#188🎬️ケン・ローチ監督の願いと祈りが聞こえた気がした│『オールド・オーク』
この作品の舞台は、
長年の政治や産業構造の変化によって地域コミュニティが衰退し、
公共サービスの縮小や貧困が広がっている状況が背景にある。
地元住民に十分な説明がないまま難民を受け入れ、
それによって地価の下落を懸念する住民もおり、不満はピークに達していた。
私には、人々が本来、権力者や構造に向けるべき怒りを、
さらに弱い立場の難民へ向けてしまっているように見えた。
不満や怒りが出るのは理解できる。
ただ、その矛先は間違えてはいけないと思う。
「自分の国に帰れ」
その言葉に愕然とする。
─彼らの故郷が本当に帰れる状態なのか、考えたことがあるのだろうか。
「差別はしないけど、迷惑。」
─そう口にする時点で、無意識の偏見が含まれているように感じたが、
そうではなく生活上の不安だったのだろうか。
そんな状況で、権利を主張し、社交的で、救いの手を差し伸べようとする難民のヤラの言動に心が激しく揺さぶられた。
でも、”強い自分を演じている”と漏らす彼女の本音は、ひどく胸に刺さった。
街の古い大きな美しい教会で、ヤラは言った。
─千年後のシリアはどうなってるか。石を削り、美しい建築物を再び建てるにはどれほどの年月がかかるのか。
─希望は不快なものという人もいるけれど、捨ててしまったら心臓が止まる。
国民ファースト、都会ファースト、自分ファースト。
ファーストから外れた人はどうなるのだろう。
性質も、緊急度も、奪われるものの重さも、決して同じではないことを承知の上で、
敢えて言うなれば…。
対話ができる能力も、想像力も備わっているのに、それを放棄するように、
一方的な法律や条例で、同じイギリス国内の一部の地域の人々を窮地に追い込み、救いの手を差し伸べないことも、
爆弾ひとつで、ボタンひとつで、街を破壊し、命を奪うことも、
正義であるはずがない。
目の前の人も、遠くの人も、知らない人も、
皆喜びも苦しみも感じる人間なんだということを忘れないでほしい。
そんな怒りと、祈りが聞こえた。
⬇️居場所はどこか
⬇️仲間意識が歪めるものもある
