その情報、どのくらい「正しい」? SNSの罠から心を守る思考法
SNSやニュースの情報の海。心が揺さぶられていませんか?
次から次へと流れてくる投稿に、「本当はどれが正しいんだろう……」と、知らず知らずのうちに疲れてしまっている。
もし、あなたがそう感じているなら、この記事は少しだけ、情報の波と付き合うための助けになるかもしれません。
私たちが普段触れるSNS。
Youtube、X、TikTok……あともちろん、noteも。
「この投稿、いいな」って思って閲覧していると、似たような情報ばかりが表示されるようになりませんか?
例えば、私のYoutubeは最近、ひたすら料理と猫の動画をオススメしてきます……。まぁそれは平和なので良いのですけど。
でももしかしたら、こんな情報にドキッとしたことはないでしょうか。
「小麦は危険」
「外国から輸入した食料には毒がある」
「〇〇は全てを裏で牛耳っている黒幕だ」
「この産地の魚には毒がある」
「味の素は毒」
「ワクチンは全て効果なし」
怖いです!
私たちの「体や、食の安全」に関する情報って、どうしても身近なだけに気になって、見たくなりますよね。
広く信じられていることとは逆の情報を見ると、「私だけが知っている秘密」を知った気がして、なんだかドキドキしますし。
でも忘れてはいけないのは、2つの原則です。
・発信者の目的は閲覧数を稼ぐこと。真実を言うことではない。
・SNSは、私たちが見たいものを見せてくる。
少し、紐解いていきましょう。
なぜ「不安を煽る情報」はなくならないのか
まず、「発信者の目的は閲覧数を稼ぐこと。真実を言うことではない」について。
そのSNSを発信している人は、なんのためにやっているでしょうか。
その発信が「バズった」ら、金銭的・承認欲求的に得をしますか?
もしそうなら、その人は「バズらない真実」と「バズる嘘」があったら、「バズる嘘」を発信する可能性が高くなります。
本当はその人が「適当な情報は発信したくないな……」と思っていたとしても、「バズる嘘」を発信している競合相手がたくさんいて再生数や閲覧数で負けていたら、致し方なく自分も「バズる嘘」や、そこに寄り添う情報を発信するしかない状況になることだってあります。
そうしないと、生き残れませんから。
だから、「SNSでたくさんの人が言っている事」が真実ではないんです。
情報の多さは、情報の質にあまり関係しません。特に、素人が発信しているならなおさらです。
専門家を名乗っていても、それだけでは信頼できません。
コロナワクチンの時だって、ワクチンを打ったら「肌に磁石がくっつくようになった」といったような、愚にもつかない不安を煽る誤情報があふれていました。
医者すら「ワクチンを打ったら5年以内にみんな死ぬ」といった本を出して儲けていましたよね。
ワクチンに関していまだに肯定・否定論があるのは知っていますが、「5年以内にみんな死ぬ」は、現実問題として嘘でしたね。
そう、「未知のものが怖い」という人々の不安につけこんだ、嘘だったんです。
このように、残念ながら、人を不安に陥れる情報はそれだけ「稼げる」コンテンツなんです。

そもそも。
食や体の健康について考えてみると、もしそれが本当に危険なのだとしたら、国はなぜ放置しているのでしょうか?
政府の仕事は、色んな研究の最新情報を集め、食や健康を守ることです。
例えば、もし本当に「小麦が危険」であることが科学的に明らかなら、なぜ無視しているのでしょう?
