パーティーはいつか終わる《最終話》【#創作大賞2025】
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結婚式は、寺の本堂で執り行われた。
梅雨入り前の六月。夏めく晴天のもと、厳かな本堂に差し込む初夏の陽光を恍惚と眺めながら、ハレの日にふさわしい暖かな空気を胸いっぱいに吸い込む。幸福の訪れを予感させるような、やわらかくてふんわりとした空気が何とも心地よくて、身も心もうっとりする。
『新郎新婦、入堂』のアナウンスで、私は気持ちをハッと切り替えて背筋をぴんと伸ばす。
どうしても隣が気になって、ふと視線を横に向けた。
視線の先には、青羽さんがいる。
珍しく緊張しているように見える彼の姿に、私はつい口元が緩んでしまった。
「芹沢さん、綺麗ですねえ」
入堂してきた花嫁を見て、青羽さんは感慨深そうに言葉を零した。
白無垢姿の芹沢さんは普段とは別人のように気品に満ちていて、まるで映画の中から出てきたような現実離れした美しさに私は目を奪われる。
すごい。綺麗。素敵。そんな単純な言葉しか浮かんでこないほどに圧倒されていると「勝見さんも凛々しい姿ですね」と青羽さんが付け加えるように言ったので、私はようやく花嫁姿の芹沢さんから視線を隣に移した。
芹沢さんの隣に立つ勝見さんは、荘厳な装飾が施された袈裟を身に纏って、何とも精悍な顔つきで堂々と立っている。二人が並んでいる姿を改めて俯瞰で捉えると、由緒正しき新郎新婦の姿がそこにはあった。
二か月ほど前までは全くの赤の他人だったと言われても到底信じられないほど、芹沢さんと勝見さんの間には有無を言わせぬ”相応しさ”が滲み出ている。
二か月前に私たちと泊まったあの宿坊で、芹沢さんは勝見さんに一目惚れをしていたそうだ。そんな気配に微塵も気付かなかった私は、芹沢さんから「突然ですけど私、勝見さんと結婚します! ちなみにジューンブライドです!」と意気揚々と報告を受けた時、あまりの衝撃にぎっくり腰を発症しかけながらも芹沢さんを大いに祝福した。私たちと宿坊に泊まった以降も、芹沢さんは一人で何度も高野山に出向き、勝見さんの宿坊に足繫く訪れて猛アプローチを続けた末に、晴れて恋が成就したそうだ。
以前、芹沢さんが宣言してくれた”年内に結婚する”という目標がこんなにも早く実現するとは正直思っていなかったけれど、芹沢さんの行動力を想像すると、納得と賞賛以外の感情は何も残らなかった。
芹沢さんは本気で幸せを掴もうと行動したのだ。その幸福が今、挙式という目に見える形ではっきりと実現している。私もその幸福を構成する一員としてこの場に出席しているという事実に、感慨深さを感じずにはいられない。
檀家の参列も多く、男女関係なく配置された仏前式の席で、私は隣の席に座っている青羽さんのことをもう一度見つめる。
彼の横顔を眺めながら、私はこの二か月間を静かに思い出していた。
あの”事件”から、もう二か月も経ったなんて、未だに実感が湧かない。
◇
二か月前、早朝の高野山で青羽さんに思いを伝えたあの日。青羽さんと生きていく決意を母に伝えようと〈今日の夜、通話できますか〉とLINEしたところ、母からすぐに通話がかかってきた。
言葉をちゃんと整理してから母に考えを伝えようと思っていた私は若干身を竦ませながらも、直前に青羽さんと急遽結婚を誓い合っていた高揚感もあって、半ば勢いに任せて母の通話に出た私。
「話って何?」と母から単刀直入に聞かれて「実は私、結婚したい人がいるんです。なので、直前の報告になってしまって本当に申し訳ないんですけど、月末の顔合わせはどうかお断りさせてください。もちろん相手の方にはきちんと私の口から伝えさせもらうし、お母さんとお父さんにも直接会って話をさせてください」と率直に伝えると、母は少し黙ってから、感情を失ったような低い声で「それ、本気で言ってる?」と言った。
