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<SF>と<ファンタジー>の境界線②

今回は、前回に引き続き<SF>と<ファンタジー>の境界線について書いていきたいと思います。
前回は主にファンタジー軸の方に触れたわけだが、今回は主にSF軸の方ね。

1962年 第1回日本SF大会

皆さんは、「日本SF大会」って知ってる?
・・そう、皆さんもよくご存じ、庵野秀明(DAICON)の名を一躍全国区にしたのが、これの第20回大会(1981年)および第22回大会(1983年)でのことである。

第22回日本SF大会オープニングアニメ(制作DAICONフィルム)

で、これの第1回大会の開催は1962年でのこと。
めっちゃ古い時代の成り立ちでしょ?
ちなみに、宮崎駿富野由悠季もまだ大学生だった頃のことだ。

もともと、これはアメリカで開催されて人気を博していた「世界SF大会」のパクリ企画として発祥したものらしい。
ちなみに、この世界大会は今も「ワールドコン」という名で継続しており、SF界で最も権威あるとされる「ヒューゴー賞」の母体ともなっている。

ヒューゴー賞受賞作品群

なお、このヒューゴー賞を仕切ってる世界SF協会の公式サイトには下記のようなQ&A↓↓が掲載されているという。

Q. ヒューゴー賞の対象はサイエンス・フィクションだけですか?

A. いいえ。
主催団体は「ワールドSFソサエティ」と名乗っていますが、規約にはSFもファンタジーも対象とすることを明記しています。


・・えっ?そうなの?
じゃ、昨年「本好きの下克上」に栄冠を与えた星雲賞(日本SF大会の投票により選定)も、このヒューゴー賞が示したガイドラインに沿ってたという意味なのか?

「本好きの下克上」

多分だが、そういうことなんでしょうね・・。

おそらくSF関係者も「SFとファンタジーの間に明確な境界線を引くことなど事実上不可能」と認識してるのかと。
多分、原点はそういう認識じゃなかったとは思うんだが・・。

さて、話を冒頭の第1回日本SF大会のことに戻そう。
私は、これが開催された1960年代という時期がひとつカギだと思っていて、この頃はSFがブームだったわけです。
・・いや、「SFがブーム」という現象そのものがピンとこないかもしれんが、よく考えてみてくれ。
少なくとも太平洋戦争終戦までの日本は「天皇陛下という神様」への恭順を国家から強制されてたわけで、いうなれば<ファンタジー絶対主義>っぽいものが根幹にあったんだ。
天皇陛下はアマテラスの末裔、信じれば神風が吹きますよ、みたいな・・。

しかし、それも敗戦して思考が180度反転し、掌返して戦前の思想を全否定するようになったのが1950~1960年代だと解釈してくれ。
つまり、「高度経済成長」を支えた新たな価値観というやつね。

<1960年代の新たなる価値観>
科学万能主義(唯物論的思考)

ファンタジーの時代から、SFの時代へ

いやホント、人間の掌の返し方というやつは恐ろしい・・。

戦前まで「我が国は神國!」と言ってた人が、戦後には一転、「・・神様?そんなのいるわけないでしょw」と主張を180度変えた。
戦場で「靖国で会おう!」「うむ、では靖国で!」と誓った人も、戦後には一転、「・・死後の世界?そんなのあるわけないでしょw」と主張を180度変えた。

で、戦後に皆がこうして科学万能主義(唯物論)にカブれた背景には、実は左翼思想の浸透というやつがあったわけさ。

マルクス・レーニン主義

いや、我々はその後のソ連崩壊とかを見てきてるから共産主義というものにあまり良いイメージがないにせよ、でも1950~1960年代当時としては左翼こそがカッコイイ思想、最先端の思想という捉え方だったっぽいよ。

左翼⇒アタマがいい

科学万能主義、唯物論、宗教の否定、資本家の否定、全てロジックで説明

右翼⇒アタマが悪い

保守思想、天皇肯定、伝統肯定、宗教肯定、ロジックは精神論に走りがち

・・いや、誤解のないようにしてほしいが、上のはあくまで1960年代時点の世間一般の認識です(今は右翼でも普通にアタマいい人多いですから)。

ただ、昔から日本人には100%左翼とか100%右翼はなぜか少ないんですよ。
みんな、少しずつ右と左が「混じってる」ということ。
あとは、そのブレンド比率の問題。
だから左翼的SFが人気の一方で、右翼的スポ根にもちゃんと人気があったわけさ。

SF=左寄り

「鉄腕アトム」

スポ根=右寄り

「巨人の星」

思うに、SFの対極ベクトルに位置するのはファンタジーの中で特にスポ根だよね。

つまり、梶原一騎ですわ・・

上の画像は反社の人ではありません。
巨人の星」「タイガーマスク」「あしたのジョー」の梶原一騎先生です。
あのアントニオ猪木を監禁/恐喝したことで有名な梶原一騎先生です。

梶原先生の作風の特徴は、最後主人公が滅ぶところにある。
滅びの美学」とでもいうべきか、主人公は安穏として畳の上では死ねないタイプ・・。

えっ?「滅びの美学」なら、左翼の富野さんも一緒じゃん?

