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153年ぶり御開帳「一言寺(金剛王院)」願いは一つだけ欲張ると叶わない醍醐寺塔頭【京都伏見シリーズ/京都伏見・山科シリーズ】

あれこれと色々願うのではなく、ただ一言だけ一心に願い続ければ必ず成就するとされ、二つ以上の願い事は成就しないという伝承があり、「一言(ひとこと)観音」と呼ばれて多くの人々の信仰を集めている。

正式名称を「金剛王院」といい、醍醐寺の塔頭寺院で別格本山です。聖賢により創建され、一言寺の跡地に建てられた。醍醐寺の境外塔頭として、醍醐三流(三宝院、理性院)、醍醐五門跡のひとつといわれていた。

  • 醍醐五門跡

    • 三宝院(灌頂院)

    • 金剛王院

    • 理性院

    • 無量光院

    • 報恩院

醍醐三・三宝院・理性院の詳細は次のNOTE参照です。(超美仏!快慶・弥勒菩薩「醍醐寺」世界遺産&国宝!30分凝視!昼⇔夜【京都伏見・山科シリーズ】【京都山科シリーズ】|やんまあ

 2026年、153年ぶり「令和勧進御開帳 秘仏千手観音」です。平安時代の藤原通憲(信西)の娘で「建礼門院」に仕えた「阿波内侍」の開基により創建されたと伝えられています。本尊の千手観音は阿波内侍の念持仏とされ一言一念に願えると必ず成就すると信仰されて「ただたのめ 佛にうそは なきものぞ 二言(ふたこと)といわぬ 一言寺かな」という御詠歌も伝わっています。

変更履歴

2026/06/15:初版


▼HP▼アクセス

  • HP:--

  • アクセス:〒601-1335 京都府京都市伏見区醍醐一言寺裏町3

  • 本尊:千手観音@秘仏

▼見どころ

→由緒/歴史

  • 1100年代後半(平安末期): 伝承によれば、藤原通憲(信西)の娘で建礼門院に仕えた「阿波内侍(あわのないじ)」の開基により創建される。本尊の千手観音像が「ただ一言一心に願えば叶う」と告げたことから、「一言寺」と呼ばれるようになった。

  • 1159年: 平治の乱により阿波内侍の父・信西が命を落とし、彼女は出家してこの地で隠遁生活を送ったとされる。

  • 1300年代〜1800年代(中世・近世): 一時期寺勢は衰退したが、一言観音への信仰は地元の人々や皇族の間で根強く続いた。江戸時代には有栖川宮家などの祈願所として崇敬を受けた。

  • 1874年: 廃仏毀釈の影響で廃寺となり金剛王院と合併

  • 1895年:一言寺の跡地に醍醐山内より金剛王院が移されて現在に至っている。

  • 醍醐寺の有力な塔頭であった金剛王院がこの地に移される。正式な寺号は「金剛王院」だが、地元の人々は現在も親しみを込めて「一言寺さん」と呼んでいる。

  • 1895年:一言寺は廃される。その跡地に、醍醐山内より金剛王院の寺籍が移された。

  • 1973年: 寺の南側での発掘調査により、鎌倉時代の庭園跡などが発見される。

  • 2024年10月: 明治5年以来、152年ぶりとなる「秘仏本尊御前立」の特別御開帳が行われ、多くの参拝者が訪れた。


→境内へ

 駐車場があります。5,6台が入る砂利の駐車場ですね。

石段の右に不動明王か役行者っぽい石仏。元々は水が流れていたのだろうか?清水寺のように??

→山門から本堂へ

山門入ってすぐの所に「京都市指定の天然記念物・ヤマモモの樹」がある。かつて「一言寺の梅」とも呼ばれた。江戸時代中期の寺日記にも記され、醍醐寺に持って行き、食していたという。

2026/4/18
護摩炊きですね。小さいですが、本堂の内陣拝観するとお札に一言願いを書けます。

→弁財天堂

→本堂

1810年再建。

本堂右には、日本で2体しかない「阿波内侍坐像」が安置されている。柔らかい母の優しい顔だな~と思った。1694年に開眼供養された。かつて、長年にわたり画像が安置されていたそうな。

阿波内侍
阿波内侍は博識多才で学者として知られ、後に出家して信西と名乗り「黒衣の宰相」と称される後白河天皇の側近として活躍し、最後は「平治の乱」で対立した藤原信頼によって処刑された藤原通憲(ふじわらみちのり 1106-60)の娘とも孫ともいわれ、後に平清盛の娘で高倉天皇の中宮となり安徳天皇を産んだ平徳子(のちの建礼門院)の女房となった女性です。

1185年(文治元年)に「壇ノ浦の戦い」で平家が滅亡した後は、大原の寂光院にて尼として余生を過ごした建礼門院の最期を看取ったといわれていて、有名な「大原女」の装束は内侍の服装を真似たものともいわれ、大原女のモデルとされています。

