綺麗事って、なんですか?
世の中には、
意図や計画もなく、
ただ夢のような話を語る人も、
確かにいると思う。
それでも私は、
「綺麗事」という言葉が
あまり好きではない。
だって、
可能性を閉じる言葉だと感じるから。
「綺麗事だよね」と言われると、
一瞬、思考が止まる、こころが止まる。
やろうとしていたこと。
考えていたこと。
大切にしていた感覚。
それらが一気に、
そこで終わり、のような感覚を覚えるんです。
それは、本当に「綺麗事」なのか?
綺麗事で片付けようとする人。
一蹴する人。
その言葉の奥にあるのは、
「できない理由」ではなく、
「やらない理由」なのかもしれない。
行動すること。
試すこと。
失敗すること。
続けること。
そういったプロセスを引き受けたくない。
あるいは、最初から諦めているように、
私には感じるんです。
もしくは、
誰かの覚悟や行動の重さを、
知らなかったり、感じ取れなかったりするのかもしれない。
一方で、夢のようなことを語る人もいます。
現実的じゃないように見えるその言葉も、
ただ「方法を知らないだけ」かもしれない。
どうやったらいいのか。
何から始めればいいのか。
それがわからないまま、
イメージだけが先にある状態。
あるいは、
行動のスイッチが入るタイミングが、
少しズレているだけかもしれない。
人は、
ほんの小さなきっかけで動き出すことがあります。
たった一言の声かけで、
見えていなかった道が見えたり、
ふとした瞬間に、
「やってみようかな」と思えたり、
「よしっ」と動きだしたり。
今はまだ動いていなくても、
それは「無理」なのではなく、
「まだその時じゃない」だけかもしれない。
夢物語と呼ばれるものが、
現実に引き寄せられる瞬間は、
いつ、どこで起こるかわからない。
だからこそ。
誰かの言葉で、
自分の可能性にフタをしなくていい。
そして、自分自身もまた、
「綺麗事」という言葉で、
自分の中にある芽を摘まなくていいし、
摘んでほしくないと思う。
もしも今、あなたが
「やりたいことがあるのに動けない」
「いいなと思うけど現実的じゃない気がする」
そう感じているなら。
それは本当に“綺麗事”だから止まっているのか、
それとも、
誰かの言葉や過去の経験で止まっているのか。
一度、立ち止まって見てみてほしい。
あなたの中にあるそれは、
ただの綺麗事で終わるものなのか。
それとも、
これから形になっていく途中のものなのか。
その答えを決めるのは、
誰かの一言ではなく、
思い込みの一言でもなく、
「これからどうするか?」という、
あなたの選択だと思うから。
綺麗事vol.2、vol.3はこちらから
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