【連載小説】優しい人々(8)

前話
あらすじ

印刷会社で働く須原浩樹すはらひろきは、パワハラが横行する職場で上司に盾突き、クビになった。守るべきものを探しに、辿り着いた場所は、北海道の山間の雑貨屋。そこで出逢った人々は、みんな心にわだかまりを抱えて生きていた。父親を嫌いだった雪さん、借金や彼女の死を背負いながら、明るく生きる、ひださん。自分を好きになれずに、20も上の男性と暮らしている麻衣。浩樹は彼らと話すことで癒やされ、彼らもまた浩樹の存在に癒やされていった。ひょんなことから、彼らと映画に出演する話が持ち上がり、物語はクライマックスへ。浩樹は、彼らは、それぞれに「守るべきもの」を見つけることができたのだろうか。

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第八話(全13話)
●笹本麻衣【SASAMOTO Mai】


みぃちゃん、元気ですか?
わたしは、元気だよ。
そういえば、カナちゃんが結婚して、
子どもも産んだって聞いたよ。
わたしたちまだ大人になって、
一年くらいしか経ってないよね?
なんだか、カナちゃんが遥かカナタに行ってしまったようで、(あ、「カナちゃん」と「カナタ」はダジャレじゃないよ)
あたしゃ、ちょっとびっくりしているさ。

きっとカナちゃんはもう、
大人五年生くらいになっているだろう。
わたしたちもさ、
いつかそんな日が来るのかな。
そんなの全然想像できないよ。
あ 、なんか落ちてる感じに見える?
そんなことないよ。
ホテルの仕事は楽しいし、
いい先輩もたくさんいるし、
そうそう、この前は、
ホテルで結婚式があったんだよ!
わたし結婚しなくてもいいから、
ウエディングドレスは着てみたいなー。
みぃちゃんは、彼氏とうまくいってる?
ときどき、ケンカしたーって連絡が来るから、心配してるよ。
次の日には仲直りしちゃうのが、
みぃちゃんたちのいいところだけどね笑
わたしの心配を返しておくれよ爆

それじゃぁ、また手紙書くね。 
たまにはそっちの会にも参加するね。
バイバイ!

麻衣

また嘘を書いてしまったなあ、とおでんを突きながら、わたしは思っている。地元町の高校からこの山間のホテルに就職したのは本当だけれど、ホテルは一年足らずで辞めてしまった。そこで知り合った二十も上の先輩ホテルマンと、なし崩し的に付き合うようになり、彼の部屋でわたしは暮らしている。何もしないのは居心地が悪いので、ホテルの近くのコンビニでアルバイトをしている。彼と結婚しようと思わないし、子どもが欲しいとも思わない。この前なんて、彼があまりに体を求めてくるから、衝動的に頭突きをしてやった。前歯が折れたと泣きそうになっていたけど、それは差し歯だってわかったから、知らないふりでふて寝した。彼はめそめそとソファで寝てたけど、知らんぷり。男の人ってよくわからない。でもたぶんみるみるうちにわたしは若くなくなっていって、誰からも祝福されなかったらと思うと、胸が痛い。結婚しているカナちゃんや、ちゃんと恋愛している、みぃちゃんと比べると、わたしの世界はひどく暗い。そんなことを手紙に書くなんて、みっともなさすぎるじゃん。つーか、だめじゃん、わたし。

みぃちゃんのことをわたしは親友だと思っている。でも、彼女が私を友達にしてくれたわけをわたしは今もわからない。小さくて可愛らしい顔、曲がったことが嫌いなまっすぐな性格、何事にも前向きに取り組む姿勢、勉強も運動もできるし、人付き合いが苦手な様子もない。わたしはまるで正反対。たいして可愛い顔でもないし、すぐに流されてしまう。何をするのもめんどくさいし、勉強は普通だ と思うけど、運動なんてまるでダメ。人付き合いもうまくいかなくて、いつも落ち込んでばかりいる。彼女とは雲泥の差。いつか合コンをしたときは、自分を際立たせるための存在なのかもしれないと思うこともあった。そんなことを考える自分が、とてもとてもきらいだ。いつか彼女と夜ごはんを食べ ていたとき、わたしはみぃちゃんに言った。

「ねぇ、みぃちゃんて、ほんとに可愛い顔してるね」

彼女はおどけたポーズをとって、「褒めてもおごってあげないからねー」と笑った。そんなところも好きだとわたしは思った。

「いいなー、わたしもみぃちゃんみたいになれたらなぁ」

わたしの言葉に、彼女は腕組をして「うーん」とうなって、それから言った。

「麻衣ちゃんは、自分が思ってるより全然繊細でもダメでもないよ。ほんとはすごく強い。私よりも」

わたしはそれに驚いて「うそだー」と返した。

「うそじゃないよ。だから友達なんだし。私、自分と似た人とはあんまり友達になれないんだよね。だけどね、麻衣ちゃんとはちょっと似ててちょっと違うから、なんだか安心するんだよね。私、麻衣ちゃんにちょっと憧れてるとこもあるのかも」

