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働かずに昼下がりスタバでぼんやり

 最近よく行くスタバが、家の近くに三ヶ所ほどある。どこも駅前ではなく、住宅街の中や商業モールの一角だったりするから、客層もそれぞれ微妙に違う。

今日はモール内のスタバに来ていて、妻の買い物を待ちながらテーブル席でエッセイを書いている。周りを見渡すと、買い物ついでに小休憩を取る人や、クロスワードに没頭している女性、勉強に励む学生などが混じっていて、なんだか不思議な光景だ。僕のように昼下がりに一人でスマホでダラダラ時間を潰してる男性は全くいない。

 スタバに行くだけで、帰宅時にはどっと疲れていることに気づく。移動だけで往復40~50分かかるからだろう。もっと体調が安定していれば「こんなの大したことない」と思うのかもしれないけれど、僕の身体は突然悪くなったりするムラが激しい。

さっきまで「今日は安定してるな」と思っていても、急に左ヒザがガクッと折れて転倒しかける。妻が腕をぐっと支えてくれて、「大丈夫?」と目を向けるのが日常だ。突然の悪化というより、自分の体調がおかしいことを自覚しないままでいたり、注意を払っていなかっただけなんだろうけれど、これがデフォルトだと受け入れるしかない。

 そういえば、サイドFIRE生活は3年近く続いていて、あと2ヶ月もすれば4年目に入る。初年度は「このまま何もしないで暮らすとか、どうなんだ?」という焦りもあったけれど、いまでは割と当たり前になった。朝起きたらぼんやりして、そのままお昼を食べたら15時、気づけば17時に犬の散歩で外に出る頃合い。

そこで「今日は何もしてないなぁ」と思い、もし暇すぎて辛くなったらスタバか小説かゲームに逃げる。働かないと言えば聞こえが悪いけれど、無理して体調が崩れるとロクな判断ができないし、むしろ「やらないほうがいい」という選択は僕にとって正解だ。AIとオンラインアシスタントさんがいてくれるおかげで、最低限の仕事は回るから余計に暇が加速している気もする。

 こうやってのんびり昼を潰していると、「本当にこれでいいのかな」とちょっと疑問に思う瞬間もある。とはいえ、最初に25歳の時にはじめて起業したときは一度明らかに準備不足で失敗して、毎日どこか不安に苛まれていた。

その頃は「来年どころか来月、今月のお金が足りない」と焦燥感に包まれ、誤魔化すためにひたすら手を動かすしかなかった。結局、結果は出ずに蟻地獄にハマったような気分で過ごしていたのだから、今こうして暇を選べるようになっただけでも進歩と言えるのかもしれない。

 人は、暇と孤独に耐えられないとよく言われる。けれど僕は「体が体やからしゃあない」と開き直るスタイルを選んでいる。社会から見ると「怠惰だ」「働かないのはもったいない」と言われるかもしれないが、一度地獄のような焦燥感を味わったあとだからこそ、これが自分の身体や精神に合っているとは思ってる。

朝から晩まで予定を詰め込むと、あっという間に体調が悪化するし、不安ばかり増えてしまう。それに1日中棍詰めて働けば、7〜10日は反動で働けない。だったら最初から仕事を用意しすぎないほうが、僕にはちょうどいい。

 それでもときどき、スタバに来るくらいの外出をするのは気分転換のため。自宅でじっとしていると「あれ、今日も何もしてないな」とか「体は大丈夫かな」といらないことを考えがちだし、犬の散歩だけでは刺激が少ない。

だからちょっと疲れても、スタバに来てコーヒーを飲みながらエッセイをしたためる。周囲には勉強を頑張る学生や、友人とおしゃべりを楽しむ人、クロスワードに集中する女性がいて、「みんな違う時間を過ごしているんだな」と安心する。

 きっと、また体調が急に崩れる日もあるだろう。だけど、そのときはスタバに来ず家でのんびり過ごすだけだ。サイドFIREというと格好いいが、要するに必要最低限しか仕事せず、生きる分の稼ぎがあればそれでいいと思っている。それがいまの自分にはちょうどいいのだ。


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