舞台 「最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote」 観劇レビュー 2025/09/15


公演タイトル:「最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote」
劇場:KAAT神奈川芸術劇場 ホール
企画・制作:KAAT神奈川芸術劇場
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:大倉孝二、咲妃みゆ、山西惇、音尾琢真、矢崎広、須賀健太、清水葉月、土屋佑壱、武谷公雄、浅野千鶴、王下貴司、遠山悠介、安井順平、菅原永二、犬山イヌコ、緒川たまき、高橋惠子
演奏:鈴木光介、向島ゆり子、伏見蛍/細井徳太郎、関根真理、関島岳郎
期間:9/14〜10/4(神奈川)、10/12〜10/13(富山)、10/25〜10/26(福岡)、11/1〜11/3(大阪)
上演時間:約3時間45分(途中休憩15分を含む)
作品キーワード:ドン・キホーテ、不条理劇、ナンセンスコメディ、プロジェクションマッピング、生演奏、現実と虚構、舞台美術、笑える
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆
日本を代表する劇作家の一人であるケラリーノ・サンドロヴィッチさん(以下KERAさん)が、KAAT神奈川芸術劇場と2度目のタッグを組んで新作公演を上演するということで観劇。
今作は、2019年に上演された『ドクター・ホフマンのサナトリウム ~カフカ第4の長編~』という公演において、KAAT神奈川芸術劇場とKERAさんの初タッグが実現し好評を博したことを受け、今度はセルバンテスの小説『ドン・キホーテ』をもとにKERAさんが新たな戯曲を書き下ろし上演されることになった。
KERAさんの舞台作品は、「ナイロン100℃」「ケムリ研究室」「KERACROSS」「KERA・MAP」などで9作品観劇したことがあり、今作で10作品目の観劇となる。
尚、セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』に関しては、あらすじは一般教養として知っている程度で小説として読んだことはなかった。
物語は、二人の俳優(安井順平、菅原永二)が、本番中の舞台『ドン・キホーテ』においてドン・キホーテの役者が逃亡してしまって上演が中止になってしまって困っていることを公衆電話越しに誰かに相談を持ちかけているシーンから始まる。
俳優は、『ドン・キホーテ』だと言っているのに『ロビンフッド』だと間違われて何度も訂正している。
ドン・キホーテ役の俳優は余命いくばくもない病気にかかっていることを知らされる、二人の俳優たち。
場面が変わって、逃亡中のドン・キホーテ(大倉孝二)とサンチョ・パンサ(山西惇)は道端で腕の取れた農夫(土屋佑壱)と出会うも、彼を助けることなく死なせてしまう。
一方で、とある病院では看護婦(咲妃みゆ)がドン・キホーテの病状を案じており、公衆電話の俳優たちと連絡を取り合っていた。
しかし、医者(音尾琢真)によってそれを阻止される。
看護婦はドン・キホーテを助けようと病院を後にするが...というもの。
KERAさんの創作する舞台の世界観はいつも豪華で楽しみにしているが、今作も非常に素晴らしい仕上がりになっていた。
KAAT神奈川芸術劇場のホールの巨大なステージの広さを活かした舞台装置になっていて、巨大な回転式の薄い幕が取り付けられたセットを病棟に見立てて表現するのが上手かった。
そして今作は、普段のKERAさんの舞台美術に比べるとかなりスタイリッシュで、昭和レトロや童話のようなファンタジーっぽさは弱く、現代的なようにも中世のスペインのようにも思える不思議な世界観だった。
ステージ手前には薄く半透明のスクリーンがシーンによっては降りてくるようになっていて、そこに投影される映像とプロジェクションマッピングがとてもスタイリッシュだった。
映像で使われるイメージも、かなりゲームの画面のようにも感じられてKERAさんの新たな挑戦のようにも思えた。
そしてなんといっても見どころは、5人の奏者による生演奏である。
チューバやトランペットなどの金管楽器とドラムによって、かなりロックで調子の良い楽曲が響き渡り、ドン・キホーテの英雄っぽさがより際立つような演出になっていたと思った。
そして奏者たちも同じ場所でずっと演奏している訳でもなく、時にはステージ中央に登場してまるで彼らも役者であるかのように演奏を披露していてそれがまた良かった。
ミュージカルとまではいかないが、音楽劇といっても良いくらい特に場面転換には生演奏と歌が効果的に使われていた。
一方で脚本については不条理劇なので深い意味を考察しても仕方がない部分があるかもしれないが、もう少し現代社会と結びついて響くようなものにして欲しかったとも感じた。
『ドン・キホーテ』をベースにしているので、現実と妄想がごっちゃになってしまうという設定は凄く良く活かされているし、歳を取って弱って行けば行くほど幻覚や過去の回想のようなものに囚われてしまう描写が反映されていて頷ける。
しかし、戦争描写が一瞬登場するも最後にあまり回収しきれていないようにも見えるし、もう少し主題と関連があった方が良いのではと感じた。
出演者陣はとても豪華で素晴らしいの一言に尽きる。
ドン・キホーテ役を演じた大倉孝二さんの、大倉さんにしかできないナンセンスなボケ方が炸裂していて観たいものが観られた満足感に浸れた。
そして、看護婦役を演じた元宝塚歌劇団所属の咲妃みゆさんの華麗な歌声がとても印象に残る脚本と演出になっていて、彼女の歌声にうっとりしながら観劇していた。
