グスタフとアルマ、抽象概念と言われたのはどちら?:アルマの『回想と手紙』の一節より(2021)(5)
翻ってマーラーの時代というのを改めて考えてみると、それは「生命」を物質的基盤の上で理解しようとし始めた時代である。この点で、冒頭引用した『回想』に登場する著作中で注目すべきはランゲの『唯物論の歴史』だろう。第1版が1866年、第2版が1875年の日付を持つこの著作は、19世紀後半のドイツ語圏で最も影響力があった著作の一つであり、まさに科学と信仰の対立に対して、一面では唯物論を擁護しつつ、カントの枠組みを批判的に援用することを通じて存在とは独立の価値の領域を確保することによって調停しようという試みと捉えることができよう。唯物論の歴史を取り上げることを通して、それが近代科学の発達とともに最近俄に発達したものではないことを示すことで、問題に歴史的な展望をもたらした著作であり、科学を二分心崩壊以降のエポックにおける「物語」として捉える観点にも通じる側面を備えていたとの評価も可能だろう。その点を踏まえれば、アルマによって提示された著作リストのうち、文学的な著作以外については極めて一貫性した関心の下で取り上げられていることが窺え、しかもその関心のベクトルは、本論の背景にあるそれと一致している可能性が高いと言いうるようにさえ思われる。そうした思想的潮流の中で、一方では人間の「心」の構造に関して様々な「心理学」(マーラーに関連して直ちに思い起こされるのはフェヒナーとフロイトだろうか)が生まれ、他方では人間の来歴について「進化論」(こちらは必ずしもダーウィンのそれに限定されず、様々な学説が提唱された)が生まれた時代がマーラーの生きた時代なのである。そして「心理学」と「進化論」が手を携えて「神の死」を宣告することになる。実際には科学的なものも含めて、そうした理論は、広義に捉えるならば結局のところ人間の自己についての「物語」に他ならないのだが、その「物語」がここに至って、ますますその声が聴きとり難くなっていた「隠れたる神」を消去することによって自分自身を解体し始める決定的な一歩を踏み出すことになった、その出発点がここにあるのだ。そのことに思い当たってみると、シュトックハウゼンがもう半世紀も前に、ド・ラ・グランジュのマーラー伝の最初は英語で出版された第1巻の序文で以下のように述べていることが如何に的確であったかを思い知らされる。
「もしある別の星に 住む高等生物が地球人の性質をごく短期日のうちに調査しようと思うなら、マーラーの音楽を素通りするわけにはいかないだろう。」
更にそこでシュトックハウゼンが、マーラーの音楽を「(…)人間が人間を個々の部分に分割し、しかもそれらをおそろしく奇怪な変種へと再合成しはじめようとするまえの、古い、全的な、《一個体としての》人間による最後の音楽である。」(同上)と規定し、「マーラーの音楽は、おのれ自体がじっさい何者であるのかもはやわからなくなっているすべての人びとにとってひとつの道標となるだろう。」(同上)という言葉で全文を締めくくっていることを付け加えておくべきだろうか。
ここで留意すべきは、シュトックハウゼンのこのコメントがもう半世紀も前に記されていることだ。或いはまた、シュトックハウゼン自身、明確に意識していることが文章から読み取れることだが、そもそもこの文章が、上記のような「人間」の解体の時期にあって、それに抗うかのように書かれた1000頁にも及ぶ「伝記」を、つまり反省意識を備えた自伝的自己についての物語の序文として書かれたことに留意すべきだろう。なお、踵を接するようにしてブーレーズもまた、ド・ラグランジュの伝記への序文を寄せていることを指摘しておくべきだろうか。こちらは題名からして「伝記、何故?」であって、恐らくはマーラー生誕100年の時期に出版されて以来大きな影響力を持ったアドルノのマーラー論における「小説=ロマン」概としての交響曲という視点を背景に、マーラーの交響曲が想像的な拡張された伝記であるという把握から、ド・ラグランジュの現実の伝記を捉えなおすという趣向の文章であって、20世紀の音楽の前衛が2人までもが揃ってマーラーの伝記に序文を寄せているということは、改めて確認されて良いことではなかろうか。
