アマテラスじゃなくて「天照玉命神社」天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊!京都福知山の古社【丹波国(丹波王国)シリーズ/丹波シリーズ】
丹後と但馬に挟まれた丹波・福知山に鎮座する天照玉命神社は、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(ニギハヤヒ)を祀る式内社で、海部氏系の元伊勢信仰との関わりも感じさせる古社。創建は成務朝とも伝わり、延喜式にも記載される。雨乞いの宮として五穀豊穣を祈られ、江戸期には藩主の崇敬を受け再興。本殿左右には出雲・大和系の神々が並び、交通の要衝らしい多元的信仰が今に残る。境内には秀吉を祀る「豊富神社」もあり、歴史の重層性を物語る。
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▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
公式HP
アクセス:〒620-0953 京都府福知山市今安1497
祭神:天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊
ニギハヤヒだ・・・。元伊勢籠神社という方が正しいかな・・・。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
=天照神 + 火明命 + 饒速日命(ニギハヤヒ)
=古代太陽神
古事記・・・天火明命
日本書紀・・天照国照彦火明命
▼見どころ
→由緒
創建については3説
16年、倭姫命が勧請したのが始まりとされる
第十三代成務天皇の時代、天火明命十二世の孫・建稲種命の四世の孫・大倉伎命が丹波国造に任ぜられ、祖神を祀ったのが起源
天火明命27世が郡司となり、当社を創建
和久庄にあるため「和久神社」とも書かれた神社で雨乞いの神として「雨乞いの宮」「雨の宮」とも称される
808年、丹波直人が当社に仕えたという。
927年、延喜式神名帳に記載されている式内社
戦国時代、一時衰退
江戸時代、福知山藩主から崇敬庇護される
江戸時代には天照大神(アマテラス)を祀る社と思われていたらしい
1309年、藤原長清撰の『夫木集』に「丹波国天照る乃社にて」と題して、丹波忠茂朝臣の歌「大江山昔のあとの絶せぬは天照神もあはれとや見む」が載っているらしい
アマテラスが丹後から伊勢へ遷座される時に当地にお泊まりになったという元伊勢伝説も残っているらしい。
元伊勢といえば籠神社だが、場所的には由良あたりとの繋がりもあるのかも
1653年、松平忠房が社殿を造営
1882年、15ヶ村と産土神17社の総社となり、現在も本殿の左右に九神社、八神社が鎮座する
1920年、現在の本殿を再建
天照玉命神社
祭神は天火明命(饒速日命) 社格は元郷社延喜式内の古社で天田四座の一にして創建は人皇第十三代成務天皇「四世紀」 の御代丹波国造大倉岐命が宗家の祖先を祀られたものである
その後戦国時代の 混乱と荒廃により一時期衰微していたが 承応二年(一六五二)時の藩主松平主殿守 忠房公は崇敬の念特に篤く同年十一月 荘厳な本殿及び拝殿を建立された
現在の建物は大正九年氏子の寄進により 三ケ年の歳月を賞して再建したものである
尚本殿西に現存の校倉造の宝庫は近在唯一のもので享保十四年(一七一六)の造営に よるもので非常に高い文化資料と称されている
当神社は五穀豊饒(穂赤熟)の神としても名高く豊富庄を中心とした十三地区民の 崇敬をあつめ雨乞の練込みは今もって 我々の記憶に新である
例祭は十月
丹波忠重朝臣の和歌「大江山昔のあとの絶えせぬは 天照神もあわれとや見む」




