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伊由神社の分霊が青倉神社?「伊由神社/善隆寺」の奥の院が青倉神社?【丹波国(丹波王国)シリーズ/丹波シリーズ/但馬シリーズ】

兵庫県朝来市に鎮座する伊由神社は、延喜式にも名を連ねる古社です。祭神は稚産霊命とされますが、スクナヒコを祀る説も存在し、その起源には謎が秘められています。特に興味深いのは、近隣の青倉神社との関係性です。伊由神社が青倉神社の里宮である可能性も囁かれていますが、位置関係からは単純な里宮とは言い切れません。また、善隆寺との関係も深く、奥の院としての側面も持ち合わせています。本記事では、伊由神社の由緒、青倉神社や善隆寺との繋がり、そして金剛院との扁額の関わりなど、多角的な視点からこの神社の魅力に迫ります。丹波国の歴史ロマンを感じさせる伊由神社の謎を解き明かしましょう。

変更履歴

  • 2025/11/03:初版


▼伊由神社:青倉神社との関係は?里宮?

  • 公式HP:--

  • アクセス:兵庫県朝来市伊由市場243-1

  • 祭神:稚産霊命 あるいは スクナヒコ

→由緒

  • 『延喜式』にある「伊由神社(但馬国・朝来郡)」に比定される式内社

  • 創祀年代は不詳

  • 御祭神は稚産霊命

  • 伊由神社の分霊が青倉神社に祀られているといわれている

  • 一説に、「伊由」は「湯」の意味であり、湯神社が変形したものと考えられた

    • 温泉の神社=オオクニヌシとスクナヒコという公式から、スクナヒコが主祭神とする説がある

    • 『和名類聚抄』には伊田郷とあり、式内社名は「伊田神社」の誤り説もある

    • 『国司文書別記 第二巻 朝来郡郷名記抄』には伊由郷と出てくる

    • 『但馬故事記』では、647年に、旅師鹿万呂が祖である伊由臣彦命を伊由丘に祀るとある

  • 江戸時代は「大森明神」と称していた

  • 境内社に、金比羅神社、寿賀神社、護国の宮などがある

→境内へ

 扁額には正一位大森大明神とある。由緒の通りだ。

左側には摂社末社。覆屋に囲まれているのが大事にされている証に感じる。元々は違うところに鎮座していたが、ここに合祀されたのかもしれない。

右側にも摂社末社。

→メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼善隆寺:青倉神社は奥の院

→由緒

  • 善隆寺の奥の院が青倉神社とされる

  • 4月25日は青倉神社で祈祷が行われ、ここで「もちまき」が行われる

青倉神社と善隆寺の関係は、古くからの神仏習合の名残りを強く感じさせるものです。

以下に善隆寺と青倉神社の関係についてまとめます。

  • 歴史的なつながり: 青倉神社の創建年代は不詳とされていますが、その歴史の中で善隆寺との密接な関係が築かれてきました。青倉神社の大祭(例祭)は、毎年4月25日に行われますが、この大祭の際には、山上の青倉神社で祈祷が行われるとともに、麓の善隆寺でも餅まきや露店が出され、多くの参拝者で賑わいます。

  • 神仏習合の形: 青倉神社の本殿は、ご神体である巨石神像を覆うように二階建てで建てられており、一階の拝殿から高さ12mの一枚岩である巨石神像を拝むことができます。このような構造や、巨岩の裏から湧き出る「目の神様」として信仰される御霊水など、自然信仰や修験道の影響が色濃く残っています。善隆寺がその奥の院とされることは、神社の信仰が寺院の活動とも深く結びついていたことを示しています。

  • 扁額の書: 青倉神社の参道にある大鳥居に掲げられた「青倉神社」の扁額は、善隆寺の2代前の住職が書かれたものと伝えられています。これも、両者の歴史的なつながりを示すエピソードです。

▼金剛院:「青倉神社」の扁額:兵庫県朝来市石田849

→由緒

  • 金剛院では、江戸期より春の例祭として五智如来例祭が行われ、近隣の参詣者で賑わいを見せるそうな

  • 「青倉神社」の扁額は、こちらの寺の住職のものなんだそうな

兵庫県朝来市にも「金剛院」というお寺があります。

  • 特徴:

    • 五智如来坐像: 特に注目すべきは、市指定文化財にもなっている「五智如来坐像」です。金剛院の五智堂内に安置されており、大日如来を中心に五体の仏像が並んでいます。その迫力ある姿は訪れる人を感嘆させると言われています。江戸時代の作とされています。

    • 大日如来坐像: 庫裡持仏堂の本尊である大日如来坐像も市指定文化財です。

    • 彫刻: 山門の天井には迫力のある龍の彫刻が施されています。中井権次一統の彫り物が見られる可能性も指摘されています。

    • 歴史: 江戸時代から続く春の例祭として「五智如来例祭」が行われ、五穀豊穣や交通安全などを祈願する行事として地域に根付いています。露店が出たり、甘酒や豚汁の振る舞い、お菓子まき、餅まき、抽選会なども行われ、多くの参詣者で賑わいます。

    • 青倉神社との関係: 青倉神社の一の鳥居に掲げられた「青倉神社」の扁額は、金剛院の2代前の住職が書かれたものと伝えられています。これは、金剛院と青倉神社が歴史的に深い繋がりを持っていたことを示唆しています。

→境内へ

→メディア情報

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▼メディア情報

▼旅行記

33年ぶり御開帳×磐座×桜の旅!下鴨神社の妻であり上賀茂神社の祖母◆兵庫⑦京都丹波⑩◆|やんまあ@旅行記

兵庫川の旅行記です。「兵庫東」を参照です。

▼セットで行くところ

 丹波国は京都と兵庫を跨ぐ大きなところですね。



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