途中15分の休憩も含めて3時間45分ということで、私自身は第一幕が少し長く感じられたが、大満足のボリュームだったなと思う。
『ドン・キホーテ』を読んでいなくても楽しめるし、むしろ舞台美術と世界観と生演奏と役者のナンセンスな演技だけで十分楽しめてしまうくらい贅沢な舞台作品だと思う。

↓ティザー映像
【鑑賞動機】
KERAさんの作品にハズレはない印象で、どんな芝居も楽しめるので、今作も迷わずチケットを取ることにした。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
ステージ上にカラフルな照明が至る所で点灯しながらブラスバンドの生演奏が始まる。
ピタッと照明と音楽が止まると、ステージ中央の公衆電話ボックスの中で、俳優であるアルビー(安井順平)が誰かと電話している。公衆電話の外には同じく俳優のウォルター(菅原永二)がいる。アルビーはどうやら現在上演中のセルバンテスの小説『ドン・キホーテ』の舞台に出演中だが、主人公のドン・キホーテ役の俳優が逃げ出してしまって困っているようだった。電話越しの相手は、どうやら『ロビンフッド』だと何度も勘違いしているようだが、アルビーは『ドン・キホーテ』だと訂正する。アルビーは電話を切る。
アルビーはウォルターにこう言う。ドン・キホーテ役の俳優は余命いくばくもない病気に侵されているのだと。
再び照明がカラフルに至る所で点灯しながらブラスバンドの生演奏が始まる、それと同時に車の交通量の音が聞こえてくる。
ドン・キホーテ役を演じているヘンリー・クリンクル(大倉孝二)と、サンチョ・パンサ(山西惇)は、二人でそれぞれ馬に乗りながら旅をしていた。周囲には草が生えているだけで何もない。何もないのは恐ろしいとクリンクルは言う。
クリンクルの持っている槍は非常に長い。そこでサンチョは、槍を短くしてあげるために槍の先を折って渡す。するとこれでは短すぎるとクリンクルは怒る。それではとサンチョは今度は、槍の先だけ無い残りの槍を渡す。長さは十分にあるがそもそも槍になっていないとクリンクルは怒る。
そこへ、腕の取れた農夫(土屋佑壱)と農夫の女房(犬山イヌコ)が現れる。農夫の女房は腕から夫が取れてしまったと言う。普通逆では?とサンチョは思う。腕と農夫をくっつけて欲しいと女房に依頼されるので、クリンクルはくっつけようと試みるが失敗し、腕はどんどん冷たくなっていく。そして農夫も冷たくなってしまった。これは農夫は死んでしまったと農夫も女房も捌けていく。
オープニング映像が流れる。ステージ手前に薄い半透明のスクリーンが降りてきて、そこにキャストと登場人物を紹介する映像が流れる。
ステージは病院に移る。看護婦のローズ(咲妃みゆ)が誰かと電話で会話をしている。どうやら相手はアルビーのようである。ローズは逃亡してしまったドン・キホーテ役のヘンリー・クリンクルのことを案じているようである。なぜならクリンクルは、余命いくばくもない病気に侵されているからである。
そこへ医者(音尾琢真)がやってくる。医者はローズが仕切りに電話で誰かと話しているので、その電話を取り上げて切り上げさせる。ローズは大事な電話をしていたのに、勝手に受話器を没収されて医者と口論する。
そこへ、負傷した兵士(須賀健太)と商人の患者(武谷公雄)がやってくる。負傷した兵士は商人の患者を診察してくれと医者に懇願する。しかし医者は、そんな患者をさっさと病院から追い出してしまう。
そこへサンチョが病院へやってくる。ローズは一刻も早くクリンクルを助けないとと思い、頭に冠を被って病院を後にする。
医者はサンチョにクリンクルのレントゲン写真を見せる。体内には色々なものが散らばっている。クリンクルの体内には、癌と宝石が散りばめられていると医者は説明する。
クリンクルは馬に跨って走らせながら歌を歌う。自分はドン・キホーテだと。
クリンクルはバナナを食べている。そこへ、果物屋のピーター(矢崎広)がバナナを万引きしないでくれ、代金を払ってくれとクリンクルに言う。しかしクリンクルはとぼけて払おうとしない。ピーターは、収支が合わないと親に叱られるから払ってくれと何度も懇願する。一口食べたバナナをそのまま返すクリンクルだが、一口齧ったバナナは売り物にならないと言う。お願いだから払ってくれと。
そこへ、5人の女囚(高橋惠子、緒川たまき、清水葉月、浅野千鶴、犬山イヌコ)に手錠をかけて護送している2人の役人(須賀健太、王下貴司)に会う。クリンクルは色々役人や女囚たちと話したのち、二人の役人を襲って武力衝突をする。そして女囚たちは解放される。
そこへローズがやってきてクリンクルを助ける。
一方病院では、医者によってサンチョが何か硬いものに何度も殴りつけられて顔面血だらけになって倒れる。
奏者たちがステージ中央に登場して、しばらく生演奏を楽しむ。照明は紫がかった暗く幻想的な色合いになる。その間にステージ上の舞台セットが色々と動く。
『ドン・キホーテ』の稽古のシーンになる。クリンクルの代役のエドワード(土屋佑壱)がドン・キホーテ役を演じている。しかし全然台詞が覚えられておらず、俳優のドリー(清水葉月)がプロンプターのような役割をになっている。今稽古しているシーンは、まさにドン・キホーテが風車を巨人だと思って誤って突っ込んでしまうシーンである。
稽古は中断する。エドワードがあまりにも台詞を覚えられておらずプロデューサー(犬山イヌコ)やドリー、アルビー、ウォルターたちは失望する。エドワードはこの場を立ち去る。売店の売り子(緒川たまき)がやってくる。
先ほど立ち去ったエドワードはドン・キホーテ役を辞めたいと言っているようである。俳優たちは頭を抱える。ギャラはどうするんだという感じで。プロデューサーもギャラについて考えている。
