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やりたいことがあるのに、脳と足が追いつかないときは


10代〜20代前半のころは物欲がピークで、推しのグッズをパターン違いで全部買い揃えたり、コスメの新色が可愛ければ似たような色を持っていても手に入れたし、季節が変わるごとに追加で服を買いに行った。

あのころは欲しいものが永遠にあって、買っても買っても欲はなくならなくて。欲しいものリストがいつまでも追加されるから、リストを消化しきったことはなかった。

新しくできたカフェとか、SNSで流れてきたスポットとか、行きたい場所だっていつまでも増えた。週に2日の休日じゃ消化しきれない。週に5日も働いているのにお金は全然足りない。

満たされることはないけれど、欲しいものや行きたい場所があることは活力にもなっていたと思う。「これのために頑張る!」という愛やエネルギーは、働く理由になっていた。


けれどもここ数年で、そういった欲がものすごく落ちた。

うつ病になったころが転換期だと思う。新しいものに興味を持つことが格段に減った。そういった情報を積極的に取りに行かなくなった。メンタルの回復と同時に「気になるな〜」と感じるモノや場所が見えるようになってはきたけれど、「まあ、今はいいや」ですべてが終わってしまうのだ。

そんなことより家で寝ていたい。なにかを手にいれるのは、どこかへ刺激を求めに行くのはとても疲れるから。ぐるぐると動き続ける脳も、移動するための足も、全体的にとても弱ってしまっている。

すべての物事に対して、年々こうして腰が重くなっていくのだろうか⋯と思うととても怖い。今でこれなら、10年後はどうなってしまうんだ。



けれど、脳が疲れていても、足が動かなくても、書き留めておくことはできる。「これやってみたいかも⋯」と薄くぼんやり浮かんだことを、忘れないうちに言葉にして保存する。

スマホのメモに、noteの下書きに、スケジュール帳のメモ欄に。雑でいいし箇条書きでいいから残しておく。

年を重ねるほど、突発的な「やってみたい!」という欲はとても貴重なものだなあと感じるから。忙しい毎日の中で「今はいいや」「いつかそのときがきたら」に押し出される前に、確かに存在したものとして残すには、書くことが一番いいと思うのだ。


わたしの「やってみたい!」もスマホやnoteや紙に散らばっていて、あの家に住みたいとか、1週間ほど海のある街で暮らしたいとか、とりたい資格のために勉強したいとか、専門学校に通ってみたいとか、次はこんな本を書きたいだとか、さらには絵を描いてみたいだとか、好き勝手に欲を叫んでいる。

まだまだ全然欲深くて安心した。欲しいものはあまりないけれど、やりたいことは浮かんでくるみたい。

忘れなければ、実行に移せる日がくる。そのときのために、欲は言葉にして残してあたためておく。そして後のことは、さらに重くなった腰をなんとか上げることになる、未来のわたしに任せた。よろしくね!







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