覚悟はしていたけれどあまりの恐怖ですぐに言葉を返せずにスマホを持つ手が震える。すると青羽さんがそっと私の肩に手を置いてくれた。そうだった。私はもう一人じゃないんだ。そう気持ちを奮い立たせて「自分勝手なこと言ってるのは分かってるし本当に申し訳ないと思ってるけど……わたしは本気です」と絞り出すようにして言葉を返す。
「朱莉、本当に自分が何を言っているのか分かってるの? その歳で反抗期なんてみっともないからやめてちょうだい」
「違います。反抗期なんかじゃない。本気で結婚したいと思える人に出会えたの。だから、」
「笑わせないで。お父さんの顔に泥を塗る気? それに寺はどうすんのよ。あなたが今まで何不自由なく生活してこれたのは、寺を継ぐ約束だったからでしょう。それを今さら反故にして、好きな人が出来たから結婚しますなんて、あり得ない話だと自分でも思わない? なかなか引っ越し終わらせないからおかしいとは思ってたのよ。朱莉、あんたをそんな親不孝な子に産んだ覚えはないわよ」
「お母さん、最後まで話を聞いてよ! 私は寺を継がないとは言ってません。とにかく、私が紹介したい人を連れて一旦そっちに帰るので、その時にお母さんとお父さんにちゃんと話をさせてくださ……」
「これ以上馬鹿なこと言わないで!」と母が言葉の途中で急に声を荒立てて、私は思わず耳からスマホを遠ざけた。脇の下からも膝の裏からも汗がぶわっと滲み出す。心臓が激しく波打って、うまく息ができない。
ほとんど泣きそうになっている私を見かねた青羽さんが「お電話、代わりましょうか?」と聞いてきて、私はかぶりを振るのに精いっぱいだった。ここで怖気づいていては、父に逆らうことなんて出来るわけがない。青羽さんに頼るのは、まだ早い。
そう思っていた時だった。もう一つの爆弾が遠方で突然爆発するように、新たな衝撃に母の注意は奪われた。
「なによ、真弓から急に電話がきたわ」
「……え、お姉ちゃんから?」
「ちょっと一旦切るわよ」
母はそう言って私との通話を切った。ぽかんとしている私に「お姉様がどうかされましたか?」と青羽さんが聞いてきたので「……姉が、急に電話をかけてきたそうです。内容はまったく想像がつきませんが、姉から母に電話をするなんて何十年ぶりのことだと思うので、只事ではない予感がします」と不安のような感情を私はありのままに伝えた。
それからは、本当に只事ではない、ハプニングのような展開だった。
姉は突然、『結婚相手を紹介したいから来週実家に帰る』と母に電話をしてきたそうだ。私の件といい、突如として娘二人から結婚の話をされて何が何やらという状況に陥った母は『とにかく来週こっちに帰ってきなさい』とだけ私に言い残し、その一週間後、私は青羽さんを連れて実家に帰ったのだった。
実家の居間には、何十年かぶりに見る姉の姿と、今まで目にしたことがないような大きさの、身長がゆうに二メートルは超えているであろう恰幅の良い外国人男性が大樹のように屹立していた。そこに私と青羽さんも合流して、父と母を含めた六人でテーブルを囲んで話し合いが行われる。
姉が結婚相手として紹介してきたその外国人男性は、アレクサンドル・スミルノフというロシア人であった。
姉がフォワーダーとして海外を飛び回って働いている中、ロシアで行われた国内物流サービスや輸出入コンサルなどがコンセプトの専門展示会で通訳の仕事をしていたアレクサンドルさんと出会い、交際がスタートしたという。アレクサンドルさんは幼い頃に始めた合気道をきっかけに日本に興味を持ち、大学では日本語を学びながら仏教の研究をしていたそうだ。姉が住職の娘であると知ったアレクサンドルさんは運命のように目を輝かせて、ぜひとも自分が僧侶になって跡を継ぎたいという思いで、結婚の承諾を得るためにはるばるロシアから海を越えてこの潮田家にやってきたという話だった。
そんな怒涛の展開にほとんど眩暈を起こしながら私が話を聞いていると、アレクサンドルさんが急にスッと立ち上がり、父の手をガシッと掴んで、「娘さんは私がしっかりと責任を持って幸せにする所存です」と流暢な日本語で高らかに宣言した。ガタイの良さも相まって、あまりに逞しい姿のアレクサンドルさんに手を掴まれている父はまるでお猿さんのように小さく、そして何とも弱々しく見えて、込み上げてくる笑いを堪えるのに必死な私。