そこへ、ペドロ(須賀健太)という少年がやってくる。ペドロは赤いボールを持っている。ペドロは、劇場の常連客の少年でドン・キホーテ役をやっていたクリンクルの大ファンなのだと言う。そしてペドロは、以前クリンクルと二人で会ったことがあって、クリンクルにドン・キホーテ役のダメ出しをしたそうである。ウォルターは驚く。
再び売店の売り子がやってくる。ウォルターたちは、ペドロが持っている赤いボールはなんなのかと聞く。すると赤いボールはペドロの元を離れて転がっていく。みんなで赤いボールを追いかける。
ローズは歌う。ステージ上には薄い半透明の幕が下され、そこに星空が表現される。クリンクルに恋焦がれていることを歌う。そしてそれは、クリンクルがローズの父親と瓜二つであることを映像を使って表現する。鼻も口も目も瓜二つなのだと。
ステージは病院になる。サンチョがベッドで休んでいる。そこへクリンクルは薬を持ってきてサンチョに飲ませる。その場には果物屋のピーターも付いてきていた。クリンクルもピーターも、ローズのことが好きだった。二人でローズのことを噂話していると、本物のローズが現れて全て聞かれてしまう。
そこへ医者が歌を歌いながらやってくる。歌詞からして、明らかに医者は毒薬を持っているようだった。クリンクルもローズもピーターも、明らかに医者は怪しいので薬を飲んではいけないと思うが、サンチョはその薬を飲んでしまう。そしてそのままその場に倒れて死んでしまう。
ステージ上手前の半透明の薄いスクリーンが閉まる。アルビーとドリーは二人で夜の道を歩いていた。そこへ探偵(武谷公雄)が現れる。探偵の話だと、アルビーのアパートは火事になったと告げられる。そして火をつけた人も特定出来ているらしい。アルビーは驚いて引き返す。
探偵はその後、公衆電話でアルビーのアパートの大家(音尾琢真)とその妻(緒川たまき)に電話をかける。
ペドロとウォルターは赤いボールを追いかけている。その現場とばったり会ったアルビーとドリーは一緒にみんなで赤いボールを追いかける。スクリーンには西洋風の建物の映像が映し出されて、その建物の中を4人が赤いボールを追いかけて移動しているように見えている。
赤いボールはトンネルのような通路の中へ消えていった。4人もそのトンネルのようなものの中へ入っていく。後を尾行してきた探偵もトンネルの中へ入っていく。さらに竹箒を馬だと勘違いしているクリンクルもトンネルの中に入っていくのだった。
ここで幕間に入る。
生演奏と共に再開すると、そこは広場とバス停がある。果物屋の父親(土屋佑壱)は兵士たちに取り押さえられている。果物屋の父親は、息子を兵士として戦争に行かせないでくれと叫んでいる。息子はひ弱で戦争に行っても役に立たないだろうと言う。しかしそんな果物屋の父親の言うことは聞き入れられず兵士たちによって射殺される。
そこへ、クリンクル、ピーターたちがやってくる。誰か倒れていると近づくとそれがピーターの父親であることに気がつきピーターは号泣する。クリンクルはどうしてそんなに泣いているんだとピーターを揶揄うが、父君だったと聞いて慌てる。
そしてそのままクリンクルはその場で倒れる。
ステージは変わって、ここはクリンクル家の邸宅。クリンクルはソファーの上で眠っている。そこへ、クリンクルの妻(高橋惠子)、クリンクルの長女のダスティー(緒川たまき)、クリンクルの次女のモナ(浅野千鶴)、ダスティーの夫のガロン(山西惇)、クリンクル家の乳母のドミニカ(犬山イヌコ)が様子を見にくる。
クリンクルは目を覚ます。しかし、自分がドン・キホーテだと勘違いして振る舞っているのを見て、周囲のクリンクル家の人間たちはクリンクルを心配する。クリンクルがいきなり剣を振りかざすものなので、これはおもちゃでしょとクリンクル家の人々は呆れて笑ってしまう。
クリンクルはどこかでローズの声がしているのを聞こえる。自分がまるで眠っている時にローズから話しかけられているようである。しかしローズは、トイレに行きたい人と声をかけてきた人を優先して、眠った状態のクリンクルをそのままにしたので悲しむ。
クリンクルは、うわばみに食べられた馬のロシナンテ(王下貴司)と話している。クリンクルはロシナンテをかわいそうに思う、こんなウワバミに食べられてと。でも頭が馬で体が蛇というのも良いなという話をする。そこから、ロシナンテと名付けた理由についての話をクリンクルはする。
ステージは変わって、病院でクリンクルは眠っている。眠りながら一人笑っている。その様子をローズは微笑ましそうに眺めている。楽しそうな夢を見ているようだと。ペドロも眠っている。
そこへアルビーがやってくる。どうやら通路が塞がれてしまったようだと。クリンクルもペドロも目を覚ます。今からお城に乗り込んでお姫様を救い出そうと言ってこの場を後にする。
クリンクル、アルビー、ペドロはお城にやってくる。そしてチャイムを鳴らす。「ピンポン」という音がする。すると、家の人の夫(土屋佑壱)と家の人(清水葉月)が出てくる。クリンクルたちは追い返される。そこへさらに、著名活動をする人が二人(武谷公雄、浅野千鶴)がやってくる。著名活動する人は戦争反対の著名と戦争反対に反対の著名を集めている人たちだった。
クリンクル、アルビー、ペドロは戦闘機に乗り込む。クリンクルが操縦する。しかしクリンクルは飛行機を操縦するのは初めてのようだった。初めてという言葉にアルビーは驚いている。クリンクルはゲーム感覚で爆弾を落としてしまう。街が破壊されてしまいアルビーは怒る。クリンクルとペドロは操縦を交代する。しかし、ペドロだと今まで思っていた人物が実はペドロでないことに気が付く。違う人物に変身する。アルビーは驚くが、クリンクルは操縦室の外へ飛び出して戦闘機の車体の上に乗り、のみのようなもので戦闘機を破壊し墜落させる。