 そうしていると、寺の人が近寄ってきて、面白い話を聞かせてくれた。この坐像は2体しかいないレア仏像なんだそうな。ただし、もう一体は大原の寺に安置されているのだが、火災で焼失したそうだ。焼失後に、ここに来て参考にして仏像を復活させたとのこと。その寺は「寂光院」だ!!とわかったが寺の名前が出てこなかった。

寂光院の詳細は次のNOTE参照。(大原女まつり「寂光院」594年に聖徳太子の父・用明天皇の菩提寺【京都大原シリーズ】|やんまあ

平清盛の娘・建礼門院が終生を過ごしたことで知られている。(中略)平清盛の息女・建礼門院徳子(けんれいもんいんとくこ)といった女性が住職を務めたので尼寺とする。

→内陣拝観:2026年「千手観音立像御開帳」

内陣後ろに厨子内に本尊千手観音像が安置推されているが閉まっており、その前には御前立の「千手観音立像」が安置され、毘沙門天立像と地蔵菩薩立像が左右に安置されている。この4体は同じ厨子に入っているのが面白い。

なお、清水寺と所縁があるため、清水寺式千手観音かと期待したが、御前立はベーシックな千手観音だった。脇侍も清水寺と同じであるが、地蔵菩薩像は勝軍地蔵ではなく、手に宝珠を持った一般的な姿だった。さて、本尊はいかに?2037年に続く!!!

見仏前にいろいろ説明をしていただいた。

  • 創建したとの伝承から、33年に1度の御開帳と決まっていたそうです。

  • 応仁の乱で焼失し、醍醐寺の五重塔がポツンとあったぐらい荒廃したので、近年はご開帳の記録もなく、お厨子の中の様子が不明のまま引き継ぐこととなった

  • 数年調べたところ江戸時代に御開帳があったと醍醐寺の日記にあったが裏取りが出来なかった

    • 30cmぐらいの小さな千手観音が安置され弁当を食べたなど記されている。

  • 代々の住職がずっと調べていたが分からず・・・

  • 現住職が意を決して厨子を開けてみたところ、今回御開帳されている秘仏本尊の御前立像が姿を現し、その後ろにさらに別の厨子が現れた。

  • 厨子の中や足元に文書があり、その中に本尊のこと御開帳の記録があり、調べていた文書と記録が一致したため、2037年に御開帳になります。

補足です。

  • この地域は醍醐寺寺領の最南端に位置する

  • 昔は平安貴族も訪れる場所で、丈六の阿弥陀仏が9体安置する場所もあった

  • 厨子の中には多くの仏像があるのは、廃仏毀釈で仏像を守るための対応かもしれないとのこと

その名残が残っているのが京都南山城地域の浄瑠璃寺(私のNOTE)で、ここは南側になると藤原氏系の日野氏の場所であり、親鸞の生まれ故郷になるのが面白い。

→2037年:本尊「千手観音立像」御開帳

 33年毎に開帳される秘仏で「阿波内侍の念持仏」だったという伝承がある。ある夜、清水寺の千手観音が枕元に立ち、この地に小堂を建てたという。ご詠歌に「ただ頼め仏に嘘はなき二言言わぬ一言寺かな」とあり、二願以上の願い事は成就しない。一言一念に願えると、必ず成就するとされた。以来、「いちごんじ」「一言(ひとこと)観音」と呼ばれた。大阪商人の信仰を集めた。

2026年の御前立開帳時の話では2025年に厨子を開いた所厨子にもたれかかるような感じなので、2037年に向けて修復するようです。ということで2025年から長い期間に御前立の御開帳をするのは、修繕費なのだろうと思います。

→鐘楼と地蔵堂

地蔵堂に向かって右に大師堂があります。

 中尊は秘仏のようです。気になるな・・・

▽一言寺の火渡り

▽一言だけ願いを叶える神社仏閣

別のNOTEで纏めようと思います。m(__)m

▼メディア情報

16 金剛王院
供養は安元元年十一月四日であるので、1175年にあたる。 『雑事記巻第五」に「金剛王院五間四面(中略)願主權少僧都源運改西光院新造此院」とあり、 源運の時西光院を改めて造営したことになる。また、「西光院一間四面 比皮葺(中略)願主僧林禅 堂本所者大湯屋西淳覚阿閣梨房之跡也(中略)其後大智院西立之」とあり、大智院の西に移動し てから金剛王院となったとある。杉山信三氏は「西方院とあるのは、この西光院のことで、西光 院を含めて金剛王院があったのであろうか。」と推察されている。

下醍醐-子院の敷地検討(https://www.kyoto-arc.or.jp/News/kenkyu/06kiyou-2.pdf

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

パンと抹茶と藤の花|伏見から宇治へ、五感で楽しむ京都一日旅!そして153年ぶり秘仏公開&京都非公開文化財特別公開◆京都宇治③伏見山科⑫◆|やんまあ@旅行記

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▼より深く知りたい方用



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