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渡辺信一郎の作風、好きになれない人もいるんじゃない?

今回は、2025年春クール話題のアニメ「LAZARUSラザロ」について書いてみたい。

この渡辺信一郎✕MAPPAというコラボは、名作サスペンス「残響のテロル」以来である。
きっと、楽しみにしてた人は多いかと。

オリジナルアニメ「LAZARUS ラザロ」

もう、このビジュアル↑↑からして、いかにも渡辺さんっぽいでしょ(笑)。
カッコいい」というより、「カッコつけてる」感ミエミエなところが彼の最大の魅力である。

渡辺信一郎

メディアに出る時は絶対サングラスを外さないらしいし、ようはそういう人なんですよ。
彼のこういう「カッコつけ」がそのまま作品にも投影されており、彼は案外寡作なんだが、これまでの監督作品をざっと挙げると

【1994年】「マクロスプラス」

【1998年】「カウボーイビバップ」

【2003年】「アニマトリックス」

【2004年】「サムライチャンプルー」

【2012年】「坂道のアポロン」

【2014年】「スペースダンディ」

【2014年】「残響のテロル」

【2019年】「キャロル&チューズデイ」


もうね、どれもが美意識バリバリ、MUSICバリバリの作風なんだよね。

上記作品以外で私が「うひゃ~」と思ったのは、2003年「GENIUS PARTY」というオムニバス映画(制作/STUDIO4℃)の一篇「BABY BLUE」(←このタイトルからしてキテるでしょw)なんですよ。
これは未見の方も多いと思うので、実際ご覧いただきましょう↓↓

「BABY BLUE」 時間約14分

こういうの、好きやわ~。


「BABY BLUE」は、僅か十数分という尺の中に渡辺さん的な成分がギュッと濃縮還元された、果汁100%ポンジュースみたいな作品だと思いません?

個人的には、渡辺さん監督で村上龍の小説アニメ化とか、今後やってもらいたいね。
「コインロッカーベイビーズ」あたり、こういうのも「カッコつけ」の文脈だから絶対渡辺さんにハマると思うし・・。

で、こういうセンスには割と普遍性があるのか、渡辺さんは妙に海外で評価が高いんだよ。
それも特に北米での人気が高いっぽい。
だから、あっちからの仕事のオファーもかなり多いんだってね。

特に有名なのは、「ブレードランナー2049」(監督/ドゥ二ヴィㇽヌーヴ)の前日譚的短編「ブレードランナーブラックアウト」である。

「ブレードランナーブラックアウト」 時間約15分

あと、ラッパー/フライングロータスのMVとか。

フライングロータス「MORE」 時間約3分

じゃ、こうしてなぜ渡辺作品がアメリカでウケるのかって、それは彼が日本アニメ的な萌え表現をあまりせず、硬質な映像を作るところにあると思う。

というかさ、北米でウケる日本人アニメ作家って大体がそうなんだよね。

川尻善昭

梅津泰臣

中澤一登

小池健

・・ほら、みんな硬質でしょ?


どうも日本の萌え画って、韓国、中国、台湾あたりでは全然イケるらしいんだけど、少なくとも北米なんかではあんまりウケないんだってさ。
このへんは、東⇔西の文化土壌の差というものかもしれん。

で、渡辺さん自身、多分この人、萌え画があんまり好きじゃないと思う。
そもそも彼ってアニメ厨じゃなく、映画厨、および音楽厨という人でしょ?
もともと画を描かない人だし・・。
・・で、こういう画を描かないタイプほど、高畑勲押井守らの例を挙げるまでもなく、偏執なほど「レイアウト」と「リアル」にこだわるのよ。
渡辺さんもまた、その典型かと。
映像を見てると、アニメというよりほとんど実写映画ばりのカメラアングルだもんね。

そのへん、一番分かりやすいのが「LAZARUS」第1話のアクションシーン↓↓だったと思う。


主人公アクセルのアクションは確かに凄いんだけど、皆さんは見てて違和感を感じなかった?

なんかアニメっぽくない、と。


・・そうなんだよ。
アクセルの動きは、一貫して「実写映画におけるスタントマンの動き」なんだわ。
アニメだからホントはもっと破天荒なアクションで表現できるというのに、渡辺さんは敢えてそうしない。
あくまで実写志向、リアル志向なんだよね。
つまり日本アニメより、むしろハリウッドムービーの方にカテゴリーが近いということさ。
そりゃ、彼がアメリカでやたらと評価されてるのも理解できるでしょ?