戦闘機は粉砕したが、クリンクルとアルビーとペドロは無事だった。そのまま姫が捕まっている城へと向かう。
城の中、ローズともう一人が囚われている。そこにクリンクルとアルビーが駆けつける。ペドロは三人に分身し、ニセ少年(菅原永二、犬山イヌコ)が現れる。クリンクルはローズを救うはずなのに、誤ってもう一人の縄を解こうとしてしまうが、ローズが助けられて一緒に逃げる。
目の前には橋がかかっている。その上に、橋の番人(山西惇)が立っていた。橋の番人は歌っている。そして橋にやってきたクリンクルたちにクイズを仕掛ける。まずはペドロが端を渡ろうとする、橋の番人は問題を出す。好きな色は?と。青色とペドロは答えると易々と通してくれる。次に、別の人が橋を渡ろうとするが、橋の番人に仕掛けられたクイズが難しすぎて橋から落とされる(アルメニア共和国の首都は?というクイズ)。そして三人目は好きな色は?というクイズで青色と答えてもダメで橋から落とされる。
次にクリンクルの番になる。橋の番人からインドツバメの平均飛行速度は?というクイズが出される。クリンクルは西向きと東向きどちらかと逆質問すると、橋の番人が失格ということで橋から落とされる。クリンクルは橋を渡る。
クリンクルは、鏡の騎士(音尾琢真)と四人の騎士(土屋佑壱、武谷公雄、王下貴司、遠山悠介)に囲まれる。鏡の騎士はクリンクルに対して、お前はドン・キホーテなどではなくクリンクルだ目を覚ませと言われる。戦闘が始まり、クリンクルは鏡の騎士に捕まえられると、鏡を突きつけられて自分がドン・キホーテではなくクリンクルであることをまざまざと突きつける。クリンクルは我に返りそのまま気絶してしまう。
そこへ、ガロン、クリンクルの妻、ダスティーが駆けつける。ようやくクリンクルは我に返るだろうと言う。
場所は、クリンクル家の邸宅。クリンクルは自宅のベッドで眠っている。そして目を覚ます。家族は、クリンクルに自分の名前を言うように促す。すると、ヘンリー・クリンクルと答えて一同は安心する。
そこへローズが入ってくる。ローズはクリンクルに対して、あなたはドン・キホーテだと思い出してと言う。自分の父親にそっくりなのだと。
そしてそのままクリンクルはその場で倒れる。
クリンクルは、死神(矢崎広)に出会う。死神は、今この物語を読んでいる最中だと言う。クリンクルはどこまで読んだと聞くと、死神は薬をサンチョに飲ませる所までだと言う。クリンクルは、その後サンチョは毒薬を飲ませられるとネタバレしてしまう。死神はネタバレするなとクリンクルに叱る。
クリンクルは、お前自身もこの物語に登場するよ、一番最後にねと言う。ここで上演は終了する。
『ドン・キホーテ』という物語自体が、現実と妄想がごっちゃになってしまう主人公の話となっていたが、今作もヘンリー・クリンクルという主人公を通じて現実と妄想が錯乱する脚本構成を上手く不条理劇に落としていて面白かった。
人間年を取ったら幻覚を見るのだろうかとか考えた。自分がこうであったら良かったなという妄想と現実の区別がつかなくなってしまうのは、きっと自分も年を取ったら分かるのかななんて思った。少し主人公の走馬灯のような物語にも見えた。
こんなに訳の分からない物語を描いて面白く見せてしまうKERAさんは素晴らしいなと思う。こういう脚本を書ける人はKERAさん以外にいないのではないかと思う。
ただ、描写に戦争のことを描きたいのであればもう少ししっかりと描いてほしかった。戦時中であるという設定が、私から見たらあまり効果的でないように思えた。もっと物語の主題と戦争を絡めた方が良かったのではと感じた。

【世界観・演出】(※ネタバレあり)
KERAさんの舞台美術は毎度驚かされるが、今作も非常に凝っていて3時間45分満喫できるものになっていた。そして、いつになくKERAさんの舞台美術にしてはスタイリッシュで、割とエモーショナルでレトロな感じは弱く、モダンな印象を受けた。
舞台装置、映像、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置について。
KAAT神奈川芸術劇場のホールは非常に広大なステージになっていて、このステージを全て使い切るほどの舞台セットを仕込むとなると相当巨大な舞台装置を仕込むことになるだろう。そのため、多くの団体が可動式のセットを仕込んで、広大なステージを広々とした空間として使うことが多い印象である。今回のKERAさんの作品も、がっつり密に舞台装置を固定化して仕込んではいなかった。しかし、ステージ中央に多くのシーンで登場した、回転式の巨大なセットは素晴らしかった。空中ブランコのように巨大で円形で回転可能な舞台装置で、その回転部分には所々に幕が下ろされていた。この幕が病院の病室の暖簾のような役割を果たしていて面白かった。
序盤のシーンは、ステージ中央にポツリと公衆電話ボックスだけが仕込まれているセットも斬新で良かった。物寂しく感じるが、だからこそそこに視線は行くし、存在感があった。
医者の病院のシーンは、病人が横になる様のベッドが置かれていた。そこで、サンチョが眠ったり、クリンクルが眠ったりする。
また、クリンクル家の邸宅のセットは、やはり巨大な回転可能な円形のセットを活かして、いかにも高級な邸宅そうなソファーやテーブル椅子がステージ上に置かれた。
それ以外のシーンだと、果物屋のピーターの父親が殺されてしまうシーンでバス停のようなものが置かれていたりした。
いずれにせよ、ステージの素舞台を活かしてパフォーマンスするシーンが多く、セットとして目ぼしいのは回転可能な巨大な円形で幕のかかった装置と公衆電話ボックス、病院のベッド、ソファーなどといった移動できるインテリアによって構成されていた。このような形式の舞台演出は杉原邦生さんは多いが、KERAさんの作品で観られるのは新鮮な感じがした。