そういえば、但馬ってニギハヤヒの母と父と兄弟・ニニギも祀っている神社があったな~。様々な伝承が入り混じったファンタジーな神社だなと思うわけで。
→境内へ






→本殿・拝殿×2対の狛犬

















→本殿右「九神社」
阿光照神社、粟島神社、鹿島神社、御土路神社、熊野神社、賀茂神社、武神社、聖神社、八柱神社となっている。


天照玉命神社の境内社について、ご指定の形式でまとめました。
阿光照神社(あこてるじんじゃ)
祭神: 阿光照姫命(アコテルヒメノミコト)
本宮: 地域の固有信仰(天照玉命と対をなす地元の神)
備考: 主祭神の「天」に対し、地上や影を司る、あるいは太陽の光そのものを象徴する女神と考えられています。
阿光照姫命
謎多き女神です。
その正体は、記紀神話に登場する下照比売(シタテルヒメ)と同一視されるのが一般的です。彼女は国譲り神話の天若日子の妻であり、大国主神の娘。その美しさが天地を照らしたことから「光り輝く姫」の名を持ちます。天照玉命神社の文脈では、主祭神「天照玉命」が太陽や天の光を象徴するのに対し、阿光照姫は「地を照らす光」や「月光(夜の光)」を司り、陰陽の対をなす存在と解釈されます。天と地の光が揃うことで世界の調和を保つという、古代丹波独自の深い太陽信仰の断片を今に伝える貴重な神格といえます。
粟島神社(あわしまじんじゃ)
祭神: スクナヒコ
本宮: 淡嶋神社(和歌山県)
備考: 医薬、安産、裁縫など、特に女性の守護神として信仰されています。
鹿島神社
祭神:タケミカヅチ
本宮: 鹿島神宮(茨城県)
備考: 雷神であり、武道の神、勝負の神として崇敬されています。
御土路神社(みどろじんじゃ)
祭神: 泥土煮命(ウイジニノミコト)
本宮: 地域の土着信仰・地主神
備考: 「泥」や「土」の神。この地の開墾や土壌の守護を司る古い地主神としての性格が強い社です。
熊野神社
祭神: 家都美御子神など
本宮: 熊野三山(和歌山県)
備考: 厄除け、諸願成就の神。平安時代以降、全国に広まった熊野信仰の勧請です。
私のNOTE
賀茂神社
祭神: 賀茂別雷神など
本宮: 上賀茂神社・下鴨神社(京都市)
備考: 雷除け、方除け、農耕守護の神。丹波地方は賀茂氏の勢力とも縁が深い地域です。
私のNOTE
武神社
祭神: 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)など
本宮: 武神社(各地の武神を祀る社)
備考: 武勇の神であり、除災招福や開運の神として祀られます。
聖神社(ひじりじんじゃ)
祭神: 少彦名命、あるいは聖明神
本宮: 聖神社(大阪府・和泉など)
備考: 知恵や技術、あるいは修験道(聖)に由来する信仰とされ、古くは渡来系の技術守護の性格もありました。
八柱神社(やはしらじんじゃ)
祭神: 五男三女神(天照大御神と素戔嗚尊の誓約で生まれた八柱の神)
本宮: 各地の八坂神社や八柱神社
備考: 厄除けや地域の平穏を司る神々として、合祀されていることが多い社です。
→本殿左「八神社」
高杉神社、榎原神社、大歳神社、八幡神社、須賀神社、八柱神社、熊野神社、武神社となっている。次の九神社といい出雲と大和が混在する社なのが、非常に面白い。これは交通の要衝だったのだろうと思うわけで。(詳細は後述)



