名草戸畔伝承「中言神社×4社」名草彦命💛草姫命【和歌山シリーズ#和歌山市周辺シリーズ#和歌山紀北シリーズ#熊野九十九王子社】
「なかごとじんじゃ」は神武天皇たちとガチで戦った名草戸畔伝承の名草彦命💛草姫命を祀るが複数あるのはなんで?
近年、「名草姫」は神武東征の際に神武兄弟と戦って敗れた「名草戸畔」説は口承伝説である。江戸時代後期に編纂された地誌『紀伊続風土記』では、名草姫・名草彦は紀伊国造家の祖・大名草彦(オオナグサヒコ)の後裔であろうとする。
なお、この2社以外にも鎮座するところがある。「日前神宮・國懸神宮」と「濱宮」です。両社共に元伊勢候補でもある名社。
名草彦命は、天道根命を初代國造にして五代目にあたり、名草姫命は妻である。『紀伊続風土記』には名草郡だけでも中言社と呼ばれた神社が十二社もあったようだ。
名草戸畔伝承は昨日までのNOTEです。
変更履歴
2025/11/18:初版
▼中言神社:和歌山県海南市黒江933
→由緒・歴史
祭神は、名草彦命、名草姫命、八王子命
万葉の太古より歌枕として『萬葉集』に詠まれている黒牛潟は当神社の境内周辺の地で、『紀伊続風土記』に「この地古海の入江にてその干潟の中に牛に似たる黒き石あり、満潮には隠れ、干潮には現る 因りて黒牛潟と呼ぶ」とあり
813年、紀伊国司が鎮守の神として八王子命を祀る
統治者・名草彦命、名草姫命の2柱は五箇荘吉原村に鎮座したいた
1354年、国造・左京大夫度会貞国がその霊爾を奉じて八王子社の側に奉遷し「中言神社」と称した
夫婦2柱の神を主祭神とし、中言と称するは、「中は中臣と同しく言は即事なり名草の国造として神と君との御中を執持て事を執行う職なれば中言と称する」とされている
→境内



歌碑には柿本人麻呂の歌ですね。ここにも関係しているんですね。












摂社・末社に、祇園社・弁財天社・琴平社・春日社・恵比須社・稲荷社・須佐社・住吉社・厳島社・鬼門金神祠とあるが不明・・・。

→メディア情報
▼中言神社:和歌山市吉原1100-2
前述の海南市・中言神社の本社はこちら
他の神社はここから勧請されたと言われている
かつては「中言神社」が周辺に15社あったとか
紀伊国造家・紀氏の系譜『古屋家家譜』には「名草彦」の名が見られ、日前神宮・國懸神宮(私のNOTE)を奉斎したとして、紀伊国名草郡を支配した始祖神説もある
→メディア情報
▼中言神社×2のメディア情報
いろいろなところにありますな・・・
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
▼セットで行くところ
▼仏像展
#名草戸畔
#中言神社
#名草彦命
#草姫命
#和歌山シリーズ
#和歌山市周辺シリーズ
#和歌山紀北シリーズ
#熊野九十九王子社
#名草戸畔伝承
#名草姫
#紀伊続風土記
#旅のフォトアルバム
#わたしの旅行記
#一度は行きたいあの場所
#404美術館
#ご当地グルメ
#2010年代と2020年代見比べ
#神社仏閣
#神社
#神社巡り
#やんまあ
#やんまあ旅行記
#旅行記
#やんまあ神社仏閣
#仏像
#磐座
#御朱印
#至福の温泉
#人文学
#神仏習合
#和歌山
#紀伊
#和歌山シリーズ
#和歌山市周辺シリーズ
#和歌山紀北シリーズ
#紀
#旅行・おでかけ
#紀伊国造
#大名草彦
#天道根
#和歌山
#海南市
#八王子
#左京大夫度会貞国
#和歌山市
#紀氏
#古屋家家譜
