【連載小説】優しい人々(9)
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あらすじ
印刷会社で働く須原浩樹は、パワハラが横行する職場で上司に盾突き、クビになった。守るべきものを探しに、辿り着いた場所は、北海道の山間の雑貨屋。そこで出逢った人々は、みんな心にわだかまりを抱えて生きていた。父親を嫌いだった雪さん、借金や彼女の死を背負いながら、明るく生きる、ひださん。自分を好きになれずに、20も上の男性と暮らしている麻衣。浩樹は彼らと話すことで癒やされ、彼らもまた浩樹の存在に癒やされていった。ひょんなことから、彼らと映画に出演する話が持ち上がり、物語はクライマックスへ。浩樹は、彼らは、それぞれに「守るべきもの」を見つけることができたのだろうか。
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第九話(全13話)
●三園雪子
まったく十二回も遅刻しておいて、どういう神経しているのかしら。と思ってはみたものの、日高さんがいなかったら、あの店はとっくにつぶれていたのかもしれない。おおげさではなく、切実にそう思う。日高さんは、私のお店の木の間で寝ていた、いちばん最初の人だ。まったく同じようなことをするひとがまた現れるとは思ってもいなかったけれど、須原くんを見つけたとき、また何かが起こるんじゃないかと私はわくわくした。そして日高さんが、遅刻を帳消しにするくらい、商品を売ることが上手だったことのように、須原くんも、パソコンの使い手で私の仕事を楽にしてくれた。
そして、それだけじゃない、日高さんも須原くんも「なにか」を持っている。そのなにかは、私の中になくなりかけたときにあらわれる 「大事なもの」だ。
「あぁ、雪さん、お出かけですか」
車に乗る前に、コーヒーを買いに行った。 麻衣ちゃんは相変わらずほっぺを赤くさせている。私がもう少し若くて、さらに男であったなら、好きになるんじゃないかと妄想する。男でなくても、かもしれない。今の私なら、いとこや姪っ子という感じだなと妄想し直す。
「好きですね、 コーヒー」
「うん、微糖がね」
「そうだ、さっきの男のひとも、微糖が好きだと言ってました」
「さっきのって、うちの店にいる彼?」
「はい」
「でも、微糖は一つしか買ってこなかったけど」
「雪さんがブラック飲むのかなって思ってました」
変だね、と言い残して、私はコンビニを出た。もしかして私が最初にブラックを渡したから、次もブラックを買ってきたんじゃないだろうか。彼が言った「なんでもします」という言葉の中には、そういう私への気遣いも含まれているんじゃないだろうか。考えすぎかな、と車に戻って、微糖のコーヒーを一口飲む。かすかな甘さが広がっていった。
車を走らせると、しばらくして、ちいさな渋滞につかまった。渋滞? 都会であるような大渋滞ではないけれど、ここで渋滞があったことは過去にない。おかしいな、と思う。前の車がハザードランプを点灯させて、運転席から降りてきた。白髪のおじいさんだ。その前も動く様子がないので、私も運転席から降りた。
「事故みたいですな」とおじいさんが言って続ける。
「映画の撮影の途中で事故に遇ったらしい」
おじいさんの耳にはイヤフォンが装着されている。
「ラジオでも速報流れてるおるぞ」
私はスマホを取り出してみる。ネットニュース番組でも、その速報は流れた。北海道K市の山間部において映画撮影のため移動していたロケバスが、スリップで横転。乗っていた主演俳優陣はケガをしている模様。重傷ではない、ということ。
「助かったみたいですな。 よかった」
おじいさんはしきりに私に話しかける。
「えぇ、よかったです」
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。とりあえず車に戻らなければ。「今のところスタッフ含め、 命に別状はないようです」 そう締めて、速報は終わり画面を閉じた。まだ雪の残る道は、 ところどころアイスバーンになっている。今は絶体絶命ではないが、一息入れるように、心で言葉を口にする。「クロ」と。
●須原浩樹
「すみません!」
コンビニのドアを乱暴にあけて、どかどかと入ってきたのは、俺と同じくらいの年に見える男だった。その男が呼んでいるのは、俺なのか麻衣さんなのかわからず、ふたりで顔を見合わせた。麻衣さんの赤いほっぺたがさらに赤くなっていると、俺は気が付く。
「いや、おふたりとも!」
先に俺が返事をした。
「なんでしょう?」
「率直に言います、 映画に出てください」
またまた顔を見合わせる。男は続ける。
「申し遅れましたが、僕は助監督をやっている片平といいます。こちらで映画の撮影をしているのですが、先ほど、主演のふたりが事故に遭いました。幸い無事でしたが、ふたりは骨を折りました。少し頭も打ってるようなので、早急な検査が必要で、すぐに病院に向かわせました。撮影クルーはこちらで待機していたので、事故は避けられました。ふたりを撮影に参加させるのは、今日は無理です。 ですが最後のシーン、湖上の桟橋でふたりを夕焼けが包む、というところをどうしても撮りたい、と。そこで今、ダメもとで背恰好が似ている人を探していたのです。エキストラの方でもよいのです が、これといった人が見当たらず。今、たまたまここを通りかかって、あなた方がふさわしい、と僕は判断しました」
彼はセリフのように、その言葉を一字一句間違わずに素早く言った。これだけ饒舌なら、この助監督が出ればいいのに。そうだ、麻衣さんはどうか知らないが、俺は演技などまるでできない。
「演技に関しては問題ありません」
心を悟られたのか、彼は続けざまに言った。
「少し引きの画の、後ろ姿だけですから。ただ桟橋で自然に夕焼けを見てくれていればいいので」
「えっと……」俺がためらっている途中で、麻衣さんが「わかりました」と 静かに言った。
「やるの?」
「だって、困ってるみたいだし、夕焼けの時間てすぐ終わっちゃうでしょう? やるしかないんですよ、きっと」
●笹本麻衣
まさかわたしの口から「やるしかない」なんていう言葉が出るとは! 実は、言ってしまってからちょっと焦っている。けれどさっき彼がわたしに殺虫剤のおすすめを聞いてきたときあたりから、わたしの調子はどうもおかしい。いや、今までがおかしかったのかもしれない。ぎゅっと締めすぎて動かなかった「普通の心」が、やっと息をし始めたような気がする。
「ありがとうございます! ただ、これが使われるかはわかりません。撮るだけ撮っておきたいんです。今日の夕焼けは、二度とないチャンスなので。 わがままですが、お願いします」
助監督さんはわたしたちに丁寧にお礼を言った。今日じゃなくても夕焼けは明日もやってくると思う。二度とない夕焼けなんてない。そう思うわたしのとなりで、まだ名前も聞いていない彼は言った。
「確かに二度とない、 夕焼けかも」
「そうかな」
わたしは首をかしげる。
「そのまえに、これ、ひださんに渡してくるから」
まだ名前の聞いていない彼はそう言って、一足先に雪さんのお店のほうに戻っていった。
つづく
第十話↓
