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京都最大級の神幸祭を支える舞台「松尾大社・西七条御旅所」神輿が21日間滞在する聖地【京都ツウシリーズ/烏丸四条五条シリーズ/京都駅周辺シリーズ】

現在、西七条御旅所は松尾祭の神幸祭(4月)で松尾大社を出発した6基の神輿が、還幸祭(5月)までの約21日間駐輦(ちゅうれん・滞在)する場所として、京の春の風物詩に欠かせない祭事の舞台となっている。

本宮は次の通りです。

変更履歴
2026/06/08:初版


▼HP▼アクセス

▼見どころ

→由緒/歴史

  • 701年頃

    • 松尾大社創建

    • 京都最古の神社の一つで、酒造の神として信仰される。

  • 中世(具体的な年は不詳)

    • 松尾大社の祭礼における神輿の渡御地として、西七条御旅所が設置される

  • 1585年

    • 豊臣秀吉から百四十五石、江戸幕府から二百余石の「朱印地」が与えられた

  • 江戸時代(17〜19世紀)

    • 西七条御旅所が整備され、松尾大社の祭礼の重要な拠点となる

    • 地域の信仰の中心地として機能

  • 19世紀後半

    • 明治維新の神仏分離令の影響を受けるが、御旅所の祭礼は継続される

  • 20世紀

    • 西七条御旅所の修復や管理が行われ、伝統的な祭礼行事の保存に努められる

  • 現代

    • 松尾大社・西七条御旅所は祭礼の際に神輿の渡御地として活用されている

→境内


 平安時代末期の史料にすでに記されている松尾祭の神輿の御旅所。江戸時代までは二百余石の朱印地が与えられ、かつては西七条地区に三ヶ所の御旅所があったが、明治に現在地の一ヶ所に定められた。ということで3基分のスペースはある??いや4基か??
 江戸時代、西七条村に大宮・月読相殿御旅所、櫟谷社御旅所、宗像社御旅所があり、四太神(四之社)御旅所は大宮御旅所、衣手御旅所は宗像社御旅所の同域内、その他には川勝寺村に三宮御旅所、朱雀村に惣神社の神供場が祀られていたと記されている。
 明治時代に入ると、分散していた東四社の御旅所が、大宮社御旅所(現在地)にまとめられ、「官幣大社 松尾大社西七条御旅所」となったようだ。 
 近代初頭まで、神仏皇后で、北隣の「西蓮寺」と「松尾大社西七条御旅所」は同じ境内地にあった。

 「神幸祭」は「おいで」と呼ばれ、4月20日以降の第一日曜日に行われます。そして神様は22日間ここに滞在され、21日目の日曜日に「おかえり」と呼ばれる「還幸祭」が行われます。この神幸祭には、大宮社、櫟谷社、宗像社、四之社の神輿、月読社の唐櫃の渡御(とぎょ)があります。

→拝殿・本殿

→武御前社

 「たけのごぜんしゃ」で祭神は、タケミカヅチ。旧西七条村の産土の神として崇敬されている。子どもが生まれると当社に宮参りし、男児の額に「大」、女児に「小」という朱文字を書き、鼻を摘んでもらう慣わしがあったようだ。ほお~。

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

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その他

▼セットで行くところ



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