記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

一部に、手塚治虫はアタマおかしい人だった、という説もある

皆さんは、日テレ「24時間テレビ-愛は地球を救う-」を知ってますか?
・・というか、知らん人はまずいないよね。
1978年から、ず~っと続いてる由緒ある番組だし。

ただ、最近は「芸能人が24時間マラソンをする番組」だと勘違いをされてるフシがある。
・・違いますって!
この番組の主旨はチャリティであり、環境保護や災害復興の為の募金が主旨なんだよ。
それが一体いつから芸能人マラソン番組になっちゃんたんだろう・・。

間寛平

確か、もともとのランナーは間寛平だったはず。
普段、「かい~の!」とかフザけたことばっかりやってる寛平さんが走る時にだけ見せる真剣な表情が異様なほどカッコよく、当時、私もテレビの前で感動したのをよく覚えている。
あれが1992年のこと。

じゃ、それ以前の24時間テレビは一体何が目玉企画だったかということだが、それは主に「手塚アニメ」だったんですよ。

① 1978年「100万年地球の旅バンダーブック」
② 1979年「海底超特急マリンエクスプレス」
③ 1980年「フウムーン」
④ 1981年「ブレーメン4地獄の中の天使たち」
⑤ 1982年「アンドロメダストーリーズ」
⑥ 1983年「タイムスリップ10000年プライムローズ」
⑦ 1984年「大自然の魔獣バギ」
⑧ 1985年「悪魔島のプリンス三つ目がとおる」
⑨ 1986年「銀河探査2100年ボーダープラネット」
⑫ 1989年「手塚治虫物語ぼくは孫悟空」
⑬ 1990年「それいけ!アンパンマンみなみの海をすくえ!」


はい、92年からマラソン企画が始まるまで、「24時間テレビ」内で最も視聴率を稼いでたのは、これらの手塚アニメ企画だったんですね。

・・あ、手塚アニメといっても⑬は明らかに違います。
実質、手塚作品は⑫で終了してます。
なぜか?

それは1989年、手塚先生が亡くなったからですよ。

・・だけど、手塚先生逝去を受けて、「先生の遺志は我々が受け継ぎます!来年の24時間テレビも手塚アニメをやりますから!」って誰も言わなかったんだろうか?
えぇ、誰もそんなこと言いませんでした。

なぜなら、

手塚プロは「24時間テレビ」のアニメ作るのがイヤでイヤでしようがなかったんですよ・・w

これ、結構有名な話ですよね。

そもそも、虫プロが倒産したのが1973年のこと。
当時、手塚さんの腹心だった西崎義展(宇宙戦艦ヤマト原作者)に好き放題やられ、彼が去った後にぺんぺん草の一本すら生えていない惨状を見て、「もうアニメはやらない」宣言をしたとされる手塚先生。

その5年後、

「24時間テレビで2時間アニメをボクたちの手で作りましょう!」
「・・・・・・」
「原案、脚本、演出、全部ボクがやります!」
「・・・・・・」

そもそも、当時の手塚プロは漫画部門のカイシャだったんですよ。
もともとアニメ部門のカイシャは虫プロだったわけだし、手塚プロはアニメを作る気などさらさらなく、そもそも、そういうことをできる人材が揃っていなかった。
だけど先生は、「ボクがやるから」と言う・・。

いや、私は先生のキモチが少し分かるよ。
とても皮肉な話だが、虫プロが倒産した直後あたりから世間では再びアニメブーム(「ヤマト」を筆頭に)が来たんだから・・。
時流に敏感な先生として、いてもたってもいられなかったんだろう。

ただ、難色を示した手塚プロ側の反応もそれは当然で、この両者の温度差がその後とてつもない悲劇を生んでいくこととなる。

<24時間テレビ手塚アニメ伝説>

・第1回「バンダーブック」で先生は原案/総指揮/脚本/演出/構成はおろか、原画まで手掛けたらしいが、漫画連載8本を抱える先生にそんなことできるわけがなく、「先生の絵コンテ待ち」でスタッフは身動きがとれなかった。

・やがて、先生はあまりの多忙で失踪した。

・制作デスクも失踪した。

・フィルムのリールが全て納品されてない状態なのにオンエアが開始され、少なくともオンエア開始時点、最終巻のリールはまだ工場で乾かしてる状態だった。

・第2回「マリンエクスプレス」は「バンダーブック」よりもさらに最悪な状況で、オンエア開始時点で手塚先生はまだ最終シーンの絵コンテを描いていた。

・アニメーターたちは次々と過労で倒れていき、現場はさながら野戦病院のようだった。

・第4回「ブレーメン4」ではもう既に実質破綻しており、放送前日になってDAICONFILM(彼らは当時まだアマチュアの大学生たち)に「助けてくれ」と応援の要請あり、現場に行ってみたがもう手の施しようがなかった。