次に映像について。
KERAさんの作品の映像演出はいつも素晴らしいのだが、今作の映像は群を抜いて素晴らしいと思ったし、スタイリッシュな部分はKERAさんの新たな挑戦のようにも感じた。
まずオープニング映像が格好良い。キャストと配役が映像で表示されながら、キャストが登場するスタイルはいつもながらだが、凄く映像がスタイリッシュでKERAさんっぽいようでKERAさんぽくない感じが良かった。きっとKAATのホールの感じに合わせた演出なのだろう。私はとても好きだった。
映像演出で一番アッと驚かされたのは、なんといってもプロジェクションマッピングの技術力の高さである。ステージ手前側に薄い半透明のスクリーンがあって、そこに映像は映し出されるのだが、半透明でスクリーンの向こう側の舞台がほとんど透けて見えるので、そこで演技をすることによって映像と合わせて役者は演技をしながら、映像と役者の組み合わせでしか出来ないような見せ方をしていて素晴らしかった。たしか劇団四季『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でもそれに近い演出があったが、もはやこれは劇団四季並みの映像技術を駆使して上演しているということになる。
特に目を引いたプロジェクションマッピングは、スクリーンには西洋風の街並みの映像を映し出して、その背後に橋のようなセットを持ってきて、出演者が西洋風の街並みをダッシュしたり階段を駆け下りたりという映像的なシーンを舞台として見せていたということ。非常に疾走感のあるシーンでとても好きだった。トンネルの通路に赤い球が引き込まれていって、それを追いかけるというのを上手く表現していたと思う。
また、終盤で橋の番人にクイズを出されて、クイズに答えられたら橋を渡れるというシーンがあったが、不正解だった場合に橋に突き落とされる映像演出が滑稽で素晴らしかった。生身の役者はそのまま橋からフェードアウトするのだと思うが、映像で橋から突き飛ばされて、まるでスマブラのようにステージから落ちていく感じを映像で演出してコミカルに見せているのが良かった。
あとは、ペドロ、アルビー、クリンクルで戦闘機に乗り込んで飛行機を操縦するシーンで、スクリーンに映し出される映像がまるでゲームのように飛行機の外からの風景を映し出していて、これは多くの観客が楽しめそうだなと感じた。爆弾を街に落として爆発させる映像がしっかりと役者の動作に合わせて映し出されたり、クリンクルが操縦室を出て飛行機の上に乗って破壊し始めるという映像も映し出していて、役者の息と映像がしっかり合っていて凄かった。どのくらい稽古して作り上げたのか気になった。
あとは、ローズがクリンクルと父親がそっくりだと歌うシーンで、二人の大倉孝二さんの鼻、口、目のドアップが映像で映し出されて面白かった。咲妃みゆさんの美しい歌声のシーンだからこそギャップが面白かった。
次に衣装について。
なんといってもドン・キホーテとサンチョの中世のスペインを想起させる鉄の鎧の衣装が好きだった。セルバンテスの『ドン・キホーテ』の世界観が一番活かされているような気がした。つけ髭や白髪のカツラも似合っていた。
ローズの看護婦の白い衣装もシンプルで素敵だった。この看護婦の衣装もきっと中世スペインの看護婦の衣装をイメージしたものなのだろう。
個人的に好きだったのは、終盤に登場する鏡の騎士と四人の騎士の衣装。あのいかにもな中世の騎士の衣装がとても頑強そうで良かった。鏡の騎士のあの格好と話し方を聞いていると、どこかダースベイダーを思い浮かべてしまった。
ペドロの少年の衣装も可愛らしくて好きだった。昔ドラマで大野智さんがやっていた『怪物くん』を思い出すような衣装だった、ちょっと違うけど。須賀健太さんは、こういう可愛らし少年役似合うよなと思う。
次に舞台照明について。
今作の舞台照明は格好良い演出が沢山あって感動しっぱなしだった。
まず、開演直後の一番最初のシーンから良い。ブラスバンドの生演奏と共に、ステージ上の至る所に照明のスポットが当てられて始まる感じが素敵だった。本当に照明と生演奏の音響の相性が良かった。
そして、ドン・キホーテとサンチョが登場するシーンの背景がオレンジ色に染まって彼らのシルエットが浮き上がるシーンを作る照明も舞台全体が格好良かった。オレンジ色は『ドン・キホーテ』に一番合った配色だと思った。
また、サンチョが医者に殴られて、エドワードがドン・キホーテを演じて稽古しているシーンに切り替わる時に、少し場面転換で時間がかかって、その間奏者たちがステージ中央で演奏をするのだが、そのシーンの舞台照明も本当に格好良かった。紫と黄色のカラフルな照明が良い感じにステージに入っていて素敵な世界観だった。
ローズが一人で、ドン・キホーテと父親が似ていると熱唱するシーンで、スクリーンに星空のような光が輝く演出も素敵だった。あれは映像だったのだろうか、それとも背後から小さな照明を沢山光らせていたのか分からなかったが。
医者のいる病院はちょっと暗めの照明で、クリンクル家の邸宅の照明は高級感あって落ち着きのある温かめの照明になっているのも素敵だった。照明の色合いのセンスが良いと感じた。
あとは、冒頭のオープニング映像のシーンで、ステージ全体に巨大な風車のシルエットが浮かび上がっていたのは凄く格好良くてワクワクさせられた。『ドン・キホーテ』だし風車無しでは『ドン・キホーテ』ではないと思うので、シルエットでも登場して良かった。
次に舞台音響について。音楽劇に近いと言って良いほど、音楽が豊富に使われた舞台演劇だった。
