左翼サイコー!白石版「仮面ライダー(18禁)」のアブなさ
今回は、特撮ドラマ「仮面ライダーBLACK SUN」という作品を取り上げてみたい。
「仮面ライダーBLACK SUN」(2022年)

この作品は「シン仮面ライダー」(庵野秀明監督)と並び、「仮面ライダー生誕50周年企画」のひとつとして制作されたドラマである。
ゆえにレギュラーシリーズと違って全10話とやたら短いものの、その代わりにスタッフ/キャストがやたら豪華なのよ。
監督/白石和彌
コンセプトビジュアル/樋口真嗣
出演/西島秀俊、中村倫也、中村梅雀、吉田羊、濱田岳etc

たまに本作のタイトルを「仮面ライダーBLACKさん」だと思ってる人もいるようだが、正確には「BLACKさん」でなく「BLACK SUN」ですからね。
「BLACKさん」だとコメディじゃん。
なお、この作品のレイティングは<R18>だという。
といっても普通にサブスクで見られるので、あるいは現在配信されてるものは多少修正済みなのかもしれん。
エロ要素は全くないし、グロ要素は多少あるにせよ、さほど酷くはなかったと思う。
ただ、この作品、「仮面ライダー」ファンからはすこぶる評判が悪かったというんだ。
・・うん、その意味するところは分からんでもない。
ぶっちゃけ、ちっとも「仮面ライダー」っぽさがないのよ・・

このアクションシーン↑↑も、ただドツキ合ってるだけでしょ?
「リアリズムの追求」といってしまえばそれまでなんだが、しかしファンが期待してたのはライダー伝統のアクロバティックなバトルの方だったはず。
あと、ライダーの変身シーンについても、最初はこういう感じ↓↓で何となく変身しちゃう設定になってて、「変身!」と叫んでポーズを決めたりするのが全然なかったんだ。

変身ポーズの披露は、第5話(シリーズ全10話の折り返し)が初めてだったよ。
あれは、敢えての焦らしだったの?

・・はい、この第5話で、やっと「BLACK SUN」完全体お披露目。
ここに至るまでが長かったのなんのって・・(笑)。
ただ、私は多くの「仮面ライダー」ファンがいうように、この作品を駄作だとは決して思わない。
というか、これを「仮面ライダー」だと思って見るから駄作だと感じるんだよ。
本作は「仮面ライダー」リブートではなく、「白石和彌作品」として見るべきである。

白石監督とは、きっと映画好きなら誰でもよく知ってる監督だが、「凶悪」「孤狼の血」など、主にクライムサスペンス系の傑作を数多く作ってきた人だよね。


で、こういう系統の監督がなぜ敢えて「仮面ライダー」を?と皆さん思っただろうが、うむ、これは白石さんが「仮面ライダー」のファンだからというより(そもそも彼が「仮面ライダー」好きなのかどうかも怪しい)、どちらかというと、石ノ森章太郎の原作漫画の方にリスペクトがあったんじゃないの?
石ノ森=反権力、白石=反権力という思想的シンパシーからこの「BLACK SUN」という作品は生まれたような気がするね。


この漫画版「仮面ライダーBLACK」は、石ノ森先生が描いた<最後の仮面ライダー>である。
と同時に、
前代未聞のバッドエンドであり、壮絶な鬱作品なんだ・・

上の画は漫画版「仮面ライダーBLACK」最終話ラストカットであり、ここでは主人公が沈んでいく「日本丸」という船の上で、「教えてくれ~、オレは誰だ⁉」と叫んだところで締められている。
実に強烈な<メタファー>じゃないか・・。
ネタバレをすると、
・人類は怪人たちの手により滅びゆく展開
・今後、主人公が怪人たちの首領となり、生き残った人間たちを粛清していくだろうことが作中で暗示されている
というオチなわけで、「・・石ノ森先生、何かあったの?」と言いたくなるほど救いが全くないラストなんですよ。
いやホント、先生はまた何で自分の代表作「仮面ライダー」をこんな締め方にしたのか、考えれば考えるほど不思議でならない。
ちなみに、これが描かれたのは1980年代中盤、いわゆる日本のバブル時代である。
決して鬱な時代性ではなかった。
だけど、石ノ森先生は何らかの鬱を抱えてたんだろうね。

この物語は光太郎と信彦という2人の仮面ライダーの愛憎劇が主軸なんだが、こういう<2人の男の愛憎関係><破滅していく日本><鬱END>という展開は、同じ80年代にベストセラーとなったコレ↓↓に酷似している。
「コインロッカーベイビーズ」著/村上龍(1980年)

いや、別に石ノ森先生が「コインロッカーベイビーズ」に触発されたとまではさすがに思わんが、石ノ森先生や村上龍はあの当時独特の空気の中に何か危ういものを既に嗅ぎ取ってたのかもしれないよね。
<病み>のようなものを・・。
ただ白石監督は、この石ノ森版「BLACK」とも特撮ドラマ「BLACK」とも違う独自のアレンジを今回の「BLACK SUN」に施している。
というか、
今回白石監督がやったのは、徹底した国家権力批判である。


