【小説】(第6章)『リセット・オフ:僕を取り戻す7日間』~自分自身をリセットする夏休みの物語~
第6章: 夜の灯と語らい――安心基地と内観の炎
今回は少し趣を変えて、個性のある、どこか懐かしい空気が漂う民宿に泊まることにした。
真は夕闇の迫る山間の小道を歩きながら、焚き火のほのかな明かりに導かれるように、古びた木造の一軒家にたどり着いた。ひっそりとした佇まいのその民宿の軒先には、竹籠に入れられた行灯がゆらゆらと揺れており、その柔らかな灯りが石段を照らしていた。石段には、老夫婦が並んで腰をかけていた。ふたりの影がゆるやかに伸び、焚き火の橙色の光に溶け込んでいる。
熱々の緑茶を手に、老夫婦は静かに語り合っていた。その声は、まるで深い森の奥から聞こえる柔らかなアルトのようで、真の心にじんわりと染み入ってくるようだった。
やがて老婆が口を開いた。
「人はな、安心と安全と安定を求める生きものじゃ。けれど、それだけでは何も変わらん。学びや挑戦のとき、人の意識は“進もう”とするのに、無意識は昔の殻に戻ろうとするんじゃよ。だから面倒くさく感じたり、不安になったりする。それは、ある意味自然な反応なんじゃ」
その言葉に、真は『潜在意識を超える実践ガイド』で読んだ記事の一節を思い出した。
「人はまず安全基地を求めるが、意識の使い方と人間力があればその先へ進める」。
まさに、今その言葉が現実となって目の前に現れているようだった。
焚火がパチンと炭をはじき、火の粉が小さく空に舞った。その光を見つめているうちに、真の内側にも何か小さな火が灯ったような気がした。それは安心と好奇心の交わる場所で、静かに燃え始める“気づき”の炎だった。
老爺がゆっくりと語り始める。
「行動せんことには、何も変わらん。けれど、行動だけでも続かんのじゃ。意識がどこに向いとるかで、未来が決まってくる。意識が未来をつくり、行動が今をつくる──その循環を持つ者が、ほんとうの意味で変わっていけるんじゃよ」
『潜在意識を超える実践ガイド』で語られていた「意識と行動の循環こそが進化を生む」という教えが、いま老爺の言葉として真の耳に直接届いてきた。
焚き火のゆらめきをじっと見つめながら、真はふとつぶやいた。
「まず扉を開くためには、安全という名の小屋から出ることか……」
老婆がふふっと笑い、お茶をすする。
「そうじゃ。無理に飛び出す必要はないが、自分の中に“自家発電する力”を育てていくことが肝要なんじゃよ。人間力と意識の使い方、その二つがあれば、どんなときでも自分を支えられる。自分で灯せる明かりがあれば、夜道も怖くないものじゃ」
その言葉に、真の胸には、ふんわりと布団を掛けられたような温もりが広がっていった。安心とは、誰かから与えられるものではなく、自分の内側に少しずつ育てていけるものなのかもしれない。老夫婦の姿は、まるで“共にいること”の安心を象徴するかのようだった。
やがて、老婆が少し神妙な面持ちで言葉を続けた。
「量子力学で言うところの“観測”ってやつがあるじゃろ。あれはの、観測することで、世界が“粒”として立ち現れるということじゃ。けど本当の鍵は、その“粒”になる前、つまり“波”のままの可能性がまだ揺れている段階に、どんな意識を向けるかなんじゃよ」
焚き火に照らされて揺れる夫婦の影。その揺らぎに呼応するように、真の内側でも微細な感覚の振動が起きていた。何かが動き出す前──粒になる前の“可能性の海”に、どんな意識を投げ込むのか。そこに現実を変えるヒントがあるのだと、直感的に感じた。
真は静かに頭を垂れた。ふっと、外の音が遠のいて、世界が一枚の無音のキャンバスになったような感覚。すべてが止まり、無のような“ゼロ状態”が訪れる。そこに広がるのは、生まれたばかりのような無垢な静寂だった。言葉ではなく、感覚だけが真実として残っている場所。
老婆が最後にゆっくりと囁いた。
「人生はな、何事も両面があるんじゃ。陽と陰、得と損、正と誤。そのすべてを“両方あるもの”として受け止められる人だけが、本当の扉を開けるんじゃよ」
真の身体に、焚き火のぬくもりと語りの余韻がしっかりと染み込んでいく。目を閉じ、胸元にそっと掌を重ねたとき、理屈ではない“感覚としての理解”が全身を駆け抜けた。
「知識ではなく、反応する感覚にこそ、真実は宿る」──そう、身体が語っていた。
夜は静かに更けていき、焚き火の音もやがてくすぶりとなり、語りもそっと途切れていく。
真は民宿の布団に身を横たえながら、その夜、胸にしまい込んだ「意識の炎」をそっと抱きしめた。焚き火と老夫婦の姿が夢の中にも現れ、そこで語られた言葉は、まるで自分自身の奥深くから聞こえてくるようだった。
「自分にとって安全であること。そして、自分を静かに刺激してくれること。その両方を満たす“安心基地”を、自分の内側で育てていくこと。それが、これからの時代を生き抜く“自家発電力”なのかもしれない」
静かな眠りのなかで、問いが灯り続けていた——
「あなたの安心基地は、どこにあるだろうか?」
「意識と行動の両輪を、自分の内側で回しているだろうか?」
「ゼロ状態に立ち返り、自分自身の選択をできているだろうか?」
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