20代は青い鳥を追いかけるピーターパン・シンドロームだった(地獄)
最近、振り返ってみると、昔メガネ屋さんに勤めていた頃の自分は、かなり無理をしてたなと思う。
出勤の朝に突然動けなくなって、時間になっても布団から起き上がれない。
適当な理由をつけて遅刻しては、バイク通勤だけはそこそこ楽しいけれど、いざ店に着いたらほとんどやる気が出ない。
ずっとそれを続けていたら、「こんなんで何か変わるわけない」と気持ちがどんどん暗くなっていった。
そのうちメンタルも崩れて、精神内科に行ったら“適応障害”だと言われた。
会社にそれを提示したら休ませてくれるかというと、むしろ揉めてさらに体調を崩すだけな気がして、結局何もしなかった。
そうこうしているうちに「もういいや」と思って、一年で辞めた。
実はそのまま副業でやっていた個人輸入転売で独立を試みたが失敗して、フリーターになったときは、さすがに親にも心配されまくった。
さらに実家に戻る羽目になったら、家族の当たりはキツくて居心地が悪いし、そもそも会社にもいたくないし、どこにも居場所がない感じが最悪だった。
ただまだ、「会社に依存せず、自分で生計を立てたい」という憧れだけは妙に強くて、後に再就職しても「ここじゃない」と感じる場面が増えていた気がする。
それでも仕事には行かないといけないから、仕事帰りは毎日のように一人でカフェに籠もっていた。
疲れた体でタリーズへ寄って、ボーッとして余力があればこの先どうするか考える。どうやったらこんな負のループから抜けられるのか、本気で悶々としていた。
あのときの僕は、今思えば「そんな難しく考えることあったかな?」と不思議なくらい、自分の殻に閉じこもってたと思う。
プライドが高かったのか、あるいは自信がなかったのか。社会不適合ということだけはよくわかっていた。
転機になったのは、トレーナーに転職したことだ。
正直、面接に行くときは「バイトでもいいから働ければ」くらいの気持ちだったのに、なぜか正社員で採用されて、そこからがとんとん拍子に進んだ。
個性を大事にしてくれる社風とか、個人の業績が評価されるシステムが合っていたのか、急に水を得た魚みたいになった。
それまでの暗い気分が嘘みたいで、自分でも「こんなに違うものか」と驚いたのを覚えている。
そう考えると、一時期は「親にも会社にも見放されている」と感じていたし、実家に戻るたびにギスギスして居心地が悪かった。感情を無にしていた。生活に疲れてしまっていた。
でも今は、あのメガネ屋時代の自分やフリーター生活、何度も仕事を辞めたあの過程が、不思議と必要だった気もする。
あの時期を通っていなかったら、たぶん今のような、ひとり社長でSNSとAIを使い倒して働くことで“しっくりくる感覚”を味わえなかったんじゃないかな、と。多分。
まあ、こう書くとキレイにまとめすぎかもしれない。正直、なくてもいい過去だ。ただ、当時の暗い季節を思い出すと、「何とかなるもんやな」というちょっとした安堵はある。いや、そう思わないとやっていけないくらい、当時はしんどかった。
社会人の最初の数年間は、ほんとにピーターパン・シンドロームみたいな、青い鳥を追っかけるような状態でバタバタしていた。
けど、振り返ってみればその分、色んな場所や仕事を経験できて、転職の苦しさや実家の嫌な空気も含めて、今の自分には必要な寄り道だったのかもしれない、と思うしかない。
だから「いま悶々としている人がいたら、ちょっとは状況変わるかもよ」と言えるかもしれないし、言えないかもしれない。
けれど、当時の僕がどうやって抜け出したかと言えば、結局は“試しに行ってみた面接で思わぬ正社員採用”とか、半分は運だった。
でもまあ、その運を掴むために動いたのも事実で、思い返すと「動いてよかったな」とだけは確かに思う。
勢いでもダメで、考えすぎてもダメで、理想だけでもダメで。
自分の「こうありたい」を叶えることは、まるで地雷を踏まずに突き進む戦場みたいだ。
けれど、地雷を踏まなければいい、とさえわかってきた今は、少しだけ未来に希望みたいなものが見えてきた気がする。
たぶんね。
12/29追記:不思議なこともあるもんです。
20代は青い鳥症候群だった僕がツイッターに行き着いて今があると思うと世にも奇妙な物語(?)みたいだな。
— なぁさん|しょぼい起業家 (@nst_nakata) December 28, 2024
若い頃の話はこちらでも書いてます。
