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信長も頼朝も関わった!?「志呂志神社」琵琶湖西岸に秘められた古代豪族・三尾氏【滋賀湖西シリーズ/大津シリーズ】

琵琶湖の西岸、滋賀県高島市には、古代史の謎とロマンを秘めた地が広がっています。本記事では、この地域で長きにわたり信仰を集めてきた古社と、黄金の輝きを放つ副葬品が出土した古墳の魅力に迫ります。取り上げるのは、安曇川流域の要衝に鎮座する志呂志神社です。延喜式内社としての格式を持ち、源頼朝から社領の寄進を受け、織田信長の戦火による焼失を乗り越えてきた古社は、数多の苦難を越えて再建されました。

変更履歴


▼HP▼アクセス▼祭神

  • 公式HP:

  • アクセス:〒520-1111 滋賀県高島市鴨2276

  • 祭神

    • 瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)

    • <配祀神>

      • 鴨祖神(カモオヤノカミ)

      • 玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)

▼見どころ

→由緒

  • 不明(創建): 創立年代は不詳ですが、『志呂志神社由緒略記』などの社伝によると、崇神天皇の御代に、出雲臣(いずものおみ)の祖先である神魂命(カミムスビノミコト)の子孫がこの地に奉斎したのが始まりと伝えられています。

  • 927年: 『延喜式神名帳』に高島郡志呂志神社として記載された式内社であり、小社に列せられるなど、平安期にはすでに朝廷公認の古社でした。

  • 1187年: 源頼朝がこの地の社領として十貫文を寄進したという記録が残っています。

  • 中世(時期不詳): この地を支配した佐々木氏やその後裔の高島氏など、在地有力豪族からの崇敬を受け、地域信仰の中心として栄えました。

  • 1570年~1573年(元亀年間): 織田信長の比叡山焼き討ちの戦火が高島郡にも及び、当社も社殿焼失の被害を受けたと伝えられています。

  • 1770年(明和7年): 神社および村内の社殿・建物が火災で焼失。その後、地域の寄進により再建されました。

  • 1872年: 明治5年、近代社格制度により郷社に列せられました。

  • 近代~現代: 主祭神は建御名方命(タケミナカタノミコト)神皇産霊命(カミムスビノミコト)・玉依姫命など。出雲系の神々を祀り、五穀豊穣・縁結び・武運長久の守護神として広く信仰されています。

  • 現在: 鴨川と八田川の合流点という地理的に重要な場所に鎮座し、安曇川流域の総鎮守として、地域祭祀・神事の中心的役割を担っています。

→境内へ

 かつては川中島の白州という場所に鎮座しており、所知食(しろしめす)天皇ゆえに志呂志の天皇と称し、白州の神社とも言うのだそうだ。(ここでいう天皇はニニギのことなのか、継体天皇のことなのか…?)配祀神である「鴨祖神」は全国的にも珍しい神名ですが、賀茂氏との関係を思わせます。同じく配祀神の玉依姫命と合わせて下鴨神社(私のNOTE)と同じ構成であろう。

→拝殿・本殿

→稲荷山古墳

 社地南側には稲荷山古墳という古墳があり、6世紀前半のものとされる。
石棺や副葬品の状況から、継体天皇に二人の妃を嫁がせた三尾氏という氏族に関係する古墳とみられるらしい。

了解。では、情報源(引用・リンク)をすべて削除したバージョンで、滋賀県高島市「鴨稲荷山古墳(稲荷山古墳)」をまとめ直すよ。

■ 基本情報

鴨稲荷山古墳は、滋賀県高島市鴨にある古墳で、現在は大部分が破壊されているものの、もとは前方後円墳だったと考えられている。規模は全長 45〜60m 程度と推定される。

■ 発見の経緯

明治時代、道路工事の際に土が運び出されたことで石室が露出し、存在が確認された。その後、大正期に本格的な調査が行われ、石室・石棺・副葬品が記録された。

■ 古墳の構造

  • 横穴式石室

  • 全長約 9m、幅約 1.8m、高さ約 1.8m

  • 石室内部には凝灰岩を刳り抜いた「家形石棺」が置かれていた

石棺の形式はかなり豪華で、当時の有力者の墓としての格式が高い。

■ 出土品

石棺の内外からは、以下のような品々が多量に出土した:

  • 冠・耳飾りなどの装身具

  • 馬具

  • 青銅鏡

  • 玉類

  • 武器・武具類

  • 土器(須恵器など)

■ 造営時期

古墳の様式、副葬品の特徴、石棺の構造などから、
6世紀前半(古墳時代後期) の築造と考えられている。

■ 被葬者について

この地域では古代に「三尾(みお)氏」と呼ばれる豪族が勢力を持っていたことが知られ、鴨稲荷山古墳はその首長クラスの墓に相当する可能性がある。

■ 現在の状況(見学)

  • 墳丘はほとんど消失

  • 石室と石棺は保護施設(覆屋)内部で保存

  • 古墳の位置には説明板と石碑があり、外観は確認可能

  • 出土品の実物は県外の大規模博物館に移されているものが多い

  • 近隣の「高島歴史民俗資料館」で関連資料やレプリカが展示されることがある

■ 注目点

  • 湖西地域では珍しい「平野部の前方後円墳」

  • 副葬品が豪華で、当時の有力豪族の姿が見える

  • 6世紀の国際関係(朝鮮半島との交流)を考える上でも重要

  • 高島地域の古代政治史を理解する手がかりになる

次のような装飾が出たようで。。すごっ!!

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

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滋賀県高島市の28年ぶりに1日限定の御開帳と継体天皇所縁の神社巡り◆滋賀湖西⑮◆|やんまあ@旅行記

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