快慶ゆかり?「安阿弥寺/稽首院」徳川家康の側室であるお亀【京都ツウシリーズ/烏丸四条五条シリーズ/京都駅周辺シリーズ】
京都市下京区・西七条。松尾大社の御旅所を巡っている途中、ふと目に留まった大きなお堂。「安阿弥」と聞けば、真っ先に思い浮かぶのは鎌倉時代を代表する仏師・快慶です。山号は「快慶山」。伝承では、快慶がこの地に庵を結んだことが安阿弥寺の始まりとされており、その名残を今に伝えています。
さらに、そのすぐ近くには、徳川家康の側室・お亀の方(相応院)が帰依したと伝わる「稽首院」が鎮座。快慶ゆかりの伝承を持つ寺と、江戸幕府創業期を支えた女性ゆかりの寺――。京都駅にもほど近い西七条には、観光ガイドにはあまり載らない歴史の断片が静かに息づいていました。
今回は、松尾祭の御旅所めぐりの途中で出会った二つの寺院、「安阿弥寺」と「稽首院」を訪ね、その由緒と魅力をたどります。
変更履歴
2026/06/11:初版
▼安阿弥寺:京都府京都市下京区西七条北西野町53
→由緒/歴史
1183年頃
仏師・快慶がこの地に庵を結び、「安阿弥寺」の起源とされる伝承がある
13世紀末~14世紀
鎌倉時代を経て、室町中期に至るまで、寺として存続していたと推測される
1384–1387年頃
南北朝時代に時宗の僧 国阿・宣阿 が入寺し、時宗西山禅林寺派に属する寺となったとされる
1467–1477年
応仁の乱によって一時 廃寺状態となるも、その後再興
1570–1600年代頃
安土桃山時代に豊臣秀吉から 寺領寄進 があったと伝承される
1678年
安阿弥寺の境内の一部が 知恩院 に譲渡される
1850〜1860年代
長州藩士・久坂玄瑞と芸妓・辰路の恋愛関係にまつわる墓所が所在し、寺は悲恋ゆかりの地として知られるようになる
近代以降
寺名「安阿弥寺」にちなみ、「快慶山」として親しまれる
宗派は浄土宗西山禅林寺派、本尊は 阿弥陀如来像 だと伝えられる
→本堂
表門を入ると正面右手に本堂、左手に書院と庫裏、左手奥に墓地があるようだが修復中のようなので寺内は遠慮した。


立派なお堂です。本堂には本尊・阿弥陀如来坐像、左脇壇には地蔵菩薩像と阿弥陀如来立像が多数、右脇壇には善導大師像、法然上人像と三十三観音が安置されている。
▼稽首院:京都府京都市下京区西七条北西野町63
→由緒/歴史
1219年
浄土宗の祖・法然上人の高弟である明遍(みょうへん)僧都によって開創されたと伝わる
1590年
豊臣秀吉の命により、伏見城築城の際、それまで寺院が立ち並んでいたこの地が整備され、寺院の再配置が行われる中で、現在の地に移転したとされる
1596年~1615年
徳川家康の側室であるお亀の方(相応院)が帰依し、中興を支援したとされる
山号は「西山」で、正式名称は「西山稽首院」である
本尊は阿弥陀如来
▼メディア情報
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