手塚治虫、大友克洋、両巨匠を魅了した約百年前の古典SF
今回は、日本サブカルにおける原点の中の原点、という話をしていきたい。
基本、日本サブカルは「漫画の神様」手塚治虫から始まったとされている。
特に、後にトキワ荘に集まるメンバーを惹きつけたとされるのが「手塚初期SF3部作」というやつだね。
<手塚初期SF3部作>
1948年「ロストワールド」

1949年「メトロポリス」

1951年「来るべき世界」

これは、太平洋戦争が終わってまだ数年というタイミングでの出版であり、そりゃインパクト絶大だったでしょうねぇ~。
これらタイトルの中でも一番皆さんに馴染みがあるのが、「メトロポリス」じゃないかな?
なぜって、これは「鉄腕アトム」の原型であると同時に、2001年、元虫プロのりんたろう監督の手により劇場版アニメ化をされたから。
「メトロポリス」監督/りんたろう(2001年)

これは名作ゆえ、おそらく多くの人が見てるんじゃないかな?
ただ、これ実をいうと手塚先生の漫画「メトロポリス」とはだいぶ設定等が変わってるんですよ。
大胆な改変だし、一体誰が脚本書いたの?と思えば、この人↓↓でした。
大友克洋

・・出た!
「手塚治虫に嫉妬され続けた漫画家」大友克洋
いやね、手塚先生が大友先生のこと意識しまくってたのは確かに有名な話だが、これは両者の間に何かトラブルがあったというわけでもなく、ただ単純に手塚先生が大友先生の画力が羨ましかっただけだと思うけど。
一方で、大友先生は手塚先生のことをめちゃくちゃ尊敬してたという。
かなり影響も受けたらしい。
だからこそ、こうして「メトロポリス」映画化にスタッフとして参加してるわけだが、しかし一方で、皆さんは正直こう思ったのでは?
「作画にかけて誰より巧い大友先生が、今回は画を描かずに、敢えて脚本家として参加したというのは一体どゆこと?」

そうだよね・・。
まぁ、ひょっとしたらだが当初「キャラデザ=大友克洋」という案もあったのかもしれない。
でも、今回ばかりは手塚先生トリビュートが最優先であり、仮に大友先生にデザインで参加してもらうと、あの手塚先生独特のデザインテイストが少し変容してしまうだろうからね・・。
ちなみに、大友先生が描いた「アトム」はコレ↓↓です。

・・妙に生々しいアトムww
私は結構好きだが、コアな手塚ファンはおそらく認めないだろう。
で、大友先生は画でなく脚本の方でこの映画制作に関わることになったわけだが、ここでひとつポイントなのが大友先生はこの脚本を書くにあたって、手塚先生の漫画以外に実はあともうひとつ「原作」となる作品を追加してるんです。
それが、コレ↓↓ですね。
映画「メトロポリス」(1927年)

はい、手塚先生の「メトロポリス」は元々、この映画に着想を得て描かれたものでした。
つまり、元ネタ。
手塚先生といえばディズニーの「バンビ」大好きエピソードはかなり有名だが、先生の作家性を形作った映画は「バンビ」(1942年)以外にあと2つ、中国の「西遊記 鉄扇公主の巻」(1941年)と「メトロポリス」(1927年)だといわれてるのね。



この3つのうち、現代サブカルを語るにおいて最も見ておくべき作品となると、やはり「メトロポリス」じゃないかな、と。
なぜって、とにかくこれは後世に与えた影響が凄いのよ。
具体的に、「メトロポリス」の影響下にあるとされてる作品群は次の通りである。
「スターウオーズ」

「ブレードランナー」

「未来世紀ブラジル」

そうね、「メトロポリス」自体はスチームパンクっぽい作品なんだが、その一方で「ブレードランナー」のようなサイバーパンクに対してもその影響はかなり色濃く出てるんですよ。
たとえば、「ブレードランナー」には<レプリカント>というのが出てくるでしょ?
「ブレードランナー」の<レプリカント>

