はここからという感じだろうか。

→勅使門

中井権次一統の五代目「中井丈五郎正忠」による彫刻。朝来市指定文化財だがそのうち重要文化財行きだろうか。

赤淵神社 勅使門(ちょくしもん)
  平成二十一年八月二十五日 指定
 勅使門とは、勅使が神社に参向する際、勅使の通行に用いられる門である。
 創建年は不詳。現在の門は、寛政十一年(一七九九)に多数の喜捨により再建されたものである。
 円形の丸柱に、前後二本ずつの控柱を立てた四脚門方式で、材質にはケヤキが使用されている。
 扉の上部に見られる鳳凰の透かし彫りや、木鼻、蟇股などの見事な彫刻は、丹波柏原の彫刻師中井丈五郎、久須善兵衛によるものである。

朝来市教育委員会
  • 円形の丸柱に前後2本ずつの控柱を立てた四脚門(しきゃくもん)形式

  • 柱材にはケヤキ

  • 扉の上部に見られる鳳凰の透かし彫りや、木鼻(きばな)、蟇股(かえるまた)などの見事な彫刻が施されている

  • これらの彫刻は、丹波柏原の彫刻師である中井丈五郎と久須善兵衛によるものとされている

  • 但馬地方では数少ない江戸中期の建物

赤淵神社勅使門
 この門は、勅使参向の際に用いられたものである。元禄7年(1694)に八木城主八木勘十郎宗織が大願主となって再建し、寛政9年(1797)に修理したと伝える。円形の本柱に前後2本ずつの控柱を立てた四脚門形式で材質は欅が使用されており、切妻造、浅瓦葺である。扉の上部に見られる鳳凰の透し彫りや、木鼻、蟇股などの建築細部に見るべき特色があり、但馬地方では数少ない江戸中期の建物である。

和田山町教育委員会

 1694年に八木城主・八木勘十郎宗織が大願主となって再建し、1797年に修理とある。この八木氏は京都市中京区の壬生寺(私のNOTE)周辺の八木氏と繋がっているのだろうか?八木氏といえば新選組の宿ですよね。

 GWは大念佛会「壬生狂言」が開催されます。400席あり1000円で見れる。この近辺の人と話していたら、是非、見て行って欲しいと言われ、無料で見られる場所を教えてくれた。なるほど、角度は悪いが、見れなくはない。ちなみに八木邸の御曹司16代目も狂言に参加されているようです。狂言の感想は、よくわからなかった。妻曰く、物語を知らないと難しいそうだ。。

壬生寺(私のNOTE)

→勅使門×桜×拝殿

→本殿@重文・拝殿

 拝殿はお堂ですね。神宮寺の御堂だったのかも??
 本殿は室町時代初期に建てられたもので三間社流造、こけら葺き、国重要文化財指定とあるが覆屋で良く見えない。ただ、1992年に文化庁の補助により、本殿と履屋の大改修をしたようで、丹波王国の素晴らしい彫刻社殿の中で、指折りの素晴らしいものなのだろう。

祭神は3柱。

  • 大海龍王神(ダイカイリュウオウ):海神

  • 赤渕足尼神(アカブチソコヒ):表米宿彌神の祖神。第9代開化天皇の皇子彦坐王の子孫で「但馬国造」。

  • 表米宿彌神(ヒョウマイスクネ)

祭神の詳細はは次の通り!

  • 大海龍王神(ダイカイリュウオウ):海神

    • 🌊 大海龍王神の概要

      • 🐚 鮑(アワビ)にまつわる伝承

        • 大化元年(645年)頃、日下部氏の祖である「表米宿禰命(ヒョウマイスクネノミコト)」が新羅の賊を討伐した際の話が残っています。

        • 海難救助:

          • 命の乗る船が嵐に遭い沈没しかけた際、大海龍王神の命を受けた無数のアワビが海中から浮かび上がり、船を持ち上げて助けたと伝えられます。

          • 神事と風習:

            • この伝承にちなみ、赤淵神社の祭礼ではアワビの神事が行われます。

            • 近隣の一部の地域では、今もアワビを食べないという独特な風習が残っています。

 拝殿から勅使門!

本殿へ!!

 なんか拝殿がつながっていますね。

赤淵神社本殿
 本殿は、室町時代初期に建てられたもので三間社流造、こけら葺き、桁行4.8m、梁間3.1m正面と両側面に高欄付縁をめぐらせている。
身舎内部は内陣と外陣に別れ、正面に格子をはめ、中央に階段を設けている。再三改修のあとはあるが、蟇股、懸魚、妻窓などに当時の建築様式を残している。
<昭和45年6月17日国重要文化財指定>

和田山町教育委員会

 本殿は覆屋で見えないです・・残念・・・。

 後ろは特になしですね。いろいろな角度から本殿が見えないかと粘る。でも見えないですね・・・。

→護国神社

→秋葉神社/三寶荒社/絹巻社/金比羅社など

  • 秋葉神社(あきはじんじゃ)

    • 御祭神: 火之迦具土神(ホノイカヅチノカミ)

  • 三寶荒神社(さんぽうこうじんじゃ)

    • 御祭神: 火産霊神(ホムスビノカミ)、奥津日子神(オクツヒコノカミ)、奥津比売神(オクツヒメノカミ)など。

  • 絹巻社(きぬまきしゃ)

  • 金比羅社(こんぴらしゃ)

    • 御祭神: 大物主神、崇徳天皇

    •  赤淵神社が海神・大海龍王神を主祭神としていることから、海の見張り役でもる金比羅社と構図??

→神渕寺のお堂

 赤淵神社の別当寺・神淵寺の本尊・阿弥陀如来坐像、毘沙門天立像が安置されている。神仏分離令を逃れた方法は何だったのだろうか?柏原八幡宮(私のNOTE)と同じく寺ではなく文庫だという手なのか、もしくは、地中に仏像を埋めたのか。

 一の鳥居横にお地蔵さん。地蔵盆があるのかな??

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

33年ぶり御開帳×磐座×桜の旅!下鴨神社の妻であり上賀茂神社の祖母◆兵庫⑦京都丹波⑩◆|やんまあ@旅行記

兵庫川の旅行記です。「兵庫東」を参照です。

▼セットで行くところ

 丹波国は京都と兵庫を跨ぐ大きなところですね。


▼仏像展


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