GATEKEEPER第1話

あらすじ
1940年、突如として現れた十二の門から溢れ出た真っ黒な怪物は人々を襲い戦争を中断させ、人類と怪物との戦いが始まった。門から出てきた怪物―死灰の能力を得て戦う人間を門番と言うようになった。
20XX年新人門番の前場ゼンは第七基地の東雲隊として大規模な任務に当たる。しかし突如として現れた白い個体が東京湾海上に十三個目の門を出現させ、戦いは終結するも部隊は壊滅。
17年後旧東京湾海上に建設された人工都市エリア13の外側で清掃バイトをしていた五獅レトは喋る猫に会うも死灰に追われ重傷を負うも猫に右腕を食われ能力を得た彼は、ゼンに拾われ伝斐カナタと死神憑き春雪ニカとチームを組み門番として戦う事になる。

※補足説明
死神憑き 白い個体―通称死神の力を得た門番。通常の門番より特異的な力を得ており、その数は少ない。

※結末
ニューヨークにある第一ノ門での戦闘でカナタが死亡し、2年後レトとニカは新たなチームで門の向こう側へ行く。そして門は人類を見放し絶滅させるため神が設置した地獄の門であり、今まで倒してきた死灰は冥界に彷徨う亡くなった人間の魂が神によって改造され人を滅ぼすための道具として使われてきた事、さらに死神は人を滅ぼす事に同意した神々だった事を知る。
そして17年前、門の向こう側に消えた東雲ユーゴと会いレトに力を授けたのは彼との出会いで人類を生かそうと考えた天使だった。彼らは地獄で人類を滅ぼさんとする神を抑え込んでいたのだった。神と人との戦いは佳境へ。しかしレトが死灰化し、ニカが命と引き換えに彼を救う。一人になったレトはゼンと残された門番と共に十三ノ門から人類を滅ぼさんとする神と対峙、そして門の向こう側に飛び内側から門を閉めようとする。その時死んだニカとカナタが地獄落ちをして共に門を閉め、三人で神と対峙し戦う。
十三ノ門が閉まってから一ヶ月、ゼンは残された世界でまだ残る被害と向き合いながら生きていた。レトたちは残り十二ノ門を内側から閉めるべく三人で肩を組み合いながら戦いを続ける。そう遠くない未来にゼンもやって来るだろう。
いつしかそれはおとぎ話となり、地獄の門を閉め、神々から人類を守る者たちの事をこう呼んだらしい。門番ゲートキーパー、と。


1940年第二次世界大戦中、それは突如として現れた。

初めにニューヨーク、ロンドン、世界各地に高さ約三百、幅百五十メートルの両開きの扉が十二個、空から降って来た。重い音を立て開いた扉から溢れ出したのは、空さえ埋め尽くすほどの真っ黒な異形の怪物たち。

怪物は人間を襲い殺し、絶望は世界中を包み込み戦争どころではなくなる。怪物の対処に追われ、やがて争いは人と人ではなく、人と怪物との戦いに変わっていった。

1950年、国連会議が開かれ、扉をゲート、怪物を死灰キニスと名付けられた。そして、死灰の血肉を食らい特殊な能力を得た者たちが現れる。門から現れる死灰を倒す役目を担った彼らはこう呼ばれるようになった。


門番ゲートキーパーと。



20XX年4月15日新宿
第七ノ門防衛基地

真っ黒な服装の門番がロビーを埋め尽くすほど集まっている。彼らの視線の先にあるのは大きなモニター。画面が変わり眉間に皺を寄せた五十代の男性が映ると、騒がしかった空間は静まり返った。

『選ばれし者たちよ、顔を上げよ!』

モニターの中で声を張り上げたのは第七ノ門基地総帥、九条ダンゲンだった。

『本日付けで第七基地に六十四名の門番が配属された。いずれも門番養成学校を卒業した精鋭たちである!まずは彼らの勇気を称えよう!』

ダンゲンの演説を壁に寄りかかりながら聞く金髪の青年、前場ゼンは汚れ一つない黒をまとい怠そうにモニターを見上げている。

『現在、第七ノ門周辺はバリケードに囲まれており、被害を最小限に抑える事に成功したが、それも幾千の死灰により劣化が進んでいる』

『事態を受け、我々は新たにバリケードを設置する事を決定した。しかし、これは非常に困難であり、第七ノ門防衛基地が発足されてから片手で数えられるほどの難易度を持つ大型作戦となるだろう。よって、第七基地所属門番八百十六名でこの作戦を遂行する事を決定した!』

ざわつき始める周囲に、ダンゲンの咳払いが響き渡る。

『私は信じている。選ばれし者たちが必ずや生きて帰って来る事を。顔を上げよ!その特別な力で取り世界を救うのだ!』

歓声が響き渡りモニターが消えたのを確認してからゼンは鼻で笑う。

「アホくさ」

「初出勤なのにその態度の悪さは、養成学校万年主席の余裕かね」

灰色の髪を持つがっしりとした身体つきの男、一等門番東雲ユーゴは嫌がるゼンの肩を組む。

「所属見に行かなあかんので失礼します」

「成績トップのお前が行き着く先がどこかくらい分かるだろ」

呆れ溜息を吐いた矢先、遠くから数名の男女がやって来る。一足先にやってきた顔の整った男女はゼンに駆け寄った。

「ゼン、ここにいたの」

髪を高い位置でまとめた女性と涙ぼくろが印象的な男性――二等門番春雪はるせキッカと、一等門番ニレン夫妻はユーゴからゼンを引きはがすと背後から眼鏡をかけた背の高い男性とピンク色の派手なスニーカーが印象的な女性が顔を出す。