と思った人もいるのでは?

いや、まさにその通り。
いつも左翼だ左翼だといわれてる富野さんだが、私から見ると、彼には結構な量で梶原成分(右翼)が入っている。
いうなれば<芯は左だが、でも右の成分が割と多め>という複雑な人。
さすがにアントニオ猪木の監禁まではしないにせよ、やや恐い人でもある。

ただし、梶原先生と富野さんで決定的に相容れないところがひとつあって、それは何かというと、やはり<ファンタジー>要素でして・・。

上の画を見て、梶原先生の描写って常におかしいと思わん?
間違いなく、科学的検証とか物理法則との照合は一切やってないよな?
もはや、完全にファンタジー畑の人である。

「もともと漫画(アニメ)とは、そういうものでしょ?」

・・そうね、確かにフィクションなんだから、しょせんは<嘘>の作り物である。
そして、見てる側もこれは<嘘>だと了解して許容してるのがスポ根の文化であり、ここにおいて梶原さんの方向性は何ら間違ってはいない。

で、一方のSFについて。

もちろんSFもまたフィクションであり、つまり<嘘>の作り物である。
よくSFのことを「科学的事実に基づいたフィクション」と解釈してる人もいるんだが、それは違う。
SFで描いてる科学も大半は<嘘>である。
ただし、ファンタジーと決定的にルールが違うのは、その<嘘>が

<嘘>を感じさせない<嘘>

でなければならない、とされてるのさ。

たとえば、「ガンダム」でよく出てくるミノフスキー粒子
この粒子が散布されるとレーダーが遮断されて通信不可となり、皆ステルス状態になってしまう。
そこでは肉眼の目視こそ生命線であり、だからこそ、それまでの巨艦中心の艦隊戦から機動性のあるモビルスーツ中心の戦争に変貌していったんです、みたいな設定の裏付けがあったわけね。
こういうところに当時SFファンは痺れたわけだが、一方、めっちゃガチなSFファンになると「ちょっと待って、もしミノフスキー粒子がレーダーを遮断するほどの物質なら、理論上、同時にあらゆる電子機器も停止するはずで、当然モビルスーツも機能停止するのでは?」とか指摘してくる。
しかも、この指摘は科学的に正しいらしい。

つまり、本気で「リアルなSF」にするならミノフスキー粒子が散布された時点で全員がモビルスーツを降り、人vs人の白兵戦に転じるべきである、
と主張する人も中にはいるみたいでして・・。

また、動力源の問題について。
皆さんはモビルスーツの動力源が何かを知ってる?
・・そう、熱核融合炉ですね。
ようは原子力。

でも、ここでハッとしない?

この爆発って、ようするに「核爆発」やん!

そういうこと。
これについては富野さん自身、「あれは核融合炉の爆発だから、爆発の規模はあんなもんで済むわけがない」と言ってた(笑)。
それも宇宙空間での爆発ならまだしも、「ガンダム」では地上でもガンガン爆発してるじゃん?
あんなの、絶対みんなめちゃくちゃ被爆してるって!
つまり、本気で「リアルなSF」を目指すなら登場人物たちが回を追うごとにどんどん頭髪が薄くなっていく描写にしなければならない・・。

でも、そんな「ガンダム」を皆さんも見たくはないでしょ?

つまりSFの<嘘>には気付いても、ファンはいちいちそれにツッコまないのが最低限の配慮、私は一種のマナーだと思っている。

とはいえ、私のような考え方は必ずしも多数派というわけでもないらしく、いまだ揚げ足取りに終始してる人もいてね・・。
特にロボット作品では「工学的に、あんなデカいロボがスムーズに動くわけがないやん!」という大前提があって、そんなの指摘されたら正直お手上げなのよ。

そうね、私が知る限りだと、工学的にアニメ史上最もリアルに寄せたアニメのひとつは間違いなくコレだと思うわ↓↓

「ROBOTICS;NOTES」(2009年)

原作:志倉千代丸

これは「STEINS;GATE」でお馴染み、志倉千代丸のロボットアニメ版。
「STEINS;GATE」とは同一世界線上の設定ゆえ、あのダルとか途中で出てくる。

ダル

思えば「STEINS;GATE」もそうだったが、この志倉さんという人はさすがというべき<SF考証の鬼>である。
この「ROBOTICS;NOTES」は全然人気ないアニメにせよ、未見の方は是非見ておいてほしい。
この作品は「パトレイバー」や「ボトムズ」と並ぶ、「リアルロボット」の本丸だよ?

で、その主役機↓↓をご覧下さい。

主役機:ガンバレル

・・ださっww

そう、ダサいのよ。
この作品は「ロボのカッコよさ」より「リアル」を追求してるので、攻撃はほぼ打撃のみ(笑)。
基本、現実に開催されている「ロボットコンテスト」の延長線上のものだと思ってください。

できるだけ<嘘>つかないでいようとするとロボットSFはどうなるのか?それを示してくれたのが本作。

<結論>

やっぱSFは、「ガンダム」ぐらいの<嘘>があるべき!


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