村上龍が、日本アニメに与えたモノ
「LAZARUS ラザロ」、皆さんは見てますか?
一応、これ全13話と聞いてるんだが、もう半分近いところまできてるのに遅々として展開が進まず、このペース配分で大丈夫かいな・・と少し不安になってきた今日この頃。

これはあくまで個人的な見解だが、どうしても私は渡辺信一郎監督の作品には<村上龍>の匂いを感じてしまうのよ。
特に、龍さんの代表作「コインロッカーベイビーズ」の匂い、といった方があるいは近いかな。

ようするに、この「コインロッカーベイビーズ」に出てくるキーアイテムの<ダチュラ>ってやつが、「LAZARUS」においては<ハプナ>という薬品に置き換えられてるように見えるわけさ。
もとから渡辺さんが龍さんの小説に着想を得てきたって意味では、たとえば「残響のテロル」のナイン&ツエルブとか、「コインロッカー」キク&ハシから引用していた、という気がしなくもないでしょ?


あと、「坂道のアポロン」。
あの作品、渡辺さんにしては昭和の青春ストーリーなんて「らしくないな」と思ってたけど、よく考えたらあの舞台設定って「60年代の長崎佐世保」、それはまさしく龍さんの自伝小説「69-sixtynine-」の舞台じゃん?


というわけで、おそらく渡辺さんは大の村上龍ファンだと思うのよ(確証はありませんが・・)。
「コインロッカーベイビーズ」出版が1980年だから、それは渡辺さんが15歳の時。
多感な時期に読んだ本って、やっぱココロに焼き付いちゃうんだよね。

で、実は私も龍さんの小説は結構読んできたクチである。
私の周りでは同じムラカミでも春樹派と龍派に分かれてたが、私は龍派だった。
ひとつ村上龍の代表作を挙げなさい、と言われたら、まぁやっぱり前述の「コインロッカーベイビーズ」を挙げると思う。
多分ね、1980年の時点でこういう小説書く人なんて他にいなかったんじゃないかな?
この小説こそが、<厨二の元祖>

ちょっとアブないこと言わせてもらうなら、この小説、きっとオウム真理教の麻原彰晃にも影響を与えてるよね。
だってこの物語は、最後に毒ガス撒いて東京壊滅というオチだもん。
・・あ、龍さんのことをよく知らない人の為に一応説明しとくと、この人は実をいうと過去、重度のドラッグ常用者だったのよ。
で、その頃の実体験を小説にしたら、なぜか芥川賞を獲ってしまったわけで。
多分今だと、コンプライアンス的にアウトかも?
でもデビューがそんな感じだったこともあり、本人的にも自己プロデュースの意味か、敢えてアブない内容の小説ばかり書いてきたという印象。
その中でも特にアブないのが前述「コインロッカーベイビーズ」で、これがサブカル界に与えた影響は大きかったと思う。
たとえば、オマージュ作品の代表的なところはこんな感じ↓↓
「ザワールドイズマイン」新井英樹

「鉄コン筋クリート」松本大洋

「スワロウテイル」岩井俊二

そもそも「コインロッカーベイビーズ」は、龍さんが映画用で書いた脚本のボツ企画(結局別の人の脚本で、できた映画が『太陽を盗んだ男』らしい)が叩き台になってるっぽいのよ。
だから、ちゃんと「映像化されること前提の物語」になってて、それだけに読んでて視覚的インパクトをしっかり感じるタイプの小説なのね。
アクションシーン、残酷なシーン、エロいシーンなどが満載で、そのへんは村上春樹の小説と比べても刺激のレベルが違う。
ある意味、こういうのは「アニメ的」ともいえるのかと。
なぜか、アニメ化されたことは一度もないけど・・。
<革命>と<テロ>