なんといっても今作は、5人の奏者による生演奏だろう。ヴァイオリン、トランペット、チューバ、スネアドラム、ギターの5つの楽器による生演奏が、ステージ上の音楽を盛り上げていた。音楽ももちろんなのだが、効果音としての生演奏の効果も物凄く良かった。例えば冒頭のシーンで、照明と共に「ババババン」と効果音的にスネアドラムやトランペット、チューバがステージ上に響き渡る演奏がとても素敵だった。
そして場面転換時の演奏もとても良かった。奏者がまさかここまでステージの中央にやってきて演奏を披露するとは思っておらず、もはや奏者も役者だという勢いで演奏していたのが良かった。
また、終盤の鏡の騎士と四人の騎士がドン・キホーテ役のクリンクルと戦うシーンで、攻撃すると共に「バババババン」と生演奏が繰り広げられるのも凄く素敵な演出だった。
生演奏以外だと、序盤で効果音として登場した車の交通量の音が耳に残ったし、ペドロ、アルビー、クリンクルがお姫様を助けようとチャイムを押した時の滑稽なチャイムの音が面白かった。
また、クリンクルが現実とドン・キホーテの妄想の世界を行き来するときに、天井からローズの声が聞こえる演出も良かった。ローズの声が音声で聞こえてきて、夢の中に自分がいることを上手く演出していたように思えた。そしてローズが眠っているクリンクルを相手にせずに他の患者さんの面倒を見てしまう様子が音声で伝わるのが良かった。
また、ローズのソロパートや、橋の番人の歌のシーン、クリンクルが歌うドンキホーテの歌など、歌のパートも沢山あって、ミュージカルとまではいかないが、音楽劇といっても良いくらい歌が場面転換時に豊富にあって良かった。これらの楽曲を一から作ったのかと思うとスタッフワーク力凄いなと思う。
最後にその他の演出について。
大倉孝二さん以外、ほぼ全てのキャストが一人二役以上を演じていて、着替えなど大変だっただろうなと思って見ていた。それでもって、この登場人物誰だっけ?とならない脚本構成力が素晴らしい。同じ人が演じていてもちゃんと別人だと分かるのが、KERAさんの脚本力・演出力の凄さだと思う。そして役者の方々の演技も素晴らしかった。
ペドロが持っていた赤い球は何を意味するのか分からなかった。あの赤い球を追いかけたらトンネルの通路にみんな入っていって、クリンクルはただ病気で寝ているだけなのに、自分がドン・キホーテになりきっているだけだと気づくきっかけになる。クリンクルを妄想の世界から現実の世界へいざなう役割を果たしていたのかなと思った。
第二幕序盤で、リアルに音がするピストルのようなものにはびっくりした。KERAさんの舞台は割とリアルに発砲音だけするピストルや銃が登場するので、注意喚起はあっても良いかと感じた。
一部人間でない役を役者が演じているのも今作の醍醐味かなと思った。たとえば、赤い球は動くのでその時の黒子や、ドン・キホーテが乗っているロシナンテという馬を人間が演じていたりと滑稽だった。サンチョが乗っていたロバのルシオも良かった。
また、ロシナンテがうわばみに食べられたシーンも滑稽だった。頭が馬で体が蛇になっているのが面白かった。
ところどころ戦争をイメージするシーンがあったが、そこをあまり深掘らない理由が知りたかった。世間は戦時中ということが登場し、それをあまり活かしていなかったように思えたので気になった。

【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
KERAさんの舞台ではお馴染みの俳優に加え、KERAさんの舞台以外ではよく拝見する舞台俳優も沢山出演されていて豪華で素晴らしかった。本当に皆演技が上手く、歌も上手いなと感じた。
特に印象に残った役者について見ていく。
まずは、ドン・キホーテ(ヘンリー・クリンクル)役を演じた大倉孝二さん。大倉さんの演技は、ハイバイ『て』(2024年12月)、ナイロン100℃『江戸時代の思い出』(2024年6月)、NODA・MAP『兎、波を走る』(2023年7月)、ジョンソン&ジャクソン『どうやらビターソウル』(2022年11月)、『世界は笑う』(2022年8月)、ナイロン100℃『イモンドの勝負』(2021年11月)で演技を拝見したことがある。
現実と虚構が入り混じり、自分がドン・キホーテであると錯覚しているヘンリー・クリンクルを演じているが、非常にハマり役で大倉さんの演技があったからこそ、あそこまでの作品になったのだろうなと思った。
現実と虚構が入り混じるという設定が、とても演劇的でナンセンスなので設定として凄く良いなと思う。こんなに『ドン・キホーテ』は不条理演劇向きなのに、意外にも『ドン・キホーテ』をあまり演劇で活用されていない印象を持ったが、今作でふんだんに原作小説が持つ面白さを引き出していたと思う。それは、大倉さんの主人公としての力量があったからこそだなと思う。
大倉さんはナンセンスコメディが非常に向いている役者で、大倉さんほどドン・キホーテ役に抜擢できる役者はいないのではないかと思いながら観ていた。そして、ずっとドン・キホーテとして生きていたいと思う気持ち自体が、演劇関係者たちとリンクするように思えて、ずっと何歳になっても夢を追いかけていたいという願望が込められているように思えて、非常に等身大の作品に感じた。
大倉さんの、「あ〜ん」「なあ〜」とかちょっと甘ったるい言葉を突発的に発してくる感じや、果物屋のピーターに対して、バナナを盗んだり、父親が殺されたのに呑気でいるボケをかましていてキャラとして面白かった。
あとはなんといっても、ロシナンテがうわばみに喰われたシーンで、ロシナンテにずっと話しかけているシーンが大好きで、あの時の大倉さんの演技が最高だった。
次に、看護婦のローズ役を演じた咲妃みゆさん。咲妃さんは元宝塚歌劇団雪組トップ娘役として有名で、私もお名前は以前から存じ上げていたのだが演技を拝見するのは初めて。