どっちかというと、白石監督は石ノ森先生がシリーズの初期で明確に示していた【ショッカー=その黒幕は日本政府】の方を拾ってるのよ。
付け加えると、石ノ森先生がもうひとつの代表作「サイボーグ009」の方で示していた【ブラックゴーストは首領を倒したところで永遠に滅びない】というオチの方もご丁寧に拾ってきており、実はめっちゃ石ノ森リスペクトの精神をもってこの「BLACK SUN」は作られてるんだよね。
まぁ、ぶっちゃけのところをいうと、
白石監督は、明確な<左翼>の人です。

もともとが左翼系の旗手とされた若松孝ニ監督直系のお弟子さんだけのことはあり、その精神を今なおきっちりと受け継いでる人なのよ。
で、そんな彼が今回「BLACK SUN」で描いたのは
怪人改造手術のルーツは、旧日本陸軍731部隊に始まっている、というトンデモない設定w

また、怪人排斥派vs怪人擁護派の闘争をかつての全共闘運動になぞらえ、ストーリーの始まりとなる舞台を敢えて1972年(=あさま山荘事件があった年)に設定してるんだよね。

なんかね、白石監督の施した設定がいちいち生臭いんですよ。

で、こういう昭和史の総括っぽいのを延々見せられるわけだから、そりゃ「仮面ライダー」ファンであればあるほど「??」となって当然である。
ただ、私みたく「仮面ライダー」より昭和史が好き、という変わり者だけがこの「BLACK SUN」を熱烈支持するんでしょうね・・。
・・あ、申し遅れました、私、「BLACK SUN」の熱烈支持派、yohと申します。

むしろ「シン仮面ライダー」より、こっちの方が面白かったぐらいである。
で、特に重要なのがラストのオチで、ここでは明確に「ラスボスを倒しても何も状況は改善しないし、相変わらず悪は栄えている」という描写がされており、「(権力側との)リベラルな話し合いやデモ等では何も解決しない、やはり暴力を伴う強硬策が必要かも?」として物語をまとめてるんですよ。

これ、捉えようによっては「国家権力へのテロの肯定」なんですよね・・。
まぁ、そのへんの是非はともかく、「ラスボスを倒しても何も変わらん」というのは実に正統な石ノ森節であり、リアリティのある描写である。

「サイボーグ009」で、ブラックゴーストの実体が単なる「3つの脳」だったように、石ノ森先生は常に<悪>というものを実体のつかめない概念として描く癖があるんだわ。
でも、このへんが逆に巧いなぁ、と思って。
分かりやすくいうとさ、例えば学校でイジメがあったとして、
イジメる側=悪
イジメを撲滅したい側=正義
としますね。
こういうのは話し合いじゃ解決しないので、暴力をもってイジメる側を排斥したとしようか(学校から存在を排除)。
じゃ、この学校からイジメは撲滅されるのかといえば、多分しないわな。
必ずや、また次の新たな「イジメる側」が湧いてくるものなのよ。
石ノ森先生は、こういう病巣そのものが<悪>の本体であり、それは永遠に滅ぼせるものではないんだ、と断言してるわけです。

このへん、外国と日本とではまた少し事情が違ってくる。
外国(欧米等)では、組織=全ての権限はボスにある、というニュアンスのようで、そういうものだからボスを排除すれば組織は大きく変わる、という現実があるみたいなのね。
だけど日本の場合、組織=和を以て貴しとなす、みたいなニュアンスがあるので、だからボスを排除したところで組織はさほど変わらないとも言われてます。
そもそも、太平洋戦争の時に昭和天皇は開戦に反対だったと言われており、もはやボスですらどうにもできないわけよね。
いわゆる「空気」みたいなものが実質的なボス、とでもいうべきかな・・。
実際、ブラック企業でも、ブラックな上司を何人かクビにしたところで何の解決にもならないみたいだよ?
結局のところ、
日本という国では、<個人>では何も変わらん

ともいえるわけで、日本が米国的「大統領制」ではなく、党内の<派閥>というムラの単位で総裁を決める現行のやり方は実に理に適っている(笑)。
実際、<個人>がムラから突出しちゃうと、昔から「出る杭は打たれる」が暗黙のルールで、現実にそれはこれまでの歴史が証明してるんですよ。



・・お分かりになります?
つまり「仮面ライダー」の本質とは、
主人公=ムラから突出した<個人>

悪の組織=出る杭を徹底して叩くムラ

というところに最大のキモがあるんです。
あの闘いは、そういう闘いなんですよ。
だから基本、闘いはエンドレス。
いわば「仮面ライダー」とは、石ノ森先生が
遺してくれた一流の日本人論だね。