自分以外に男性がいない環境で長らく過ごしてきた父は、突如として生家に襲来してきた巨大なロシア人男性の姿に気圧されていたのだろう。頭ごなしに結婚を否定することはせず、「……ひとまず、もう少し二人の話を聞かせてもらおうか」と意外にも理解があるような素振りを見せて、しばらく姉とアレクサンドルさんの馴れ初め話が続いた。
話が一段落してようやく私に番が回ってくる。直前になって住職とのお見合いを破談させてしまったことに対する謝罪と、隣に座っている青羽さんのことを誠心誠意伝えた。実家にきた時点で私と青羽さんは寺を継ぐ覚悟だったけれど、先ほど姉に寺の話をすべて覆されていたので、私には『青羽さんと結婚させてください』という願望だけが残って、父と母の目をまっすぐ見てその願望を一生懸命言葉にした。
長々と話したけれど結局その場では父と母の結論は出なくて、別の日に改めて話し合う流れとなる。
一旦東京に戻るという青羽さんに私も一緒に付いて行くことに。姉とアレクサンドルさんは駅の近くにマンスリーマンションを借りてしばらく過ごすとのことで、帰りは姉が車を運転して私と青羽さんを駅まで送ってくれた。
「朱莉」
新幹線の改札前で突然姉に呼び止められて、私は「なに?」と足を止める。私たちに気を遣ったのか、青羽さんが「僕は待合室で待ってますね」と言い残してそそくさと改札を通過していった。
「あのさ。今さら許してほしいってわけじゃないんだけど、その、今まで朱莉に寺を押し付けてきて、ごめんね」
決して姉を恨んでいるわけではなかった。むしろ、小さい頃から好きなものを見つけて私と真逆の生き方をしていた姉に、私はどこか憧れの気持ちすら抱いていたと思う。
突然の謝罪にどう答えていいのか分からず、私は姉からふっと目を逸らして「そんな、謝らないでよ」とだけ返す。
「今だから正直に白状するけど、わたし朱莉のこと少し軽蔑してた。あんなお父さんの言いなりになるなんて、あーこの子にはプライドとかやりたいこととかないんだろうなあって、変な子だなって思ってた。でもそれって、寺を放棄した私のせいで仕方なくそうなってる部分もあるんじゃないかって考えたら、まともに朱莉と向き合えなくて。ずっと謝ろうと思ってたのに、先延ばしにしてたらますます謝れなくなって、気付けば何十年も経ってた。本当に、ごめん」
違う。私が言いなりになっていたのは、その方が楽だったからだ。逆らわなければ父から優しくされたし、母に干渉されることもなかった。流されるまま楽して生きてきたくせに自分の人生を悲観する、ありふれた弱い人間だったのだ、過去の私は。
「朱莉が、お父さんが紹介した住職の息子と結婚するって話をお母さんから聞いた時、このまま朱莉に寺を継がせちゃっていいのかって悩んだ。本当に今さら過ぎるし自己満足なのは分かってるんだけど、寺に縛られずに好きに生きていいんだよって、どうしても朱莉に伝えたくなった。私は今まで好きにやらせてもらったから、今度は朱莉が好きに生きる番だって」
姉の言葉を聞いた私は思わず、「もしかして、アレクサンドルさんと寺を継ぐことは、その、お姉ちゃんの本意じゃないの?」という心配が口に出る。姉が無理をして寺を継ぐぐらいなら、ちゃんと腹を括ってここまで来た私と青羽さんの二人で寺を継ぐ方が理想的だと思ったからだ。
すると姉は「いーや」と間延びした口調でかぶりを振った。
「本意じゃないとか、そういうわけじゃないよ。なにしろアレクは本気でやりたがってるしね。なんか今は、自分のやりたいことより、自分の大切な人がやりたいことの方が、ずっと大切に思えるんだよね」
歳かな、と姉は目を細めて笑った。笑った時にふと見えた、目尻と口元の皺がなぜだか目に焼き付いて、そこでようやく記憶の中にいた姉の姿が数十年ぶりに上書きされる。嬉しいような悲しいような、何とも言えない気持ちになった。当然だけれど、私も老いるし、姉も老いるのだ。