ド・ラグランジュの伝記の方は、その後、一旦、フランス語版の3巻3600頁に及ぶ大著として完成した後、更に英語版で増補作業が行われ、上記の第1巻からかなりの時間の隔たりの後、合計で3800頁近いボリュームを持つ2,3,4巻が20世紀末から21世紀初頭にかけ、10年近い時間をかけて順次出版された。第1巻についても改訂が企図されていたようだが、その作業を終えることなくド・ラグランジュが2017年に没した後、ようやく昨年のコロナ禍の最中に補筆・編集された第1巻改訂版-これは約800頁なので、4巻合計では4600頁ということになる―が出版されて完結を見たことになる。かくして約半世紀の歳月が、巨大でかつ絶え間なく増補・改訂され続けたマーラーの伝記の成長の過程で埋め尽くされていることになるのだ。(なお、第1巻の改訂版においても巻末にAppendiceとして、シュトックハウゼンの序文の英訳が採録されている点について、その判断への賛意とともに付言しておきたい。)
だがもしそうであるならば、マーラーのことを「変てこな機械」たる自分の先駆的な同類と見做す姿勢は、100年後に自分が置かれた環境によって方向づけられた自己認識を、不当にも、まだ「全的な、一個体としての人間」であった100年前の天才に対して押し付けていることになりはすまいか?実際のところ、この嫌疑は正当なものであるに違いない。そもそもがアルマが、マーラーのことを抽象概念だと規定してみせた誰か(尤も、それが実はアルマ自身であったとしても事情が変わることはないのだが)の言葉を殊更に記したのは、既に述べたようにアルマが抱いた心理的な屈折の反映に違いないのであって、マーラー自身は本当は抽象概念などではなく、シュトックハウゼンの言う「全的な、一個体としての人間」ではなかったか?現在においてなお1世紀も前の音楽が受容されているのは、既に喪われた「全体」に対するノスタルジー故ではないのか?
最後の点についていえば、「世の成行き」においては、それは確かに事実なのかも知れないという兆候は其処彼処に存在するようだ。例えば今はコロナ禍で中断しているものの、かつては毎年開催されていた日本国内でのさる音楽祭の或る回の「オフィシャル・ガイドブック」として書かれた新書の中でのマーラーの受容のされ方というのは、まさにそれを証言する格好の事例と言うべきで、そうした捉え方に対する強烈な違和感を別の機会に記したことがある。であるからには私個人の立場は明確であって、マーラーは、彼が生きていた時代に既に進みつつあった「人間」の解体と奇妙な再合成に対して抵抗すべく、自分の持っている手段を総動員して「世界」を構築せずにはいられなかったのだと考える。そしてそうしたことができたのがマーラーで最後であったというシュトックハウゼンの半世紀前の言葉は、既にその時点で正しかったのだし、半世紀後、マーラーの時代からは一世紀後の現在においてもまた、正しいのだが、だからといって、マーラーの中に既に実現不可能となった「全体」を見てノスタルジーに浸るというのが今日許された唯一の受容の仕方ではないというように私は主張してみたいのだ。
現実にマーラーは、シュトックハウゼンの文章が書かれた時期以降、レコードやCDといった媒体に記録されて流通する点数も飛躍的に増大したし、オーケストラのコンサートのレパートリーの中核の位置を占めるようにもなった。日本におけるそのピークは恐らく1980年代後半から1990年代初頭の時期であって、次々とオープンするコンサートホールに花を添えるようにして、幾つものオーケストラが競うようにマーラーの全交響曲のツィクルスに取り組み、マーラーの交響曲の全集のCDが陸続として現れるといった、所謂「ブーム」が発生したのであった。要するに資本主義のシステムにおける交換価値という観点においても観客を確実に動員でき、箱物のCDが捌けるという点で、マーラーの音楽の商品としての価値は揺るぎのないものとなったかに見えるし、その価値はその後も今日に至るまで、―少なくともコロナ禍でコンサートの公演が不可能になるまでは―確固としたものであったかに見える。そして自分自身がそうした傾向の恩恵に浴した面が少なからずあることを否定することはできないだろう。