自分より劣ってるわたしを見てやっぱりちょっと優越感を感じてるんじゃないの? という悪魔のような心も消え去りはしない。憧れてるのは、わたしの方だ。それでもやっぱり悪魔の心より、心地いい空気が流れる。その可愛い顔にドキッとするもの。え? わたしって、そういう気があるの? 違う、違うはず。違くなくてもいいけどさ。そんないろんな感情を言葉にできなくて、ごはんをかけこむふりをして、そしてありえない感じでむせた。

「だいじょぶ? ありえないしょ、そのむせかた」

彼女はわたしの背中を叩いてくれた。水を思いっきり飲んで流し込むと、わたしはやっと落ち着いた。なんだかわからない涙が出ている。

「あー、苦しかったぁ!」

そう言ったあと、おかしくなってバカみたいに笑った。彼女もそれにつられた。

「あのー、他のお客様の迷惑になりますので、お静かに……」

店員に怒られて、わたしたちは「すみません」と首をすくめた。そしてヒソヒソとまた、笑った。あのとき、彼女と友達になってよかったと、わたしは心から思ったのだ。なんだかわからないけれど、あんな感じでむせても背中をさすってもらえる安心感というか、そんなふうにされたこと、なかったから。親にも。

彼女にはあたたかいものが流れている。きっと、あたたかい家庭で育って、そして温かい家庭を築いていくに違いない。それはわたしが手にできないものだ。わたしが手にできなくても、みぃちゃんが手にできれば、わたしは幸せを知ることができる。そんなことまで思って、みぃちゃんにはなんでも話してきたというのに、離れてしまってからは、どんどんとダメなわたしになっていく。そのことを話せなくなっていった。思えば、みぃちゃんと笑っているとき以外、わたしの心が動いているときはない。しかたなく彼氏に抱かれるときでも、何も感じない。早く終わればいいのに。他人の部屋に居候しておいて、わたしはそんなふうに思っている。 やっぱり、全然ダメじゃん、わたし。

「あ」

ドアが開いて、チャイムが鳴った。 また来た、とわたしは気付く。今朝、コーヒーを買いに来た男の人。その前は、雪さんのお店の木の間で寝てた人。いったいこの人はなんなんだろう。名前も知らないその人を目で追っていると、目が合った。ふいにわたしは目をそらす。接客業をしているというのに、人と目を合わすことが苦手なのだ。しかも今は、わたしが彼を目で追っていた。そのことを気 付かれたら、恥ずかしくてたまらない。目が合った彼は、そのままわたしのほうに近づいてくる。その足元をわたしは見ていた。

「殺虫剤ありますか?」

そう言われて「はい」と答える。

「どこ?」

「えっと、あちらに」

彼はわたしが手を向けた方に歩いて、 しゃがみこんだ。

「あのー」と聞こえるけど、死角になって姿が見えない。

「はい!」と少し大きな声を出してみる。

「来てもらえます?」と彼が言う。

「え?」

聞き直しているのではなく、自分が挙動不審になっているのを感じる。彼はそれが聞こえなかったのか、声をかけてこない。わたしは、彼のいるほうに向かう。

「あ、なんか、くっさい虫を退治したいんですけど、どれがいちばん効きます?」

くっさい虫? カメムシのことだろうか。

「カメムシとかですか?」

「カメムシって、丸かった?」

「丸くはなかった気がします」

「じゃぁ、なんだろう」

「麻衣さん、でしたっけ?」

「え?」

突然名前を呼ばれてまた、驚く。

「お名前」

「はい、そうですが……」

よくわからず、答える。

「麻衣さんの、おすすめでいいです」

おすすめ? ホテルのお土産や観光スポットや、コンビニのおでんのおすすめを聞かれたことはあったけれど、殺虫剤のおすすめを聞かれたのは初めてだ。

「殺虫剤の?」

確認してみる。彼は「うん」と真顔で答えた。わたしは、じわじわとこみ上げてくる笑いをこらえることができなくなった。幸い店内には、わたしと彼だけしかいない。だけどもし誰かいたとしても、きっと同じように笑い転げたんだと思う。いつ以来だっけ、と考えてみる。みぃちゃんとごはんにいったときかな。でも違う、こんなふうに笑い転げたわけじゃなかった。

「じゃぁ、これです」

一通り笑い終えると、わたしは一本の殺虫剤を、彼にすすめた。

「じゃぁ、これで」

そう言われてまた笑いたくなる。そのときだ、慌てた足取りの男が、乱暴にドアを開けたのは。


つづく


第九話↓


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