「てかさ、勝手にちっちゃい頃の記憶のままで朱莉のこと考えてたから、ほんとにびっくりしたよ。私のお節介なんてなくても、朱莉は朱莉で、ちゃんとやりたいこと見つけて成長してた。青羽さんのことを話してる時の朱莉の顔みたら、もう私が言えることなんて何もないって思ったよ」
「青羽さんと、お幸せにね」と姉は笑って、私に向かって手をひらひらさせながら「またね」と言った。
私は「うん」と頷いて、「お姉ちゃんも、お幸せにね」と笑い返す。
ずっと忘れていたけれど。私たちがまだ小さい頃、私が家を出かける時はいつもこんな風にお姉ちゃんが笑いながら玄関で手を振ってくれてたっけな、と遠い記憶を辿りながら、ばいばいと手を振って別れた。
◇
『好きに生きていいんだよ』
姉の言葉を反芻しながら、私の顔面は激しく明滅するカラフルな閃光を浴びている。仏前式が終わった後は、そのまま本堂で披露宴が行われていた。
いま私の目の前では、勝見さんと青羽さんによるDJパフォーマンスが余興として行われている最中だ。厳かな本堂にはステージ照明やプロジェクターなどが設置されて、本格的なナイトクラブさながら辺りは熱狂の渦に包まれている。いつかこの本堂でDJライブがやりたいと語っていた勝見さんの言葉を思い返しながら、本堂にギラギラと並べられた色彩豊かなパーティーカクテルを片手にひとり感慨に耽る。
檀家の人たちや芹沢さんが呼んだ若い衆が一堂に会して老若男女問わず踊っている光景を眺めながら、私は妙な懐かしさを覚えていた。
青羽さんとクラブで出会ったあの日。生まれて初めてヒップホップのライブを目撃して、芹沢さんと行方さんの四人で酒を飲んで、私は自分を曝け出して、話を聞いてもらうことの喜びを知った。その翌日は芹沢さんとラーメンを食べに行って、花見をする約束をして、結局花見よりも酒がメインになった酒造見学ツアーを経て、知らなかった世界をまた一つ知った。そして宿坊で告白して内省して葛藤して、私は青羽さんと生きていく覚悟を決めたのだ。
これから私はどう生きよう。
姉たちはあれから父と母を説得することに成功し、現在アレクサンドルさんは僧侶になるための修行として京都の寺に身を置いているらしい。
寺を継ぐ必要がなくなった今の私は、はっきり言って宙ぶらりんだ。
楽しそうにターンテーブルを弄くり回す青羽さんを見つめる。青羽さんのこんな姿を、私は人生であと何回見れるのだろうか。パーティーと言っても、この先の私たちに訪れるのはきっと、ライブ本編が終わった後のアフターパーティーみたいなものだろう。本編ほどの真剣さも、エンタメ的な緩急も必要ない。肩の力が抜けたような諦観と、あらゆる至らなさを許容するうっすらとした寛容が、そこには満ちている。
ライブが終わって、舞台から降りて、二次会のようなアフターパーティーを楽しんで、あとは何でもない毎日が続いていくだけだとしても、その日常もいつか終わる。青羽さんともいつか別れる。想像すると寂しいけれど、この寂しさすらも、いつか終わってしまうんだ。
これから私はどう生きよう。
何にでもなれる、なんて年齢ではないけれど、怖いものなんて何もないと思った。
◇
「おはよー。今日はこってさーめーのー。さーもてなかなか起きらんねかったわ」
箒を持って掃除をしている最中、いつものように五十嵐さんの挨拶が聞こえてきた私は「おはようございます。昨日、雪降ってましたもんねえ」と手を動かしながら答えた。十二月にしては相当な降雪量だったと、朝のニュース番組で地方局のアナウンサーが話していたことを思い出す。
毎朝四時三十分に起床して、冷たい水で顔を洗って目を覚ましてから家を出る。まだ誰もいない作業場に着くと、まずは直径一五〇センチほどの大きな和釜に水を張って湯を沸かすのが私の最初の仕事だ。湯を沸かしてる間、作業場の清掃や道具の準備などをして待っていると、私より少し遅れて五十嵐さんが入ってきて、和釜に乗せた甑に二人がかりで酒米を投入していく。酒蔵内に強い蒸気が立ち上り、大量の酒米がゆっくりと蒸されていく。
甑に酒米を入れ終わると、休む間もなく別の作業場へせっせと移動し、蒸米、酒母、水、米麹が入った木桶にホースで仕込み水を送り、木桶の中を櫂棒を使ってかき混ぜる”櫂入れ”を行う。この木桶の中でアルコール発酵が行われ、酒の原料となる醪が生成される。