だがしかし、「世の成行き」における経過がそのようなものであったとしても、マーラーの作品の価値はそれに尽きるものではない。そもそもがシュトックハウゼンの上記の文章が書かれてから程なくして、極東の島国の地方都市に生きている子供が、或る日FM放送から流れてくるその作品の一つに接したことをきっかけとしてマーラーの音楽に熱中した時、もしかしたら既にそうした兆候は明らかであったにも関わらず、己の周囲のそうした成行きよりもマーラーの音楽が提示するヴァーチャルな世界に没入するあまりに、そのことに無頓着であったに過ぎないとはいえ、その当時の彼の主観的選択としては、マーラーに与することは寧ろ積極的にマイノリティの側に着くこととして了解されていたという事実は揺らがない。同時にそれは、音楽史の年表にも名前が載らない(つまり音楽史上の存在意義について異論の余地ないものではない)、世紀末の爛熟・退廃のイメージとともに語られる音楽という当時においてすら綻びかかっていた紋切り型とも異なれば、その後のブームと恐らくは関係するに違いない、作品を複雑で魅惑的な音響態として享受する態度とも異なる仕方でマーラーの人と作品にコミットすることでもあったのだ。その結果として、まさに「世の成行き」におけるマーラーの「価値」が極大化した時期に、かつての子供は、自分が探し求めている「音楽」がそこにないことに絶望して、マーラーを聴くことを止め、集めた文献やら録音記録の類を一旦すべて処分してしまうことになる。子供ならではの性急さと傲慢さで、自分が時代の潮流のようなものに敏感で、無意識の裡に浸蝕された可能性など到底是認できるものではなく、時代に規定されることを認めるくらいなら、寧ろ積極的にアナクロニズムを選択しかねない子供は、自分が選択したマーラーが、よりによって流行現象になり、もともとの文脈から切り離された「私の時代が来る」というマーラーを、予言の言葉に仕立て上げ、その予言が恰も実現したかのような言説が氾濫するようになるとは予想だにしなかったし、従って、その結果としてまさか自分が一時的にであれマーラーを聴かなくなることになるとは思いもしなかった。
一旦離れたマーラーと再び向き合うことになったのは如何にしてかの方は、ごく私的で偶然的な状況の産物であるかも知れないのでここでは割愛するが、その一方で、では一体、かつての子供であった私がマーラーに何を見出そうとしていたのかを改めて確認してみると、例えば、マーラーと出会ってから間もなく以降、繰り返し読んでほとんど内容を暗記してしまった程である2冊の本のうちの一冊(ちなみにもう一冊はこの文章の冒頭で参照したアルマの『回想と手紙』である)、マイケル・ケネディの評伝『グスタフ・マーラー その生涯と作品』(中河原理訳, 芸術現代社, 1973)の中での「神を探し求める者」(同書, p.134:「マーラーはいつも神を求めていたとはよくいわれることだが、…」)という規定、これも子供の頃に繰り返し読んだ青土社の『音楽の手帖 マーラー』に収められた、丸山桂介「隠れたる神 第九交響曲の「アダージョ」に寄せて」におけるマーラーの位置づけに最も深く共感していたように思うし、実は、その点については今なお変わらないようなのである。ケネディは、「マーラーのような哲学好みの人にとって交響曲というのは明白な手段だった」(前掲書, p.125)ということも述べているが、この言葉もまた、かつての子供、最初に述べたように、自分のことを「抽象概念」を操作する機械のようなものと感じ、冒頭に引用したアルマの回想の一節を我が事のように感じていた子供にとって、マーラーへの共感を一層増幅させるコメントであったと思う。そしてそこには、マーラーを聴くというまさにそのこと自体もひっくるめて、自分の中にある衝動が「世の成行き」においては無益なもの、交換価値に関して期待できないのは勿論、使用価値という言葉に付き纏う、有用性、効用といったニュアンスについてもまた、凡そ期待できないものに向けられているという苦々しい認識が、年端の行かぬ子供なりに伴っていたというのは冒頭述べた通りである。
(2021.7.13初稿公開, 14,15, 24,25 加筆修正, 2025.7.3 noteにて公開)