「小麦利権があるのだ……!」
「小麦によって得をする人がいる……!」
はい、経済は複雑ですから、小麦を売ることでメリットがある人は絶対にいます。
でも、国全体のメリットを考えてみてましょうか。
国民に健康被害が増えた結果、困るのは誰でしょう。
その医療費の大半を支払うのは、誰なのか……。
そう……。
国です。
以前の記事
で書いた通り、日本では、国民皆保険が財源を圧迫しています。
国で健康被害が拡大した時、真っ先に医療費の大半、最低7割を負担しなければならないのは国なんです。
さらに、健康被害が増えて働き手が減れば、税収が下がります。
そして、障害者などの補助が必要な人が増えれば、支出も増えてしまいます。
税収が下がって困るのは、国なんです。
仮に利権を貪っている人がいたとしても、長期的には損です。
その他大勢の、国を支える人たちも、損をします。
だから、そもそも「国民の健康や安全を守る」というのは、それはもう「命は大切」といったきれいごと、感情論ではないんです。
国は国民の健康を守らなければ、損します。
だからこそ、「一部だけ(本当は毒である?)小麦を売って得をしている」人がいたとしたら……。
そんな人は真っ先に内部から叩かれるんですよね。だって共同体にとってデメリットが多すぎますし。
もちろん、腐敗が進みすぎると「そんなことは知らん!」と自分だけ得をしようと考える政府も出てきますが、その場合は、「もし政府の損になるようなことを密告したら、社会的、身体的に致命的な罰がある」というルールとセットになります。
でも少なくとも日本では、内部告発をしたとしても、せいぜい雇用環境が不安定になる程度が一般的であって、「一族郎党皆殺し」とかそういう感じではないのですよね。
先日も、日本では、障害年金にまつわる支給格差の内部(からと思われる)告発がありましたよね。
今の日本ではまだこうした内部告発という手段で「正義」を訴えることができる監視の目が、正常に働いているということを示しています。

あなたを閉じ込めるSNSの仕組み
そして、もう一つ。
「SNSは、私たちが見たいものを見せてくる」ということ。
これは「エコーチェンバー」という用語で知られています。
つまり、SNS側の目的は「閲覧時間を伸ばすこと」なんです。
ユーザーに公平な真実をお届けすることではありません。
だから、「このユーザーはこれが好きなんだなっ」と学習し、あなたにもっと類似コンテンツをオススメしてきます。
例えば「味の素が毒である」という情報をユーザーが好んで見ていたら、それをもっと探してきて、どんどんオススメするんです。
そうすると、どうなるでしょう?
あなたのタイムラインには、「味の素が毒である」、「小麦も毒である」、「外国産の食料には毒がある」といった食の不安を煽るコンテンツがたくさん並ぶことになります。
すると、あなたにとっては「この世は危険な食料であふれている……!」と思えて当然ですよね。
でも真実は、「SNS側が、あなたが好きそうな似た情報を凝縮してあなたにお届け」しているんです。
だから、Aさんにとっては「みんなが小麦を危険だと言ってる……!」だし、Bさんにとっては「小麦って本当においしくて体にもいいよね」と心から信じている状況が成り立ちます。
私個人は、不安や恐怖を煽るコンテンツが好きではないので無視していますが、逆に「不安に耐性が低い人ほど、どんどん不安な情報を集めてしまう」構造になっているんです。
これはSNSを使う私たちにとって身近な問題で、困っている方も多いかと思います。
情報の波に飲まれないために
解決策はあるのでしょうか。
まず、「その情報に触れて、不安だな、怖いな」と思ったら。
「この人はこの情報を発信することで金銭的、社会的、承認欲求的なメリットを得るのかな?」と考えてみること。
例えば、CMで俳優さんがビールを美味しそうに飲んでいたとしても、その俳優さんがそのビールを本当に好きかは分かりません。
「仕事でやってるんだよな」って分かりますよね。
洋服屋さんで服を試着して、店員さんが「お似合いですよ~」と言ったって、半分くらいはお世辞かもな、仕事でやってるんだから、って分かりますよね。
ネットの情報発信も同じことなんです。
何かしらメリットがあるからやっています。半分は「本当かな?」と疑うのが正しい態度です。
その昔、インターネット黎明期には「嘘を嘘と分かる人でないと、インターネットを使うのは難しい」なんていう言葉が流行りました。
でも、「あまり人を疑わない、素直な方」も新たにインターネットやSNSを使うようになって状況は一変。
そもそも人間の特性的に「多く耳にする情報は真実に違いない」というのは自然な本能なんです。
でも今の世界では「多く耳にするから/みんなが言ってるから/専門家が言ってるから」本当だとは限らなくなっているという不自然な状況に、私たちは晒されます。
素直なのは本当に素晴らしい特性なのに、「批判的思考」がないと、SNSでは大量の「真偽の怪しい」情報に振り回されることになってしまいます。
本当はこうした「エコーチェンバー」現象を食い止めるための、なんらかの法整備が必要だと思いますが、全く追いついていません。
今、私たちが自分の心や体を守ろうとしたら、「誤情報に振り回されない」すべてを公平に「疑ってかかる」という本能に逆らった姿勢が必要になるのです。

論文や信頼できるニュースソースが示されていれば安心?