ミュージカル女優というイメージだったので、ここまでストレートプレイの芝居を可憐に演じられるのかと驚いた。本当に凛々しく感じられて気高き看護婦が素晴らしかった。
ローズは、ヘンリー・クリンクルではなくドン・キホーテを愛していた。つまりヘンリー・クリンクルの妄想の世界の自分を愛していた。こういう絶世の美女に愛されるというのも虚構の世界っぽさがあってまた良い設定だなと思う。
また、音尾さんが演じている医者と不仲である点も興味深いなと思う。ずっと医者の元の看護婦として自由が束縛されている感じがあって、そこから早く自由に助けるべき人を助けたいという願望も感じられて良かった。自由の象徴のような存在だった。
そしてさすがミュージカル俳優の咲妃さんは、歌が非常に上手かった。特に印象に残っているのは、ドン・キホーテと自分の父親が瓜二つであることを歌うシーン。ちゃんと咲妃さんのソロパートを作っているKERAさんの脚本構成力は素晴らしいと感じたが、もっと咲妃さんには歌って欲しかったなとも思った。
ラストシーンで、クリンクルはクリンクル家の邸宅でドン・キホーテのことを忘れて我に返ったが、ローズだけは現実世界に登場してドン・キホーテを思い出すように訴える。この描写は意味深だなと思ったしインパクトあるなと思った。私たちに対して、現実の世界に戻ったとしても演劇の虚構の世界を忘れないでねと言われているような気がしたから。
牧師(サンチョ・パンサ)などを演じた山西惇さんも素晴らしかった。山西さんの演技は、ナイロン100℃『江戸時代の思い出』(2024年6月)、『世界は笑う』(2022年8月)で演技を拝見している。
サンチョはドン・キホーテと良いコンビだった。特に冒頭の一緒に馬に乗ってナンセンスな会話をする二人はとても息が合っていて良かった。
サンチョが第一幕で呆気なく死んでしまうのは驚きだった。ドン・キホーテとサンチョのコンビは好きだったので、第二幕でも出てきて欲しかった。
また、山西さんが演じる橋の番人は面白かった。登場シーンの歌も面白かったし、クイズの出し方といい演出といい良いシーンだった。
次に、医者、鏡の騎士役などを演じた音尾琢真さん。音尾さんの演技は、初めて拝見する。
医者のあの威厳があって厳しい感じの演技が印象的だった。ローズと口論をしたり、そして明らかに悪役感があるので、サンチョを殴りつけたり毒薬を持ったりと悪いことばかりする医者で、それが非常にはまり役だった。
また、鏡の騎士も良かった。基本的に鎧を着ているので姿は鎧の中で見えないのだが、ダースベイダーっぽい感じのやはり悪役っぽさがはまっていた。声が好きだった。
凄く良いなと感じたのが、ペドロ役の須賀健太さん。須賀さんは、木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』(2024年9月)で演技を拝見したことがあるが、KERAさんの作品では初めて。
須賀さんは『三人吉三廓初買』で拝見した時も、わんぱくな少年役がハマり役だなと思っていたのだが、今作でも見事ペドロという元気で明るい少年の役がとてもよくハマっていた。
ドン・キホーテに憧れているという設定が良い。きっとドン・キホーテのような無鉄砲で勇敢な人に少年は憧れるのだと思う。それはまるで、演劇というものに魅せられている私たちを映し出す鏡のようにも思う。私たち観客も、演劇を観にくるお客さんである。ペドロもそうである。そういう演劇に夢中になる存在をこういう形で表現してくれたのは良いなと思った。
第二幕の飛行機の操縦シーンで入れ替わったりと大活躍だった。
俳優のアルビー役を演じた「イキウメ」所属の安井順平さんも素晴らしかった。安井さんの演技はいつも「イキウメ」で拝見しているので、KERAさんの作品で演技を観られるのが新鮮だった。
冒頭のシーンから安井さん演じるアルビーが出演していて嬉しく思った。そして、配役順だとそこまで出番が多くないのかなと思っていたが、結構出番があって嬉しかった。
安井さんの声は抑揚があって本当に聞き取りやすくて、それだけで見入ってしまえるのが凄い。今作でもどこか惹かれる魅力がアルビーにはあった。
クリンクルの長女のダスティーや売店の売り子などを演じた緒川たまきさんも素晴らしかった。緒川さんは、ケムリ研究室『ベイジルタウンの女神』(2025年5月)、木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』(2024年9月)、KERA・MAP『しびれ雲』(2022年11月)、『世界は笑う』(2022年8月)で演技を拝見したことがある。
『ベイジルタウンの女神』でのマーガレット役が非常に印象が残っていて、だからこそ緒川さんが登場した途端にすぐに分かった。緒川さんの演じる上品な感じのマダムがとても良かった。そして売り子の役も非常に似合っているなと感じた。そして声も素敵だった。

【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは、セルバンテスの原作小説『ドン・キホーテ』と今作の相違などを踏まえつつ考察していこうと思う。
私自身、今作に触れるまで『ドン・キホーテ』の原作物語を読んだことがなく、主人公の男が自分を騎士道物語の読み過ぎで現実と妄想の区別がつかなくなってしまい、風車を巨人だと勘違いして突っ込んだりするくらいの知識しかなかったが、今作を観劇して原作小説にも触れてみたことで、改めて『ドン・キホーテ』の物語は面白いものなのだなと感じた。
風車を巨人だと思って突っ込んでしまうドン・キホーテのシーンがあまりにも有名なので、今作でもそんなシーンが登場するのかと思ったが、『ドン・キホーテ』の舞台の稽古をするというシーンでその描写が台詞として登場するくらいだった。たしかに風車を巨人だと思って突っ込むシーンを演劇でやろうとすると、それは莫大な舞台装置のコストがかかりそうというのもあるかもしれないが、KERAさん自身がそこを伝えたいのではなくもっと『ドン・キホーテ』の違う箇所の魅力を伝えたかったのかもしれない。
