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何もかも灰色に見えてませんか?それは性格ではなく「レンズ」のせいです。

私たちが見ている世界は、人によって違う……と聞くと、少しだけ怪しいスピリチュアル論に聞こえるかもしれません。

でも、

「どうして私だけ、いつもツイてないんだろう……」
「あの人は楽観的でいいな。それに比べて、私はなんでこうなんだろう……」

そんな風に、自分と誰かを比べて落ち込んだり、世界のすべてが自分にだけ厳しく感じられたりすることはありませんか?

同じ出来事を経験しても、笑って流せる人もいれば、深く傷ついてしまう人もいる。その違いは、一体どこから来るのでしょう。

有名な話で、コップに半分の水が入っているのを見て、「もう半分しかない」と捉えるか、「まだ半分もある」と捉えるか、というものがありますよね。

これは、単なるポジティブ思考やネガティブ思考ではなくて。私たちがこの世界を認識するとき、実は、ありのままの世界を見ているわけではないのだ、ということを示しています。

一人ひとりが、自分だけの「レンズ」を通して世界を見ています。

それは、これまでの経験や、教えられてきたこと、傷ついた記憶などから、少しずつ形づくられてきた、あなただけのオーダーメイドのレンズ。これを心理学の世界では「認知」と呼びます。

だから、同じ景色を見ても、人によって見え方がまったく違うのは、ある意味で当然のことなんですね。

レンズが曇っていると、どうなるの?

でももし、そのレンズが「私は価値がない人間だ」という色に染まっていたら、どうでしょう。

誰かに褒められても、「きっとお世辞だ」「何か裏があるに違いない」と、素直に受け取れないかもしれません。

もし、「世界は危険な場所だ」という分厚いレンズをかけていたら。

新しい挑戦を前にして、「どうせ失敗するに決まっている」と、一歩を踏み出すことすら怖くなってしまうでしょう。

でも、あなたの「性格」が悪いわけではありません。

ただ、かけているレンズが、今のあなたにとって少しだけ、生きづらさの原因になっている。それだけのことなのです。

私自身も、やっぱり「レンズ」の見え方、気になることがあります。

先日、マイナンバーカードの更新で久しぶりに外出しました。せっかくだからとカフェに立ち寄ったら、飲み物(なんか果物がたくさん入ったおしゃれなジュース)が一杯1000円もして後悔しました。

高すぎませんか……?

以前の私なら、「こんなものに1000円も使うなんて、なんて無駄遣いなんだろう」「もっと有効なお金の使い方があったはずだ」と、自分を責めて、せっかくの時間を楽しめなかったかもしれません。

でも、別のレンズを試してみる。

「これは、頑張って外出した自分へのご褒美だ。この1000円は、私が私を大切にしている証」だって。

そう思った瞬間、飲み物の値段は気にならなくなり、むしろ、自分を大切にできたという温かい気持ちで満たされました。同じ1000円の飲み物でも、どのレンズで見るかによって、その価値は全く変わってくるのです。

レンズは変えていけるよ

ここで一番伝えたいのは、そのレンズは、一生モノではないということです。

私たちの「認知」のクセは、子どもの頃からの経験によって作られますが、それは決して固定されたものではないことが、多くの研究で分かっています。

「でも、私のこの考え方は、もう何十年も変わらなかったんだから……」

そう諦めてしまう気持ちも、痛いほどよく分かります。

でも、どうか、あなた自身や、あなたのレンズを責めないでください。

そのレンズは、あなたがこれまで必死に、傷つきながらも生きてきた証そのものです。あなたを守るために、必要だった時期もきっとあったはず。だから、悪いものではないんです。

ただ、環境が変わり、あなた自身が成長した今、そのレンズが少しだけ合わなくなってきているのかもしれません。まるで、視力が変わったのに、古い眼鏡をかけ続けているような状態。それなら、新しいものに交換すればいい。

そして、そのための技法は「認知行動療法」と呼ばれ、うつ病などの精神疾患に対しても有効であるということが多くの研究で明らかになっています。

そのためにまず必要なのは、難しいことではありません。

「今、私はどんなレンズで世界を見ているんだろう?」

そう、ほんの少しだけ立ち止まって、自分の心に問いかけてみること。私が繰り返し自分のマガジンなどでお伝えしているのは、「まずは自分のありのままのレンズに気づく。そうすれば、少しずつ変えていける」ということなんです。

自分の「心のクセ」(認知)に気づくこと、それこそが、世界の見え方を変えるための、最も確実な第一歩になります。

まとめ

私たちの生きづらさは、性格や運のせいではなく、世界を見るために使っている「レンズ(認知)」の影響を大きく受けています。

  • 私たちは皆、自分だけの「レンズ」を通して世界を見ている

  • そのレンズは、過去の経験から作られたものだが、一生モノではない

  • レンズを責める必要はない。それは、あなたが生きてきた証でもある

  • まずは「今、自分はどんなレンズを使っているか?」と気づくことが大切

日々の生活の中で、心がざわっとした時、誰かを羨ましく思った時、ぜひ一度立ち止まってみてください。そして、自分の「レンズ」の存在を、そっと意識してみてほしいのです。


今日の話で「自分のレンズについて、もう少し知りたいかも」と感じてくださったあなたへ。

メンバーシップマガジン「それでもきっと、だいじょうぶ」では、この「認知」という芽を、より深く、具体的に詳しく解説しています。

あなたの心に合ったヒントが、きっと見つかりますように。


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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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