「でも、論文や出典が明らかな情報は信頼性が高い」
はい、そうですね。その可能性は上がります。
でも、「論文」も、「出典のニュースソース」も一次情報でない「又聞き」の情報だったら、特に信頼できません。
だから私がたまに書いているデータ検証記事は、政府統計などの誰にでも根拠を確認できる、信頼性の高い一次情報を根拠にしているんです。それを孫引きしたニュースサイトなどのデータは、なるべく使っていません。
それに論文ですよね! 私もよく参考として示すのであまり言いたくない事実ですが、論文だから信頼性が高い訳ではありません。
論文というものは誰が書いたか(中には学生が書いた論文もあれば、ポエムかこれは? と思うような論文もあります)、査読があるかないかとか、引用数がどうかとか、そういった別の信頼尺度があります。
そもそも、研究は日進月歩で進み、少し前の見解が否定されることも珍しくありません。
例えば、少し前までは、人間のDNAの98%はゴミだと思われていましたが、最近ではちゃんと意味があったということが定説になりつつあります。
盲腸もそうです。盲腸は長らく「意味のない臓器」とされていて、盲腸炎になったら切っていましたが、最近では腸内環境の維持や、免疫細胞の供給源になっているということが分かってきました。
ともあれ、研究というものは色々な条件、角度で検証し、たくさんの論文を並べて、「どうやらこれが今科学的に正しいらしい」と少しずつ地固めして様子を見ながら進むものです。
論文は参考にはなりますが、「確定した事実」の根拠として使うには、なかなか難しい。慎重な態度が必要です。
しかも論文の中身を、恣意的に解釈することもできます。
「9割の人がNoと言った」と明記してある論文。
情報を紹介する時に、
「研究によれば、1割以上の人がNoと言った」
…と書いても「嘘」ではありませんよね。9割というのは1割以上ですから。
嘘じゃないんですよ。でも、かなり悪質な印象操作です。
だからって、根拠に載っている論文を全部隅々まで確かめて、嘘や恣意的な解釈がないか確かめるなんて、できませんよね。よっぽど興味が無ければ、「へー、そうなんだ」と思って終わりです。
私たちは忙しいのです。時間がないから、論文ではなくニュースやSNSで抽出された情報を見ているのです。論文を読んでる時間があれば、論文を読んでいます!
つまり、「恣意的に根拠を選ぼうとすれば、ちょっと無理のある主張でも、いくらでも自分の意見を補強できる」ということなんです。
ですから、なんでも真に受けないことが大切です。
言われたことをそのまま受け入れるのではなく、自分の目で確かめて初めて、「客観的な証拠によれば、今のところこれは正しそうだ」、と思うことができる。
そこまで時間がかけられないなら、「これはただのポジショントークかもしれないな……」と少しだけ距離を取って情報を眺める。
「正しい」「間違い」
「良い」「悪い」
すべてがこういう二元論で捉えられたらスッキリして気持ちいいのですが、世界は実際のところ複雑で曖昧です。
誰もが折り合いをつけてやっている世の中で、シンプルですっきりして分かりやすいことなんて、ほとんどありません。
逆に言うと、シンプルで分かりやすい! と思う情報からは、曖昧な「真実」は犠牲になっているということでもあります。
だから、世界を複雑なまま、ありのままに受け入れるという姿勢。
それが今求められているのです。
まとめ
最後に、今日のポイントを簡単に振り返ってみましょう。
私たちが情報の波に振り回されないために、心に留めておきたいのは3つのことです。
情報には「目的」がある
その情報を発信して得するのは誰なのか。少しだけ背景を想像すると、冷静に受け止められます。SNSの世界は「あなた用に調整されている」
あなたのタイムラインは、世界の情報の集約ではありません。コンピューターがあなたの好む情報を選んで作り出した、あなたのためだけの小さな部屋のようなものです。真実はいつも「複雑」
シンプルで分かりやすい答えは、気持ちがいいものです。でも、現実の世界はもっと曖昧で複雑。その複雑さをそのまま受け入れないと、情報に踊らされてしまいます…。
記事を書いている私もまた「発信者」の一人ではあるので、今日書いたことは自分にも返ってきます。
でも、noteは広告収入制ではないですし、競争の仕組みが強くありません。ですから特に「バズって」も直接はメリットがないという現実…。
だから、誤情報の拡散に協力したくありません。むしろ一次情報に当たって、根拠を調べる習慣を持つ人が増えたらいいのになってちょっと思っています。そうすれば、世の中に出回る情報の質自体が向上しますよね。
そんな社会を実現するためにも、「情報が多すぎて疲れる」そんな時には、どうかスマホを置いて、ご自分だけの時間を大切にしてくださいね。

情報から距離を置いて、心が休まる時間を作る。それもまた、私たちが自分の心を守るための立派な手段です。
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