「LAZARUS」

しかし渡辺さんのこういう作風、逆に日本国内では結構好き嫌いが分かれてしまうかも。
昔から慣れ親しんでる<漫画>っぽくないから、ちょっと地味なテイストに感じちゃう人もいるんじゃない?

そもそも日本と欧米とじゃ、土台となる絵のカルチャーそのものにギャップがあるよね。

日本の絵(19世紀)

欧米の絵(19世紀)

上の絵をふたつ見比べてもらえばハッキリ分かると思うが、これどう見ても19世紀の段階から

日本の絵⇒アニメ的
欧米の絵⇒実写映画的


だと感じません?

そう、今の日本がやたら漫画/アニメに特化してるのも、やっぱこういう歴史から来てると私は思うのよ。
つまり、1950年代からの手塚治虫先生云々という話じゃなくて、もっと古いところでこういうベクトルが出来上がってたということ。

ただ、渡辺さんみたいな人はどっちかというと外に目が向いてるタイプで、

「LAZARUS」もまた欧米からの見え方を基準に置いてると思う。


作劇からしてそうなんだ。
まず、この「LAZARUS」というタイトルからして新約聖書由来だし、作中の重要人物、スキナー博士のセリフ

「私は、7番目のラッパ吹きにすぎない」

というやつも、クリスチャンの欧米人には全く説明不要の一般常識にせよ、一方で聖書の知識に疎い日本人の多くは「??」という反応だったはずだよ。
なぜか、日本人視聴者の方には不親切な渡辺信一郎・・(笑)。

じゃ、「7番目のラッパ吹き」の意味がよく分からなかったという人、一応こちらを見ておいてください↓↓


これは終末論の話だが、このラッパを吹いてるのは「天使」なんだよ。
悪魔」じゃなくってね。
7人の天使がラッパを吹くことで地上は未曾有の災害に襲われ、多くの人々が死ぬこととなる。
でも、神目線でいうとこれは浄化であり、悪魔、および悪魔に従う人たちを滅ぼす闘いでもあるわけだ。

博士が、敢えて「7番目の」ラッパ吹きと自らを表現したところには一体どんな意味があるんだろう?


私なりの解釈だと、地上に災いをもたらしたのはどちらかといえば第1~第6のラッパの方であり、第7のラッパって、災いというよりも「最後の審判」でしょ?
その審判には大きな犠牲が生じつつも、しかしこれはひとつの救済、苦難の終焉とも解釈できるわけです。
少なくとも聖書においては、「最後の審判」の後に訪れたのは永遠の平穏を確約された千年王国だった。

さらに「LAZARUS(=イエスの慈悲により蘇生した男)」という題が作品に付けられたのも意味深だし(一応チーム名でもあるんだが)、これって

どう考えても博士の狙いは人類滅亡なんかじゃないよね?


博士の真の狙いは、テロなんかじゃない。

こういうプロットは、渡辺さんの過去作「残響のテロル」にかなり似てると思いません?

「残響のテロル」(2014年)

「残響のテロル」の場合、主人公は核兵器を所有したテロリストだったわけだが、オチを言えば彼らの目的は核兵器による大量虐殺では断じてなかったのよ。
現実に爆破テロは実行すれど、確か爆破による犠牲者は1人も出さなかったんじゃなかったっけ?

「LAZARUS」の場合、さすがに犠牲者ゼロってわけにもいかんだろうけど、ここでも必ずや何らかの救いがあると思う。

渡辺さんの作品はオチに必ず切なさがあれど、基本、愛のある作風は一貫してるよ。

ただ、そういう作劇含めて、とても<映画的>なんだよね。

だからこそ映画慣れしたアメリカではウケるんだろうが、娯楽の軸足が映画でなく漫画/アニメの日本人だと「なんか、面白くない」というリアクションになっちゃうかも?
どっちかというと、<アニメ>より<映画>のテイストに近いから。

そこは嗜好の問題だからどうしようもないにせよ、

少なくとも私には超どストライク

なんていうかな、「残響のテロル」が好きという人なら、多分今作も大丈夫でしょう。

とにかく、今後の展開を楽しみにしようぜ。


そうね、個人的に最大の見所は、林原めぐみの老け役かな。
というより年相応の役なんだけど(彼女は今58歳)、でも彼女のオバサン声は滅多に聞けるものじゃないし、本作にて堪能したいと思う。


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