「感情を感じること」は、自己信頼の第一歩
僕が心理学や臨床を学んでいて、何度も突きつけられた事実があります。
それは、
人は、不安や恐怖、落ち込みなどのネガティブな感情を感じたとき、まず「これをどうにかして消さなきゃ」と思ってしまうものだ
ということ。
もちろん、その気持ちはよくわかります。
だって、不安や怖さって、できるだけ早くなくしたいものですから。
でも、ここでひとつ大事な問いがあります。
心理療法の現場でよく言われることがあります。
それは、
感情は「感じるため」に存在している
ということです。
例えば、不安や恐怖は、生き物としての「危険回避システム」。
怒りは、自分の領域を守るための「境界線のサイン」。
悲しみは、喪失を受け止めるための「癒やしのプロセス」。
つまり、それぞれの感情にはちゃんと役割があるんです。
■ 感情を無視すると、どうなるのか
「怖い」「しんどい」「不安だ」という感情を押し込めると、
確かにその場では“感じなくなった”ように思えます。
でも実際には、その感情はどこかに残り続けています。
心の奥に沈んだまま、いつか何かの拍子に噴き出してくる。
例えるなら、
冷蔵庫の奥にしまった食べ残しのようなものです。
すぐには腐らなくても、時間が経つほどに匂いや毒素が強くなる。
そして忘れたころに、「なんだこれ……」とショックを受けることになる
ここで誤解しないでほしいのは、
感じること=苦しみに浸かること、ではないということです。
感じるとは、
「ああ、僕は今、不安なんだな」
「怖いと思ってるんだな」
「落ち込んでるんだな」
と、ただ自分の状態を言葉にして確認すること。
これは、心理学でいうところの「メタ認知」にも近い行為です。
メタ認知とは、感情や思考を評価せずに俯瞰し、「ああ、こうなっているんだな」と気づく力。
この力を育てると、感情に振り回されにくくなります。
感情を消す必要もなくなる。
ただ「ある」と認めるだけで、心は少し落ち着くものです。
感情は、僕たちを苦しめるために存在しているわけではありません。
本当は、僕たちを守るために、いつもそばにいてくれる存在です。
問題は、その声を無視したり、消そうとしたりすることで、かえって大きな苦しみに変わってしまうこと。
感情は消すものではなく、
「感じるためにある」という話をしました。
でも、こう思った方もいるかもしれません。
「感じたって何も変わらない」
「ただ辛いだけじゃないか」
実は僕も、昔はそう思っていました。
でも臨床の世界や自分自身の経験を通して、少しずつわかってきたことがあります。
例えば、友達が落ち込んでいたとき、あなたはどんなふうに声をかけるでしょうか。
「そんなの気にするなよ」
「早く元気出せよ」
そう言われたら、友達はどんな気持ちになるでしょう。
きっと、「ああ、この人には話さないほうがいいな」と思うでしょう。
逆に、
「そっか、そんなに辛かったんだね」
「今は元気出ないよね」
そう言われたら、ほっとするはずです。
同じことが、自分自身にも言えるんです。
ネガティブな感情が湧いてきたときに、
「こんな感情、なくさなきゃ」
「ダメだ、こんなの感じてちゃ」
と蓋をするのは、
友達に「気にするな」と突き放すのと同じ。
一方で、
「そっか、今すごく怖いんだね」
「不安なんだよね」
と優しく声をかけてあげることは、
自分に寄り添う行為です。
■ トラウマと感情の抑圧
トラウマを抱えている人は、
自分の感情を感じることがとても怖くなっています。
なぜなら、過去に「感じること」でひどく傷ついたから。
怖いと感じたのに、無視された
悲しいと泣いたのに、怒られた
嬉しいと喜んだら、笑われた
こうした経験が続くと、「感情を感じると危険だ」という学習が無意識に刷り込まれます。
感情を感じないようにすることは、その場を生き延びるための大切な防衛反応でした。
でも、大人になった今も同じように抑圧し続けると、感情と一緒に「自分自身」も感じられなくなっていきます。
そして、だんだんこう思うようになります。
「僕は何を感じているかわからない」
「何が好きで、何が嫌いかもわからない」
「生きてる実感がない」
不安でも、怖くても、落ち込んでも、
その感情をただ認めることは、
「僕は確かに、ここにいる」という実感を取り戻す行為です。
心理学では、これをグラウンディング(grounding)と呼ぶことがあります。
グラウンディングとは、不安定になった心を“今ここ”に戻す技法ですが、
難しいことをしなくても、
「今、不安なんだな」
「怖いと思ってるんだな」
と、ただ自分に声をかけるだけでも、心は少し地に足がつきます。
感じることは、辛いかもしれません。
でも、感じることでしか得られないものがあります。
それは、「僕は僕を見捨てない」という感覚です。
誰かに守られる前に、まずは自分が自分を守る。
その小さな積み重ねが、やがて大きな安心感と自己信頼になっていくのだと、僕は思います。
感情は消すものではなく感じるもの
感じることが、自己信頼と安心感につながる
という話をしましたが、
「それができたら苦労しない」
「感じたくても、どう感じたらいいかわからない」
とも思われるかもしれません。
お伝えしたいのは、
感情を感じられないことを「ダメだ」と責めないでほしい、ということです。
感情を感じないようにしてきたのは、あなたが弱いからでも、冷たいからでもなく、「それが最善の生き延び方だったから」です。
では、どうすればいいのでしょうか。
僕が臨床や自分自身の経験で感じたのは、「いきなり大きな感情に向き合わなくていい」ということです。
たとえば、
お茶を飲んだとき、「あったかいな」と思う
外に出たとき、「今日は風が冷たいな」と感じる
好きなキャラクターを見て、「あ、かわいい」と思う
こういう日常の中の微細な感覚を、「あ、今感じたな」と意識する。
これも立派な“感情を感じる練習”です。
感情を感じることと同じくらい大切なのが、自己否定のループを断ち切ることです。
自己否定のループとは、
感じることができない
そんな自分を責める
責められて苦しくなる
さらに感じられなくなる
という終わらないサイクル。
これを止める最初の一歩は、
「今の自分には、感じられない理由がちゃんとある」と認めることです。
■ 「許されない存在」ではなく、「許していなかった」だけ
トラウマ治療や自己受容の過程でよく出てくる言葉があります。
「自分はもともと許されない存在だったわけじゃない。
ただ、自分自身が僕を許していなかっただけなんだ。」
これは、頭で理解するだけでは足りない言葉です。
実際には、抑圧してきた感情に触れて、その痛みや怖さを感じ切ったときに、自然とわかってくる感覚です。
感じられなくてもいい。感じることが怖くてもいい。
「今の自分は、感じられないくらい頑張って生きてきたんだ」
そうやって、今ここにいる自分を許すこと。
それが、感情を取り戻すための土台になります。
■感情と共に「生きている実感」を取り戻す
感情を感じることは、時に苦しいことでもあります。
でも同時に、それは
「僕は生きている」「ここにいる」
という確かな感覚を取り戻すプロセスでもあります。
誰かに守られる前に、まずは自分が自分を守る。
そのために必要なのは、ネガティブな感情を排除することではなく、「そう感じているんだね」と、ただ認めてあげること。
それができるようになると、人生の景色が少しずつ変わっていきます。