「さて、お前が配属されるのは当然うちの隊だ」

東雲隊は戦闘能力が高いのは勿論、高いチームワークと攻守のバランスが取れた部隊であり、ここ第七基地のトップ戦闘部隊でもある。隊長のユーゴを始め、副隊長のニレン、彼らの右腕として動くキッカ。

「こっちの眼鏡が陽波セキ二等門番。槍を使った戦闘を得意とする」

「よろしく」

「雨瀬クツナ三等門番。風を扱う能力でサポートも得意」

「よろしくねぇ」

「最後にお前を含む六名が東雲隊となる」

ユーゴはタブレットを取り出し作戦の説明を始めた。

「ご存じの通り俺たちは第七基地トップ部隊だ。無論行くのはここ――第一線での戦闘」

全員が真剣な眼差しでタブレットを見つめる。ユーゴは画面を変え時間表を出し、詳しい説明は頼むとニレンに投げた。

「と言っても、連戦はあまりに無謀だからローテーション制で各隊アタック時間が決まっている。一度の戦闘は三時間。それ以上は死亡率が上がるから時間が経ったらすぐ撤退。これをバリケードが張られるまで続ける」

「門は数時間に一回しか開かない。ただその一回でどれほどの死灰が現れるのかは分からない。もし強い死灰が大量に現れ続ける場合、維持は困難を極める」

そして、タブレットの画面を暗くした。

「僕らが行うのは、時間内での死灰の排除、出来れば制圧。そして、それが叶わなかった場合でも三時間経ったら必ず外に出る」

ユーゴはゼンに問いかける。

「ヘビーな初陣だが、覚悟は出来てるか?」

ゼンはふっと笑い腰に下げた二丁拳銃に触れた。

「当ったり前」

「よし!東雲隊、今日もー?」

ユーゴの号令に全員、目の前に拳を突き出し合わせ声を張り上げた。

「「「欠ける事無く生きて帰る!」」」




荒廃した道路の亀裂をうまく避けて運転をするニレンに、助手席で悠々としているユーゴは欠伸をする。後部座席にはセキ、キッカ、膝を抱え座るクツナ。そしてクツナの足元に身を縮め座るゼンがいた。

「って、何でオレがここやねん!」

「五人乗りなんだから仕方ねぇだろ」

「八人乗りとかあったやろ!」

「甘いねぇゼンくん、これが東雲隊の洗礼だよ」

ゼンの髪をいじるクツナに眼鏡をかけ直すセキ。

「安心しろ、俺が入った時も同じ事をされた」

「パワハラ!」

ゼンを見て苦笑いするキッカは口を開く。

「ちゃんと理由があるんだよ」

嘆くゼンをつついていたクツナが、そういえばと口を開く。

「養成学校で卒業までトップの成績をキープ出来る子なんていないから、どんな子かと思ってたけど、春雪夫妻が面倒見てたって聞いて納得しちゃったなあ」

ゼンの脳裏には今でも六年前の情景がこびりついている。積み重なった死灰の亡骸、荒廃した新宿の片隅でユーゴと春雪夫妻が手を伸ばしたあの日の事だ。

「本当は養成学校の寮に入れるはずだったんだけどキッカがうちで面倒見るって聞かなくて、まあ家族が増えるのもありかなと思って一緒に住む事になったんだ。だから、僕もキッカも弟とか息子みたいな感覚かな。ね?」

「そうね、それに本当の意味でお兄ちゃんになったわけだし」

「産後二ヶ月なのによく復帰されましたね」

ゼンの頭を撫でながら微笑むキッカは、目を伏せる。

「門番は万年人不足だし、何よりゼンの初陣にいなくちゃと思って」

「気持ちは分かるが無理すんなよ、ここで死にでもしたら赤ん坊残して逝く事になる、」

ふと何かに気づいたユーゴに、ゼン以外が武器を構えた。

「は」

瞬間、窓が割れセキとクツナが飛び出す。ゼンの頭を押さえたキッカが透明なバリアを張り、ハンドルを切った車は横に滑る。割れた窓から死灰の叫び声が聞こえ、僅かに顔を上げたゼンの視界に入ったのは、いつの間にか大剣を振りかざし死灰を倒すユーゴの姿。剣先が当たると炎が出て死灰を燃やす。その炎をクツナが風で広げ、炎の壁から逃げ出した死灰をセキの槍がとどめを刺した。