セルバンテスによる原作小説『ドン・キホーテ』の主人公の名前は、本名をアロンソ・キハーノといい、今作のヘンリー・クリンクルとは名前が異なる。しかしどちらもドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャになりきる点については共通している。また、サンチョ・パンサは原作小説にも今作にも登場し、ドン・キホーテの従者として遍歴の旅をする。そしてドン・キホーテが乗る馬のロシナンテも、サンチョが乗るロバのルシオも原作小説にも今作にも同様に登場する。
今作で看護婦のローズとして登場する女性キャラクターは、原作小説でもドゥルシネーア・デル・トボーソとして登場する。この女性は原作小説だと百姓の娘だが、今作では看護婦という設定になっている。咲妃みゆさんがソロパートで熱唱するシーンがあったが、そこでもドゥルシネーア・デル・トボーソと名乗っていたので、原作小説と今作の設定も一致している。
そして、終盤にクリンクルは鏡の騎士によって自分がドン・キホーテではなくヘンリー・クリンクルであることを教えられて我に返るのだが、原作小説でもドン・キホーテが銀月の騎士によって自分がドン・キホーテではないことを騎士との決闘で突きつけられる。ただ、原作小説は一度鏡の騎士が登場してドン・キホーテは決闘に勝利し、再び鏡の騎士が銀月の騎士となって現れてドン・キホーテは敗北し妄想から目が覚める。KERAさんがなぜ、原作小説のように鏡の騎士と銀月の騎士の両方を登場させずに、鏡の騎士によってドン・キホーテが敗北する設定にしたのかは気になるところだし、聞いてみたいところである。
そしてラストもドン・キホーテから我に返って自分の名前を認識した主人公がそのまま死んでいく終わり方になっている。この辺りも、原作小説と今作で共通している。
ただ、原作小説と違って今作だからこそ面白いと思ったのは、『ドン・キホーテ』のドン・キホーテ役をやっている役者のヘンリー・クリンクルがドン・キホーテだと錯覚してしまって遍歴の旅に出てしまうことである。演劇で役になりきることによってドン・キホーテという妄想に取り憑かれてしまうという設定は、どこか演劇にのめり込み過ぎて演劇の世界から出られなくなってしまった、演劇をやっている関係者たち役者のメタファーのように見えてきてならない。
ドン・キホーテになりきる、つまり演劇の世界に入り込みすぎて現実世界が見えなくなってしまうというのは、むしろ役者たちや演劇関係者たち自身の自己批判のようにも思えてくる。演劇という世界に入り込みすぎて、世間ずれをしてしまう、現実を見ようとしなくなってしまう、そんなスタンスを皮肉っているようにも思えてくる。
さらに興味深いのが『最後のドン・キホーテ』の「最後」の意味についてである。これはKERAさん自身が『ドン・キホーテ』を題材に創作するのが最後という意味かもしれないし、リメイクされるのがおそらく最後になるであろうとKERAさんが見据えてそう名付けているのかは分からない。そして、私は「最後」が主人公自身の人生において「最後」なのかなとも想像しながら見ていた。
今作に登場するヘンリー・クリンクルはだいぶ年寄りである。まるで老人が妄想を見るような形でドン・キホーテになりきって遍歴の旅をする。こうやって妄想を見ることができるのも生きているうちは最後であるという意味を込めて『最後のドン・キホーテ』なのかなと思った。
原作小説のアロンソ・キハーノが実際何歳くらいの設定なのかよく分からないが、間違いなく今作のヘンリー・クリンクルは高齢なので、演劇の世界に妄想して没入する感じはKERAさん自身本人を投影しているのかなとさえ思った。
一個疑問が払拭されない点は、今作で度々登場する戦時中の描写である。原作小説の時代背景はよく分からないが、別に戦時中の設定にしなくても物語自体は成り立つと思っている。しかし、果物屋のピーターに徴兵命令が下されて、その父親が徴兵令に反対して兵士によって殺される描写があったり、クリンクル、ペドロ、アルビーで戦闘機に乗って爆撃するシーンがあったりと戦争をイメージさせるものが度々登場する。この真意とはなんなのだろうか。
これは、今世界では特にウクライナや中東などで戦争は起きていて、そんな現実を直視せず日常を生きている私たち日本人こそがドン・キホーテのようにユートピアで暮らしていることを伝えたかったのかもしれない。ドン・キホーテになりきるヘンリー・クリンクルは、遍歴の旅を続けるだけで戦時中である世の中に対して、一切目を向けなかった。これは、むしろ私たち日本人こそがドン・キホーテであるということを伝えたかったのかもしれない。
そのような視点は、KERAさんの作品でいくとKERA CROSS『骨と軽蔑』(2024年3月)が一番上手かったので、その作品よりは今作は劣って見えてしまうのが正直なところだが。
いずれにせよ、今作を観劇してセルバンテスの『ドン・キホーテ』についても触れることができたし、生演奏や舞台美術と共に1万円以下で凄いものを見せてもらった経験は貴重なものだったなと思う。

↓KERAさん作・演出作品
↓KERAさん脚本作品
↓大倉孝二さん過去出演作品
↓山西惇さん過去出演作品
↓矢崎広さん過去出演作品
↓須賀健太さん過去出演作品
↓清水葉月さん過去出演作品
↓土屋佑壱さん過去出演作品
↓武谷公雄さん過去出演作品
↓浅野千鶴さん過去出演作品
↓安井順平さん過去出演作品
↓菅原永二さん過去出演作品
↓犬山イヌコさん過去出演作品
↓緒川たまきさん過去出演作品

