アニメ監督と実写監督、果たしてどっちがおいしい?
今もなお公開中の劇場版「鬼滅の刃/無限城編」が、海外を含む「世界興収」の集計では既に900億円を突破してる、というニュースを目にした。
900億ともなると、世界アニメ興収ランキングで40位前後という位置にまできてるだろう。
もちろん、これは日本アニメとしてダントツの最高順位である(今までは「鬼滅/無限列車編」ですらTOP50に入ってなかったからね・・)。
まだ今後も興収は伸びるんだろうし、最終には30位前後ぐらいのところまで食い込む可能性は十分あるかと。
なお、世界興収ランキングそのものをご存じない方は、こちらをどうぞ↓↓
しかしながら、「世界の壁」はなかなか高い。
なんせ、同じく今年公開の中国アニメ「ナタ2」の興収は、もう3200億円を超えて世界興収記録更新らしいから・・。
さすがの「鬼滅」でも、これには絶対に勝てん。

やっぱ、世界アニメの潮流は圧倒的に3DCGなんだよね。
事実、世界興収TOP50のうち、2Dアニメは「ライオンキング」と「鬼滅」の2作品だけなんだから。
あとは全部3DCG作品である。
という書き方をすると、まるで我が国が「3DCG後進国」であるかのような印象を皆さんに与えてしまうかもしれん。
・・いやいや、誤解しないでください。
決して後進国なんてことはありませんから。
事実、日本は昨年にこの作品↓↓で米アカデミー賞視覚賞のオスカーを獲ったじゃないか。
「ゴジラ-1.0」監督/山崎貴


皆さんは、この「ゴジラ-1.0」をご覧になりました?
結構3DCGが凄かったですよね。
敢えて「シンゴジラ」の逆張りだったのか知らんが、この作品の見せ場は陸より海だったでしょ?
3DCG専門家いわく陸戦よりも海戦の方が遥かに難易度が高いものらしく、本作がオスカーを獲れたのもそのへんに理由があるだろう。
つまり、日本の3DCG技術は決してレベル低くないんですよ。

さすが、山崎貴監督である。

さて、このオスカー受賞時に巷で話題になったのが制作費に関する話で、「ゴジラ-1.0」の制作費は約22億円だったらしいんだが、ハリウッド関係者は皆口を揃えて「安い!」という。
・・いや、邦画の制作費としては全然安くないんですけど?
ところが、この「視覚賞」部門で競合してた他作品を見ると
「ザ・クリエイター」⇒120億円
「ミッションインポッシブル3」⇒160億円
「ナポレオン」⇒290億円
という金額になってて、確かにハリウッドの制作費の相場は日本と比べると桁違いのようだ(・・俳優のギャラが高すぎるのでは?)。
あと、あっちでは純粋な3DCGアニメ映画でも制作費がやたら高いのよ。
「塔の上のラプンツェル」⇒274億円

あっちの3DCGって、日本より割高なのか?
まぁ、3DCG技術者のギャラもアメリカの方が高そうだよね・・。
あと、聞いたところによると、向こうは制作方法からして日本とは少し違うようだ。
そもそも、こういう3DCGの強みって「360度全方位からのカメラワークが縦横無尽に可能」という点でしょ?


こうして1回のアクションに対し、同時に複数のカメラアングルで被写体を捉えられるのも3DCGならではの強み。
これを「マルチカメラ」という。
2Dの手描きアニメじゃ、当然こういうのはできないんだけど。
で、アメリカは比較的この「マルチカメラ」を多用する文化らしく、制作の際は、ありとあらゆるアングルからの映像を確保⇒ストックし、その膨大なストックの中からベストをチョイス⇒編集、という制作スタイルが好まれるんだってさ。
イメージとしては「素材の7割を捨て、チョイスして残った3割のベストをツギハギして作品を完成させる」みたいな感じかな?
いい作品を作る為には大量の素材のムダもまた必要、というダイナミックな考え方なんだろう。
ぶっちゃけ、こういうところがアメリカの制作費高騰の一因になってることは間違いないんだけどね。
しかし、モッタイナイという感覚のある我々日本人は、正直こういうやり方に少し抵抗感がある・・(笑)。
よって日本の場合は、事前にアングル、構図を徹底して練り、その計画通りに映像を制作する(マルチカメラでなくシングルカメラ)、というやり方が好まれるのよ。
その方がムダがないし、最終的に制作費も安く抑えられるから。