・結局、放送当日まで間に合わず、未完成状態のものがオンエアされた。

以上が現場にいた人たちの証言なんだが、真偽のほどは分からない。
中には、ちょっと話を盛ってる人もいるかもね・・(笑)。

いっそのこと、アニメを放送するよりもアニメ制作現場を中継した方が、「24時間マラソン」っぽくて感動できたかもしれないww


しかし、「未完成作品をオンエア」という④はさすがに放送事故扱いだったのか、翌年の⑤「アンドロメダストーリーズ」では手塚プロではなく、東映動画が手掛けている。

これは光瀬龍/竹宮恵子原作のSF漫画アニメ化で、そもそも「地球へ」以外で竹宮SF作品アニメ化はレアだし、アニメとしても東映制作だからきちんと安定してるし、私としては「24時間テレビ」アニメの中では手塚系より見る価値あるかと。
興味のある方は、YouTubeで「アンドロメダストーリーズ」と検索してみてください。
あと、⑧も東映制作なのでお薦めだよ。

・・じゃ、手塚先生が頑張って「24時間テレビ」に尽くしたのは無意味じゃないか?と思う人もいるだろうが、いえいえ、視聴率はきっちりとれていたみたいです。
まぁ、視聴率と作品クオリティはイコールじゃないですから・・(笑)。
ただ、この番組の環境保護というテーマは手塚先生の作家性にフィットしていたと思う。
・・ほら、同時期に宮崎駿が同じ環境問題を扱った「風の谷のナウシカ」を作ったじゃん?
あれ見て、手塚先生も「負けてたまるか!」と正直ムキになった部分があると思う。
まぁ、結論をいうと、先生は一度も「ナウシカ」超えるアニメは作れませんでしたけど・・。

だけどね、私は1作品だけ、皆さんに見てもらいたい「24時間」手塚アニメがあるんですよ。

それが、これ↓↓

最後の作品⑫「手塚治虫物語ぼくは孫悟空」

・・あ、最初に断っときますけど、これ、決してアニメとして完成度は高くないです。
もともとの企画は「西遊記を宇宙舞台にしたスペースオペラにする」という手塚先生のアイデアで、私は、このアイデア自体が最初からクソつまらんと思います(笑)。
監督は波多正美さんという大ベテランで、この名前、皆さんも少し聞き覚えがあるんじゃないかな?
・・そう、宮崎駿が放り出した幻の大作、「NEMO」を最終的に引き取って監督した人さ。

アニメ史に残る名作になるはずだった「NEMO」

以降、波多さんはサンリオの名作アニメをたくさん作った凄い人なんだが、どうも彼って「NEMO」といい「ぼくは孫悟空」といい、偉大な天才の残飯処理をする人というイメージが私の中で拭えない・・(笑)。

でもまぁ、波多さんもプロだからそのSF版「西遊記」をひとまず作ったわけよ。
ところが、そうこうしてるうちに手塚先生がまさかの逝去
・・で、そこから話が急転直下、「これを手塚追悼企画にしよう!」ということになり、急に湧いて出てきたのがこの人です↓↓

りんたろう

また、ややこしいのが出てきたなぁ・・(笑)。

いや、皆さんがりんたろう氏にどういうイメージ持ってるのかは知らんが、私の中では依然「元虫プロのメンバーの中で一番恐い人」である。
ぶっちゃけ、富野由悠季や出崎統より恐い印象。

実際、杉井ギサブロー、出崎統、富野由悠季、高橋良輔らが集った対談企画の中で、その場を圧倒して皆を黙らせてた存在は確実にりんたろう氏だったよ(富野さんもイイ線いってたけど・・)。

で、りんたろう氏は「手塚先生の伝記アニメ」を作り始めたのさ。
えっ?波多監督が既に「孫悟空」作ってるんだけど?という現実があるのに、このオッサンはそれを無慈悲に大幅カットし、手塚伝記パートをそれに継ぎ足すというトンデモないウルトラCをやってのけたわけです。
波多さん、可哀相すぎる・・(笑)。

波多パート

りんたろうパート

で、こんなテイストの違うものを2つ継ぎ足して作品が成立するわけがないじゃん?と思うだろうが、いや、これが不思議と成立してるんですよ。

まさに、りんたろうマジック!


やっぱ、常に<手塚先生の狂気>に引きずり回されてきた人の難局に対する処理能力は次元が違うわ・・。
このりんたろう氏の能力を最も端的にいうなら、「アニメ界の三池崇史」といったところですね。
たとえどういう状況にあろうと、とりあえずはカタチにしてしまう。

そうね、このアニメを見たことない人に内容を説明すると、

①子供の頃、手塚少年はイジメられっ子だった

②現実逃避として手塚少年は妄想世界に浸り、その世界の主人公が孫悟空だった

③手塚は成人して漫画家となり、「孫悟空」を描いた

うむ、波多パートはパセリ程度の添え物になり、完全にりんたろうパートの印象しか残らない仕上がり(笑)。

・・で、このイジメられっ子が現実逃避して妄想世界に浸るというくだり、奇しくも、これ↓↓のプロットにそっくりなんですよ。

「君たちはどう生きるか」

手塚治虫の少年期

宮崎駿の少年期

・・お分かりになります?

裕福な家庭のボンボンが、周りの子供たちからイジメられる
⇓⇓
苦しい毎日、やがて少年は妄想するようになる
⇓⇓
少年/オサムは、その妄想力で成人した後、漫画家として成功
⇓⇓
少年/ハヤオは、その妄想力で成人した後、アニメ作家として成功

・・どう?

手塚版「君たちはどう生きるか」として、
「ぼくは孫悟空」見たくなったでしょ?


いいなと思ったら応援しよう!