村上龍が「コインロッカーベイビーズ」で描いた結末は、毒ガス兵器を東京に撒く形での<テロ>だった。
じゃ、これとよく似た例として、皆さんご存じ、富野由悠季「ガンダム」を挙げようか。
あの作品の中でシャアアズナブルは、「アクシズ落とし」という形で地球をまるごと壊滅させようとしていた。
このシャアの行為は<テロ>?
それとも<革命>?
シャアいわく、あれは<革命>だったらしい。
なぜなら、彼には地球を破壊した後のビジョンがあったからだよ。
一方、「コインロッカー」のキクの場合は「ダチュラ」を撒いて東京を壊滅させたまではいいが、その後のビジョンは何ひとつなかった。
破壊は手段でなく、目的そのものだったわけね。
こういうところは、純然たる<テロ>である。
つまり、村上龍が描いたのは<テロ>
一方、富野由悠季が描いたのは<革命>
この両者の差は何かというと、ひとつには2人の世代格差という点があるだろう。
富野さんは、ガチで60年代全共闘運動の渦中に身を置いてた人だよね。
しかし、年齢で富野さんよりひと回り下に当たる龍さんは、そういう全共闘のムーブメントには世代として間に合わなかった(1970年時点で左翼運動は失速してたのよ)。
よって彼は高校の時、仲間何人かと共に学校のバリケード封鎖をするという行動を起こしたんだが、そんなの、しょせんは「ごっこ」である。
そこに「思想」など何もなく、ただ「イベント」としてやったにすぎない。

で、そういう龍さんが小説家になったら、案の定「思想も何もない暴力」を作品の中に描き始めたのよ。
極めて虚無的な、意義が見えない暴力。
「間に合わなかった世代」としての、龍さんらしい表現だったよね。

じゃ、オウム真理教は正直どうだったんだろう?
ちなみに、麻原彰晃は龍さんとほぼ同世代だったけど・・。
まぁ、麻原的には<革命>だったのかもしれない。
こっちから見ると、ありゃ完全に<テロ>だったけどさ。

じゃ、「LAZARUS」スキナー博士の行為は<テロ>か?
それとも<革命>か?
それはまだ情報が少なすぎて、よく分からない。
多分この作品は、これが<テロ>か<革命>か、それこそが最大の主題だと思う。

それにしても、これほどまでに現代的な暴力のカタチを1980年の時点で既に予見してた「コインロッカーベイビーズ」って、凄いと思いません?
ライトノベルなんかが生まれるより、ずっと前の話だよ?
まだ、この小説が出た時期は「メディアミックス」など一般的ではなかっただろうに、本作の内容は極めて「メディアミックス」的である。
ここが龍さんの凄いところさ。
村上春樹の場合は、小説以外の媒体では表現するのが厳しい文体であるのに対し、龍さんのそれは逆に、もう最初から映像が備わってるかのような文体である。
そこにあるのは暴力、ドラッグ、SEX、音楽、芸能界、刑務所、同性愛、廃墟、兵器、死・・、
もはや最初から視覚的なインパクトを計算済みの文体、とでもいうべきか。

もしこの小説をまだ未読の方がいらしたら、是非ヒロインのアネモネに焦点を絞って読んでみてほしい。
「うわっ、何これ、いまどきの厨二系アニメのヒロインそのまんまじゃん!」
と絶対にビビるはずだよ(笑)。
そう、これが書かれてたのは昭和だったはずなのに、なぜかこの小説が放つ空気感はまさに平成~令和そのものなんだ。
・・いや、逆に時代の方が龍さんの創造力にようやく追い付いたというべきかな。

そういや、庵野秀明の実写監督デビューは、龍さんの小説をチョイスしたんだっけ。
指輪が欲しくて援助交際するJK、というやつ。
庵野さんもまた、ああ見えて龍ファンなのかもしれん。
でもまぁ、私の中で今最も村上龍に近い作家性を孕んでるのは、どう考えても渡辺信一郎一択なんですよ。
もし「コインロッカーベイビーズ」アニメ化をマジでやるなら、これ音楽(歌)がひとつのポイントになる作品だし、どう考えても人選的に渡辺さん以外にはいないのよ。

ただ、龍さんはいかにもアニメ嫌いそうな人だよねww
武蔵野美大中退という人なのになぁ。