特に手描きアニメ文化の強い日本では
「レイアウト(事前の設計図)こそが命」

という文化(高畑/宮崎/押井が業界に浸透させたカルチャー)があり、この思想は、いまや実写や3DCGの現場であろうとも共有されている。
おそらく「ゴジラ-1.0」の山崎監督もそっち系の考え方の人で、きっちりと事前にレイアウトを確定していたはずだ(だからこそ制作費を22億円に抑えられたんだと思う)。

山崎監督は実写のみならずアニメ映画もこれまで何本か作った実績があり、ある意味、実写⇔アニメの仲介者ともなり得るキーパーソンの1人だよね。

・・さて、このように3DCGを仲介のアイテムとし、近年徐々に接近しつつある実写の世界とアニメの世界。
ちなみにですが、昔からアニメ監督と実写監督を兼ねてきている押井守は、以前こういう本を出版していました↓↓
「すべての映画はアニメになる」著/押井守

この本、私は読んでないから詳しい内容は知らんけど、おそらくは3DCGの興隆により実写⇔アニメの境界線が緩くなりつつある、いまどきのこの状況を予見した内容なんじゃないの?
事実、いまどきの実写映画はその多くが3DCGアニメとの合成作品であり、今後もアニメ成分がゼロの映像コンテンツはどんどん減っていくことになるはず。
きっと、今後の実写はアニメの影響をより一層受けていくことになるだろうし、またアニメの側も、実写の影響をより一層受けていくことになっていく気がします。


ところで、私は時々考えるんですよ。
実写・アニメの二股をかけてるタイプの監督さんって、本音ではどっちの方が好きなんだろう?と。

これはね、まぁ想像していくしかないんだが、私は基本「実写の方が好き」というのが本音だと思うんです。
・・だって、考えてみてください。
どう見ても実写監督の方がおいしいイメージじゃないですか?
ご覧ください↓↓この実写の現場における監督の神オーラ

やっぱ実写の場合、スタッフ/キャストが全員ひとつの現場に集合し、そこで監督が現場にいる全員を号令ひとつで動かせるという「全能」っぷりがいいんですよ。
そこではスタッフ/キャストがみんな監督の一挙手一投足に注目してるわけで、まさにオーケストラにおける指揮者みたいな立ち位置である。
一方、アニメの監督の場合はどうですか?
まず、アニメの場合は悲しいことに、スタッフ/キャストが全員ひとつの現場には集結しないじゃないですか・・(笑)。
原画を描くアニメーターもスタジオにいる人もいればいない人もいるだろうし、とにかく実写の現場のような「全員の一体感」がほとんど見えてこないよね。

あと、実写の場合、役者の演技に「OK」or「リテイク」を決めるのは監督の絶対的権限だけど、アニメの場合、その権限って主に音響監督の方じゃん?
どこからどう見たって、監督よりもむしろ音響監督の方がカントクっぽさがあってカッコいいでしょ?
・・そうそう、確か「SHIROBAKO」の監督さんはめっちゃ可哀相な扱いで、絵コンテの上りが遅いからと座敷牢みたいなところに監禁されてましたよね(笑)。

実写監督とのイメージが違いすぎるww
正直、アニメの監督ってストレスばかりの典型的管理職で、あまりおいしい仕事には見えないんだよなぁ・・。
そのくせ、評判が悪ければ全責任を背負わされるし。
この人↓↓がいい例ですよ。
庵野秀明

「新世紀エヴァンゲリオン」を監督
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鬱になる
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実写「ラブ&ポップ」「式日」を監督
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回復する
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新劇場版「エヴァQ」を監督
⇓⇓⇓
鬱になる
⇓⇓⇓
実写「シンゴジラ」を監督
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回復する
という今までの流れを見る限り、
アニメ⇒しんどい、ストレス溜まる
実写⇒楽しかった、青春取り戻せた

というのが正直あったと思うんだ。
私はね、今後アニメ⇔実写の境界線が緩くなって徐々に2つが融合していく流れが、現状、お互いが抱えている問題に何らかの光明が見えてくることを密かに期待してるんですよ。
どっちにせよ、そうした部分において今後最大のカギを握るのは、やっぱり<3DCG>ということになっていくんでしょうね・・