しばらく櫂入れ作業を続けた後は、脱衣所へ移動し、半袖半ズボンに着替えて、三十五度近くに温度設定された麹室に入る。この部屋では、前日に蒸して引き込んだ麹米を切り返し機を使ってほぐしてから、破精込み具合などを細かく調整するために小さな麹蓋に盛り分けていく作業を行う。朝の寒さが遠い過去に思えるほど汗だくになりながらこの盛り作業を終わらせる頃には、大体朝の八時を過ぎていて、その時間にちょうど朝一番に仕込んでいた酒米が蒸し上がる。
蒸し上がった酒米は甑から出して、冷却機の上で温度が均一になるように手作業でかき混ぜていく。
荒息が抜けた酒米は、麹米として使う分は麹室へ、酒母に使う掛米は酒母室へ、醪に使う掛米は木桶へと運ぶ。
すべて運び終わったら仕込みに使った道具などを三十分ほどかけて清掃し、午後の洗米の準備をして、ようやく昼休憩に入る。
以上が、ここ最近の午前中のルーティン。
最初の頃はあまりの忙しさに卒倒しかけていたけれど、二か月も経てばそれほど苦ではなくなった。この歳にして想像していたよりもずっと適応力がある自分を発見できたようで、何事もやってみるものだなと感慨に耽る。東京にいた頃のデスクワークとは打って変わって、私はこの酒蔵で働きながら日本酒造りに特化した筋肉と脳味噌を着々と養っている。
地域おこし協力隊としてこの酒蔵に着任してから早二か月。気温が低い冬場に日本酒を仕込む”寒造り”を行っているこの酒蔵では、十二月から来年の二月あたりまで酒造のピークが続くので、しばらくは休む暇がなさそうだ。
私が着任したのは、全国でも珍しく女性が杜氏を務める酒蔵だった。たまたま地域おこし協力隊の募集サイトで目に留まり、インタビュー記事などを読み漁った末に、思い切って応募することに決めた。生まれた時から”酒蔵の子ども”というレッテルを貼られて育ってきたという女性杜氏の話に、私は勝手ながら自分を重ねて読んでいたく感銘を受けたのだ。
地域おこし協力隊の三年という任期の中で、着任から二年目までは実際に酒蔵で日本酒の製造に携わり、三年目は製造と並行しながら店頭販売や商品開発などにも参画できるという。まだ着任してから二ヶ月余りの、蔵人と呼ぶにはど素人が過ぎる私にとっては毎日が勉強の日々だ。
ただでさえ日本酒造りは大変な営みだが、少人数かつほとんど手作業で地酒を生産している昔ながらのこの酒蔵は、機械化が進んでいる酒造りの現場においても”伝統的”な、シンプルに言ってしまえば”過酷な”労働環境であることは素人の私にも容易に想像できる。けれども、肉体の疲労に充足感すら覚えるほど、私はこの酒蔵での日々にやりがいを感じているのだ。
「いやあ、なんぎーしたね。午後もきついすけ、いっぺ食えさ」
五十嵐さんはそう言いながら、持参したお弁当を食べている私に個包装の煎餅を差し出した。
「いつもありがとうございます。五十嵐さんのおかげで、だいぶ慣れてきました」と礼を言って、差し出された煎餅を受け取る。地元の米菓メーカーの主力商品だと五十嵐さんが自分ごとのように豪語する、この丸粒の黒豆が入った固焼きの煎餅は、香ばしい黒豆の風味と仄かな塩気がなんとも絶妙でクセになる美味しさ。
五十嵐さんがこうして日替わりで差し出してくれる昼のおやつがきっかけで米菓にハマった私の自宅には、色んな種類の米菓がパックで何袋か常備されている。それをつまみに酒を飲むのも、ここ最近のささやかな楽しみだ。
五十嵐さんと談笑しながらご飯を食べて、一時間ちょっとの昼休憩が終わると、早速洗米に取り掛かる。
全体の九割以上の量を手研ぎで洗米するので、私はおそらくこの二か月間だけでも今までの人生で洗米した量の軽く三倍くらいは米を研いでいる気がする。洗米が終わったら再び半袖半ズボンに着替えて麹室に入り、固まっている蒸米をほぐして熱を放散させる”切り返し”を行う。
切り返しの作業が終わって、諸々の道具を片付け、明日の準備を済ませたところでようやく一日の作業が終了した。
