【note11ヶ月】noteの下書きには、素直な「書きたい」がつまっている
noteを書くとき、本文を書いてからタイトルをつける派と、タイトルを決めてから書き始める派がいて。どちらが良いとかでなく、単純に流派の違いだと思っています。
わたしは後者のタイプで、タイトルを決めることでゴールが見えて書き進められるんですよね。だからといって、その日に思いついたタイトルでそのまま書けるというわけでもなくて。
「タイトルの案はあるけど、今日はそれを書く気分ではない」みたいなときもたくさんあります。もしくは「このタイトルは気に入ったから丁寧に書きたいな」というパターンもあったりして。
半年前に思いついて、noteの下書きに入れたままのタイトル。まさにこれは「このタイトルは気に入ったから丁寧に書きたいな」と思って手をつけていませんでした。

「わたしが明日会社にいなくても」
これ、文面だけ見るとものすごくネガティブに見えるけど、実際の気持ちとしてはそうでもなくて。
社畜時代は「明日もなんとか会社に行かなきゃ」と、絶望を抱えたまま眠れず朝を迎える日が何度もあって。会社っていうのは朝が来たら必ず行かねばならない場所であり、そこにわたしの意志はない、みたいな。
だけど限界を迎えたころに「わたしが会社にいなくても明日は来るし、会社はあたり前に運営されるのだ」という事実を実感するタイミングがあったんですよね。その瞬間、すっごくホッとしたんです。
「なぁんだ」って。明日わたしが会社にいなくても、会社にほとんど支障はないけれど。明日わたしが会社に行くことで、わたしのメンタルと身体には支障が出るわけで。
優先順位、全然ちがうじゃんって。その瞬間に我に返ったんです。
このときのエピソードは、自分の中でかなり特別なもので。人生を変えるレベルの気づきだったし、いい意味で吹っ切れるきっかけになったりもして。
だからこそ、noteにするなら丁寧に書きたいという思いがありました。だけどその思いが強すぎるあまり、逆にどんどん後回しにしてしまって⋯。
そこでたまたまタイミングよく、文学フリマというイベントに出会ったわけです。
「もしも自分の好きなように本を出版するなら」
そう考えたときに、noteの下書きを思い出して「これだー!!」と。これだったら想いをのせて書ける。このエピソードを主軸にして、仕事や働くことに対する個人的な価値観をエッセイにするのはどうだろうか。
そうして生まれたのが、わたしの初著書となる『明日わたしが会社にいなくても』でした。

ちなみにもう1冊の『退職無職マニュアル』も下書きに入れていたアイデアです。
この世には、転職を後押しするビジネス本はたくさんあるけど、退職や無職にまつわる指南書って全然存在しないなあと思っていて。いつか自分でじっくり書きたいなと思っていました。
1冊目も完成していないのに「どうしてもいま書きたい!!」という気持ちになってしまい⋯同時進行で制作を進めることに。

noteの下書きから生まれた2冊の本。もちろん、そのままnoteとして書いて公開する道もあったと思うけれど。いろいろなきっかけが重なって紙の本として誕生したのも、なにかの縁だなあとしみじみ感じたりしています。
noteの下書きには、素直な「書きたい!」がつまっているなあと改めて思うのです。浮かんだままのフレーズやアイデアを下書きに残していくことで、いつか別の形で活きる瞬間もある。そんなはなしでした。
ということで、note11ヶ月目の今回は、本の制作に追われnoteをまったく更新できず⋯。本当に計画性が皆無だし、両立がヘタだなあと。
ついに来月は、noteを始めて1周年。「書く」と向き合ってきた1年間を、ゆっくりじっくり振り返りたいなと思っています。
書き続けてこられたのは、読んでくれる人がいるから。初めてもらったスキの重さを、あの瞬間の嬉しさを一生忘れずに。
お付き合いただきありがとうございました!またね。
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転職、退職、無職。仕事や働き方で迷走するアラサー女のエッセイです。怒り、欲望、悲しみ、嫉妬、ほんの少しの喜び、すべての感情を文字にして。バリキャリにはなれなかったし、いまだに朝は起きられないけれど、「書くこと」に救われました。どうか届きますように。