高杉神社(たかすぎじんじゃ)
祭神: 高皇産霊尊(タカミムスヒノミコト)
本宮: 高木神社・高杉神社(各地)
備考: 「産霊(むすひ)」の名の通り、万物を生み出す創造の神。また、高い杉の木を神体とする巨木信仰がルーツにあることも多い社です。
榎原神社(えばらじんじゃ)
祭神: 榎津彦命(エナツヒコノミコト)など
本宮: 榎原神社(京都府舞鶴市など)
備考: 丹後・丹波地方に深く関わる神様です。特に舞鶴の榎原神社からの勧請と考えられ、地元の安寧や農耕を見守ります。
大歳神社
祭神: 大年神
本宮: 大歳神社(各地)
備考: 素戔嗚尊の子とされる穀物神。一年の収穫を司る、農村部では欠かせない大切な神様です。
八幡神社
祭神: 誉田別命(応神天皇)
本宮: 宇佐神宮(大分県)・石清水八幡宮(京都府)
備考: 文武の神、源氏の氏神として知られ、厄除けや勝利祈願の信仰が厚い社です。
私のNOTEは次の通り。
須賀神社
祭神: 素戔嗚尊(スサノオノミコト)
本宮: 須我神社(島根県)・八坂神社(京都府)などなど
備考: ヤマタノオロチ退治の神。疫病退散や、力強い守護の力を象徴しています。
私のNOTE
八柱神社
祭神: 五男三女神(ゴナンサンニョシン)
本宮: 全国各地の八柱神社
備考: 天照大御神と素戔嗚尊の誓約によって生まれた八柱の神々を祀り、一族の繁栄や地域の守護を司ります。
私のNOTE
熊野神社
祭神: 伊邪那美命(イザナミノミコト)など
本宮: 熊野三山(和歌山県)
備考: 紀州の霊場から勧請された、再生と縁結びの神様です。
武神社
祭神: 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
本宮: 武神社(各地)
備考: 開運や除災のほか、武運を司る神。この地域を拓いた戦士たちの崇敬を集めた社と言えます。
→八神社右「豊富神社/祖霊社」



豊富神社(とよとみじんじゃ)
祭神: 豊臣秀吉
本宮: 豊国神社(京都市東山区)
備考:* 名称の由来: 本来、秀吉を祀る神社は「豊国」と書きますが、ここでは「豊富」の字が当てられています。これは単なる当て字ではなく、「豊かな富(農作物の実りや財)」を願う地元の切実な祈りが込められた独自の呼称と考えられます。
福知山との歴史的背景: 福知山は明智光秀が築いた町として有名ですが、光秀が山崎の戦いで敗れた後、この地は秀吉の家臣たち(杉原家次や小野木公郷など)によって治められました。その時代の統治の記憶や、天下人としての秀吉の神格化が、この地に「豊富神社」として定着した一因といえます。
御利益: 秀吉の生涯になぞらえ、立身出世、千客万来、勝負運の神様として親しまれています。
→本殿裏


和久川は、京都府北部を貫く大動脈である由良川の主要な支流です。 かつて由良川は、日本海(丹後)と内陸(丹波)を結ぶ巨大な物流ルートでした。天照玉命神社が鎮座する今安周辺は、この和久川が由良川へと合流していく手前に位置しており、川を利用した物資の集散や、川を渡るための重要な拠点であったと考えられます。
和久川沿いは、古くから丹波と播磨(兵庫県方面)や但馬を結ぶ陸上のルートでもありました。
山陰道へのアクセス: 福知山盆地を横断する街道筋にあり、川の流れに沿って人や情報が動いていました。
和久神社の別名: 江戸時代、この神社は「和久神社」とも呼ばれていました。これは、川の名前がそのまま地域の信仰と結びついていた証拠であり、川を中心としたコミュニティがいかに強固だったかを示しています。




▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
33年ぶり御開帳×磐座×桜の旅!下鴨神社の妻であり上賀茂神社の祖母◆兵庫⑦京都丹波⑩◆|やんまあ@旅行記
桜巡り!丹波/丹波篠山/福知山へ!!織田家所縁の柏原と八幡丹波篠山城ブラリ◆兵庫⑥京都丹波⑨◆|やんまあ@旅行記 (note.com)
◆兵庫東③◆丹波スイーツ/紅葉/33年に一度の秘仏/快慶と定慶(丹波/篠山)
京都側の旅行記です。「丹波王国」を参照です。
兵庫川の旅行記です。「兵庫東」を参照です。
▼セットで行くところ
丹波国は京都と兵庫を跨ぐ大きなところですね。
▼仏像展
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