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海への坂を下るその前に

広がる海に立ち止まる

緑、光る海、連なる島並み、空に浮かんでは形を変え
ていく雲。海への坂を下るその前に、自転車を停め
少し歩く。見渡す限りの自然の連続に、沿うように
続く棚田。人の営み。深呼吸をしてまた坂を下る。



自然と人の営みが連なる風景に



流れる小さな時間と大きな時間



地形に沿うように海へと続く棚田の風景は



この島で暮らす人々の生活の痕跡でもあり



形をなくしては再生される物語でもある


広がる棚田に、自然と人の営みのつながりを感じる



海へと続くかのような道を下る途中には



地上に留まる大きな水滴のようなシルエットの



豊島美術館。ここから先は予約が必要で



曲線を描くアプローチを行く人々を



海とのつながりをもつ場所で



人と自然と建築の関係性の中に遠くに眺める


アートと建築が一体となる建物で



うねるようにして続く一本道を歩いた記憶。
12年前の風景は、今も変わらずそこにあった。



ゆるやかな曲線を描く建物。蛇行するアプローチ



壁と屋根とが一体ととなる形に残る雨の跡


圧倒的な時間の形を内包する建築



連なる緩やかな曲線は風景に、溶け込むようにして


存在する。訪れた建築の記憶とともに



いつかの旅の風景を思い描く。屋根の開口部が



描く円は、建築と風景の中で曲線へとつながり



ゆるゆかに続く一本道をたどり



作品が展示された空間へと向かった日のこと



閉じては開く空間は、空気と風と一体となり



ほんのひとときの静かで



でも子どもたちをともに過ごした



豊島美術館での温かな記憶に思いをはせる


空間は空とつながり、記憶の中の風を思う


美術館を後にして、また坂を下り旅の続きへ


小高い丘の上の美術館。西沢立衛氏が手掛けた水滴
のように薄く広がる建築。中には母型という作品。
吹く風に、湧き出る水滴はゆれ、なだらかな床の上
を集まって、ほどけ、また中心に向かって連なって
いく。両者の才能の出会いは、奇跡のように思える。


手掛けた内藤礼さんは語る。

「雨が降ったら雨が降って良かったと思える作品、
 何々が良くて何々が悪かったとならない作品、
 自然との関係で、より豊かになっていくような、
 人がそこに来ることを待ち望んでいる、生きて
 いる人々の姿が美しいと思える、人を受け入れる
 器にしたいと思った。」


作るのではなく既にあるものに気付くようなもの


どこにでもあり、どこにもないようなもの


芸術家は語る。
「目の前にあるものの中から何に気づくか、そこで
 何を見い出すか、という行為だと思ったんです」


作成された一本の映画。そこには芸術家の姿はなく


ひきよせられる人たちと空間との物語


ささやかなもの。永遠なるもの。変わらないもの。


変わりゆくものに、頭の中にこの音楽が流れ出す。

ここでは「うつす」は「移す」「写す」「映す」
「遷す」と表され、物理的に、視覚的に姿を変え
つつも、大きな意味では同じととらえられている


芸術家は語る。
「何もないと思っていた普段の生活のなかにも、
 こういうことはあるということを探したい」

何もないことにある何か。ささやかなものがまとう
気配。同じであるようでいて異なる質。何気ない
普段の生活にある気づき。それは小さな祈りのよう
でもある。そしてそこにある静けさとうつろい。

目をこらさなければ見えてこないかすかな存在。
形作られる世界。そういうものにひかれている。


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