スマホで時刻を確認すると、夜七時を少し過ぎていた。
予定の時間が迫っていたので、私は急いで着替えを済ませて「お疲れ様でした」と挨拶をして足早に酒蔵を出る。車に乗り込んで〈すいません、少し遅れそうです〉とLINEを送ると、すぐに車を走らせて、自宅には寄らずに直接目的地へと向かった。
駅前のコインパーキングに車を停めて、早歩きで目的地の店に向かう。古民家をリノベーションした風情ある佇まいの店の前に着くと、予定の時間を十分ほど過ぎてしまっていた。
店の前に看板は出ていない。けれど、店内には暖かな明かりが灯っている。自然と気持ちが高揚して、どきどきしながら店の扉を開いた。
「あっ潮田さん! めちゃお久しぶりです!」
こちらに目を輝かせながら、芹沢さんが大きく手を振っている姿が早速目に飛び込んできた。
「久しぶりー。元気してた?」と芹沢さんの隣に座っている行方さんにも聞かれて「遅れてすいません。みなさん、お久しぶりです。私はなんとかやってますよ」と言って、二人が座っているテーブル席に腰を下ろす。
三人で使うには少し広い丸テーブルには、すでに芹沢さんと行方さんのドリンクが置かれていた。
私は一息つきながら、ゆっくりと店内を見回す。小さな店内には大量のレコードやCD、カセットなどが所狭しと並んでいて、店の奥にあるカウンターには一際目立つターンテーブルが設置されていた。
来月のオープンに向けて着々と準備が進んでいる様子に、この上なく感慨深い気持ちが湧いてくる。店内にはすでに素敵な雰囲気が漂っていて、これ以上素敵を追求したらどうなっちゃうの? という謎の感情が込み上げてきた。
「潮田さん、酒蔵の仕事めっちゃ大変じゃないですか? ちゃんと休めてます?」と芹沢さんに聞かれて「最初はなんぎかったですけど、今はだいぶ慣れました。これから来年の二月くらいまでが酒造りのピークなので、気を引き締めて頑張ります」と私が答えると、何がそんなに可笑しかったのか、芹沢さんと行方さんは顔を見合わせて「ふふっ」と笑った。
「潮田さん、それ方言でちゃってますよ」
「え? あっ、失礼しました。こっちに来てから地元の人と話すことが多くて、つい」
「方言ってなんかいいよなー。おれも田舎生活始めてみようかな」
「田舎まじ最高ですよ。都会と違う豊かさってものがあります」
勝見さんの寺がある高野山で暮らしている芹沢さんは「ずっと虫苦手でしたけど今ではもう対話できますもん」と自慢げに話してくれた。そして住職の妻となった彼女は勝見さんと二人で、寺の運営についても色々な可能性を模索しているそうだ。披露宴の余興で行った本堂でのDJパフォーマンスをきっかけに、檀家の人たちも寺の在り方に対して一層寛容に考えてくれるようになったことが大きいという。今では宿坊だけでなく、ヨガ教室やダンス教室、さらにはDJライブも定期開催しているんですよ、と楽しそうに芹沢さんは話してくれる。
「お布施に頼らない自由なお寺を目指していきたいですね」と立派な志を語る彼女のあまりに大人びた顔つきを見て、私は勝手に母親のような気持ちになって思わず泣きそうになった。
「芹沢さん、素敵です、立派すぎます。また今度、お寺行かせてください」
「ぜひぜひ。てか私も、潮田さんのいる酒蔵見てみたいです!」
「ぜひいらしてください。搾りたての生酒、飲ませてあげますよ」
「うおっ! それは楽しみが過ぎますよ!」
きゃっきゃと盛り上がる私たちを見て、「てかさ」と行方さんが口を開く。
「君たち、いつまで前の苗字で呼び合うのよ」
「えー、だって潮田さんは潮田さんですもん。朱莉さんって呼んだ方がいいですか?」
「いや、それはなんかむず痒いので、今までどおり潮田さんで結構ですよ。私も芹沢さんの方がしっくりきますし」
「ですよねー」
まあ二人がいいならいんだけど、と行方さんは手元のグラスに刺さっているストローを齧りながら、ほんの少し口角を上げて遠くを見るように言った。
苗字が変わって、私は潮田ではなくなった。
血の繋がっていない他人と苗字を共有するというのは、いまだに気恥ずかしさと不思議な気持ちがあるけれど、これを自然に思える日がいつの間にか来るのだろう。