あれの原型が、この「メトロポリス」の中で早くも出てきてるんだよね。
拘束されたヒロイン、およびマッドサイエンティスト

ヒロインをスキャンし、その情報をアンドロイドへ

すると、

ヒロインと見分けがつかないレプリカント(⇐悪女)完成

こういうノリを1927年(昭和2年)で実現してるのはスゴイな~、と思ってさ。
ちなみに本作はドイツ映画である。
というと、「ナチスのプロバガンダ映画?」と思いがちだが、いや、1927年はまだナチスが政権に就く少しだけ前なんだ。
世界恐慌(1929年)の前だし、この頃のドイツは景気よかったのか、かなりおカネかけた感じの映画として仕上がっている。

いかにも↑↑って感じだろ(笑)
<手塚治虫の未来の世界観>

<大友克洋の未来の世界観>

結局、手塚先生にせよ大友先生にせよ、その世界観は大体「メトロポリス」からきてるのよ。
なお「メトロポリス」の時代設定は2026年(つまり来年)なんですけど・・

案外、この映画は約100年後の未来(つまり今)をうまいこと予測してるというか、ディストピアとして描いてるんですね。
<「メトロポリス」が予測した2026年>
資本主義成熟の結果、僅かな富裕層と大多数の貧困層に分かれた格差社会となっている

現実⇒まぁ、そうなってますよね・・

工学が発達し、ロボットが実現している

現実⇒まぁ、そうなってますよね・・

希望の無い貧困層は<偶像>に救いを求める

現実⇒まぁ、そうなってますよね・・

ほとんどピッタリ符合してる、といっていいかと。
というか、ここまで精密に未来を予測できるほどの知性があったドイツが、なぜ数年後のナチス台頭からの破滅というシナリオを予測できなかったんだろうか・・?
いや、このフリッツラングという監督は、ひょっとするとヤバい未来を予見してたのかもしれないよ。
実際、それを匂わす描写が作中に出てくるから。
<魔女に惑わされ、理性を失っていく人々>



こういう映像表現、1927年で既にやってるのは普通に凄くない?
手塚先生も、これを初めて見た時は絶対にドギモを抜かれたはずだ。
ちなみに、この監督はほどなくゲッベルスからナチス情報宣伝部にスカウトされたものの、最後は国外逃亡して亡命に成功したらしい。
よかった、よかった。
で、この映画は古いから当然パブリックドメインだし、いくらでも無料視聴可能だというのに、意外と見てない人が多いでしょ?
見とかないと損ですよ?

これは、ありとあらゆる作家たちが元ネタにしてる古典であり、手塚先生や大友先生のみならず、おそらくは石ノ森章太郎先生や横山光輝先生あたりもここからネタを引っ張ってきてると思う。
YouTubeで一番お薦めなのは「FILM CLASSIC CHANNEL」というところの完全日本語字幕版ってやつで、「メトロポリス日本語字幕版」と検索すれば多分見られると思うぞ。
未見の方には、是非ご視聴いただきたい。

で、元ネタをちゃんと見た後で改めて2001年版「メトロポリス」を見ると、また全然印象が変わってくるんですよね。
物語の輪郭がくっきり見えてくるのよ。

ようするにこれ、旧約聖書「バべルの塔」を下敷きにした構造的悲劇なんだよな・・。


聞けば、手塚先生が出てくるまで日本の漫画には「バッドエンド」みたいな概念が無かったのだという。
・・うむ、それは分かる気がする。
だって、太平洋戦争ではあんな辛く悲しい思いをしてきたってのに、せめて漫画のような戦後の娯楽では「明るく楽しく」が基本でしょ。
でも、手塚先生は全く空気を読まず、ただ「描きたいもの」を書いたんだと思うよ(笑)。
そのひとつが、かつて強烈な印象を受けたドイツ映画のオマージュだったのかと。


