「今」を、共同創造しよう。
私たちは今を生きている。
今しか生きられない。
どんなに過去が美しくても、未来に想いを馳せても、
「今」しか生きられない。
不安が渦巻く時、自分を否定したくなる時、
私たちは「今」に居ない。
実体は今を生きているが、あなたはそこに居ない。
過去から持ってきた価値観で自分を否定していやしないか。
未来に期待するあまり今を見落としていやしないか。
私は長い間、そうだった。
過去から持ってきたたくさんの『問題』という荷物を目の前に広げては、お前はダメだと罵った。
遠く未来に理想の自分と世界を強く思い描いては、「今日」という日を取りこぼしていた。まるでまだそうなっていない今日が邪魔者みたいに。
私たちは、今を生きている。
「今」しか生きられない。
あなたにとって、
「今」という時に強く濃く点を打つものは、何だろうか?
私はダンスを観ることで、自由と命の躍動を感じるのだと以前こちらの記事でご紹介した。
幼い頃から抑圧するのが当たり前だった私の行き場のない感情。
ダンスはいつでもその抑圧を取っ払い、感情をありのままに自由に、まるで爆発させるかのように表現することを私に見せてくれる。
大好きなLes Twinsの新着のダンスを、80回は観ている。
100回には届かないと思うが、数えてないからわからない。
けど恐らく80回以上は観ている。
どうしてそんなに観るんだろう。同じダンスを、何度も、何度も。
それは高い技術やパフォーマンスのそのもっと奥にある、
『私の心が揺さぶられるポイント』がどこなのか、それをただ知りたかったのかもしれない。掴みたかったのかもしれない。
彼らの魅力は何といっても双子ならではの高すぎるシンクロ率にある。
振り付けたものだけではなく、即興のダンスにおいても高確率でシンクロする。
他にはない、彼らだけが表現できる空気感があり、非常に微細な感情の機微を、ダイナミックな動きの中で表現してしまう。私はそこにとても美しさを感じる。
“二人でひとつ”というものに対する憧れが、どうしてもうずいてしまうのかもしれない。
それに憧れてしまうなら憧れていても良い。
私のその密やかな願望を満たすものが、そこにはあるのだ。
そしてもうひとつ、ダンスを観る時に私が何よりも注目しているのが、ダンサーの表情にある。
ステージ上の「今」という時に、その人が持つエネルギーの全てを出し切るような、“ゾーン”に居るような彼らの表情がとても好きだ。クルクルと表情が移り変わるダンサーに私は惹かれる。
感情の解放、深い感情表現、密かな憧れ、
そして、「今」を生きるということ。
今、この瞬間を、強く、濃く打つ点。
ダンスも、音楽も、文章も、残されたものは全て「過去」になる。
だけどそこに触れて、私たちの心が振動する時、
紛れもなく、それは私たちの「今」になる。
かつて表現されたものに、私たちの魂が呼応する時、
その瞬間、
「今」という時を、共同創造しているとは言えまいか。
私が残した文章が、誰かの心に触れた時、
それが、届いた時、
誰かが残した文章に触れ、何かを受け取った時、
私たちは現実を、共同創造しているのだ。
80回の過去に触れるのではない。
80回の「今」を創っているのだ、共に。
あなたの「今」を、強く濃く打つ点は何だろうか。
あなたの魂を揺さぶるものは?
それと一緒に、
「今」を、共同創造しよう。