でも、芹沢さんがその苗字を口にした時。まだ私の一部にはなっていないはずのその苗字に、私の身体は自分ごとのように反応した。
「あ、”青羽”さんやっと来た! どんだけ真剣に探してくれてたんですか」
店の奥にあるキッチンから、たこ焼き器と食器類を小脇に抱えている青羽さんがひょこっと姿を現わした。
「すいません。朱莉さんが到着する前に準備完了させておきたかったんですが、間に合いませんでした」
「いえ、私の方こそ遅れてしまってすいません。何か手伝いましょうか?」と私は青羽さんに尋ねる。口に出すときは”雄司さん”と呼ぶように努めているけれど、心の中ではいまだに青羽さんと呼んでしまっている。
「いえ、みなさんは座っていてください。僕の店ですから、僕が準備させていただきます」
青羽さんはそう言いながら、私たちが囲んでいる丸テーブルに恭しく食器類を並べていく。目の前に置かれたつやつやと輝く朱塗りの皿は、芹沢さんと勝見さんの結婚式の引き出物で貰った紀州漆器だった。私が店に入った時からカウンターの奥の方で青羽さんが何やらガチャガチャと物を漁っていたのは、キッチンで山積みになっている段ボール箱からこの皿を探していたというわけか。
私と一緒にこの地に移住してきた青羽さんは、行政の支援などを活用して古民家をリノベーションしたレコードショップを開業した。昼は若者向けのカフェとして、そして夜はレコードをかけながらお酒を楽しむ大人向けのバーとして、レコードを売ることだけに限らない多様なスペースとして展開していく予定だそうだ。以前レコードショップを経営していた、青羽さんの師匠である浅野さんから色んなアドバイスを貰いながら、自分もあらゆる人の拠り所になるような場所を提供したいという思いで、青羽さんは開業に踏み切った。
「てかさ、よりにもよってなんでたこ焼きなのよ」
「ホームパーティーみたいでいいじゃないですか。青羽さん、わざわざたこ焼き器用意していただいてありがとうございます!」
「いえ。店にお酒しかなくてすいません。芹沢さん、あっ、いや、花音さん、お代わり何か飲まれますか?」
「あはっ、だから今まで通り芹沢でいいですってば! えっとじゃあ、お言葉に甘えてビールのお代わりお願いします!」
「分かりました。行方さんは、ウーロン茶でいいですか?」
「おう、さんきゅ」
私たちの前では一ミリたりとも酒を飲まない行方さんが、芹沢さんと勝見さんの結婚式では泣きながら酒を飲んでいたことをふと思い出して顔がほころぶ。これが人生最後の酒だと豪語していたあの時の行方さんの言葉は、おそらく嘘ではないだろう。
「じゃあたこ焼きの準備しますかー」と言って、行方さんが場を仕切り始めた。丸テーブルの上にたこ焼き器をセットして、青羽さんがキッチンで仕込んでくれたたこ焼きの生地が入ったボウルと、タコ、紅生姜、天かすといった定番の具材を載せたトレーなどを所狭しと並べていく。
バーのように大人びた雰囲気の店内でタコパしていることにも笑ってしまうし、上品な紀州漆器を手に持ってみんなでたこ焼きを一生懸命転がしている姿を想像するだけでも笑ってしまう。このアンバランスさが何だか私たちみたいで、とてつもなく愛おしかった。
「お仕事お疲れさまでした。どうぞ」
みんなのお代わりを持ってきた青羽さんが、私の目の前にビールをそっと置いた。
私は一旦手を止めて「ありがとうございます。雄司さんも、お店の準備お疲れ様です」と一息ついて、二人でこつんと乾杯する。
ガチャガチャと音を立てながらたこ焼きの準備をせっせとしている芹沢さんと行方さんを眺めて、青羽さんがふと思いついたように「僕たち、いいパーティーですよね」と言った。
「それ、ずっと言おうと思ってました」と私も小さく笑う。
「またここで、タコパでも何でもしましょう。朱莉さんが作ったお酒なんかも並べて」
「いいですねえ。すごく、いいです。どうしましょう、もうすでに楽しみになってきました」
「楽しみはこれから、ですよ」
夜が明けるまで、まだまだ時間はたっぷりある、と思った。