僅か数十秒の出来事。けれどゼンは反応出来なかった。窓の外、死灰を倒し終えた彼らの背後に穴だらけのバリケードが見える。

運転席でベルトを外したニレンはゼンを見て、キッカは頭から手を離し車から降りる。

「言っただろ、意味があるって」

先に出たニレンにぼーっとしていたゼンは両頬を叩き気合いを入れ直す。車から降り、そびえ立つバリケードの隙間から飛んで行く真っ黒な死灰を見て二丁拳銃を手にした。

「行くで、初陣」



「ゼン、前出過ぎるなよ!」

「分ーっとります!!」

 両腰に下げていた銃を手に構える。右手に握る金糸雀色の線が入った銃で死灰に向かっていくユーゴを撃ち抜く。彼の肩が一度黒く光り、瞬間速度を上げる。ユーゴは襲い来る死灰よりもずっと速い動きで死灰を切る。鳥型の死灰は灰となり消えた。

「ゼン!」

セキの声にゼンは左手に握る青緑の線が入った銃で大型の死灰を撃ち抜く。瞬間、死灰は爆発して粉々になった。

バリケード内部は地獄の様相を化していた。死灰の断末魔と門番の怒号が飛び交い、大型が攻撃を飛ばすとバリケードが崩れ地面が揺れる。

「キリがないですよぉー!」

バリケード内部に入ってから一時間ほど、死灰の数は一向に減らず、門番は徐々に数が減っていく。

「頭下げろ!」

頭を下げた瞬間、頭上を死灰の爪が掠めた。身体を反転させながら撃ち抜いたニレンの身体から氷の柱が飛び出し死灰を凍らせた。

「大丈夫か」

「……大丈夫っす」

上がった息を整えるゼンの肩を軽く叩くニレンは氷で出来た剣を構えながらも口を開く。

「右手の銃で撃ち抜いた物を一時的にスピードを上げる。左手の銃には自身の血液や媒体を入れる事でさらに効果を高め死灰に撃ち抜くと奴らの細胞は急激な変化に耐え切れず爆発して霧散。いい能力だよ」

「褒めとる場合ちゃうでしょ」

「こんな状況だからこそだよ」

前方には大剣を振り回すユーゴ、地面に手を当てたキッカが衝撃波を出し、跳ね上がった死灰をセキが仕留め、風の刃が切り裂く。

「ちゃんとついてこい」

「……っはい!」

バリケードの隙間を凍らせたニレンは走り出す。後に続いたゼンは混乱する戦場を駆け抜けた。背後に飛んできた死灰を撃ち落とすと、イヤダと叫びながら起き上がりこちらに飛んで来ようとしてきたのでその身体を蹴り飛ばした。ピキッと音を立て身体は灰になっていく。

「あれ……」

 キッカの声が耳に届き振り返ると、彼女は何故か前を見たまま立ち尽くしていた。

「何、あれ」

「は?」

上空を見るキッカに合わせ同じように顔を上げる。すると門の隙間から、何かが出てきた。ソレは真っ白で。人の形に天使の羽を有していた。女の身体で顔は羽で覆い尽くされ見えない。

「何だあれ」

ソレが息を吸った瞬間、ゼンの全身に悪寒が走る。

(あれは駄目だ)

無意識のうちにキッカの腕を引く。

 瞬間、信じられないほどの衝撃音が背後から響いた。

 爆風が上がり目を閉じたままキッカの上に覆い被さる。何が起きているか分からなかったが、この手を離したら駄目だと身体が叫んでいた。舞い上がる砂埃に咳き込むと下から声が上がる。

「ゼン!」

「大丈夫っすか!?」

「うん、私は平気」

 僅かに開いた視界の中、真っ暗な砂埃が立ち込め周囲が見えずゼンは声を張り上げる。

「ユーゴさん!ニレンさん!!」

 砂埃の中二人の名前を叫ぶ。近くに死灰の気配は感じられず、返って来たのはニレンの声。

「無事か!?」

「無事っすキッカさんもおります!」

「こっちは大丈夫だ!!おい、セキ!クツナ!!聞こえるか!?」

ユーゴの声が聞こえるも返事はない。一足先に立ち上がったキッカの手を借り立ち上がると砂埃が止んだ。

「…は?」

「ゼン?どうし―」

 一歩先、直線状の大きなクレーターが広がっていた。

「何なんこれ」

バリケードが縦に一閃、ぽっかりと穴が空き、背後の道路にまで亀裂が走り灰は宙に舞っている。

「死灰の亡骸……?」

バリケード内部にいた死灰が全て、灰と化していた。そしてある事に気づく。先程までゼンたちが立っていたクレーターの場所に。

誰がいた?

「……セキさん?クツナさん?」

ちぎれた黒い布が空に舞った。それは間違いなく、門番の制服だった。

「まさか、」

いつの間に来たのだろう。ニレンとユーゴが目の前に現れる。

「……セキの槍だ」

クレーターと化した地面の端、僅かな欠片を拾ったユーゴはそれを握り締めた。

「あれは、クツナの、」

クレーターの向こう側、打ち上げられたかのように片足が落ちていた。ピンク色のスニーカーを履いた足首が逆方向に曲がっている。

クツナのスニーカーだった。

「嘘やろ」

衝撃の光景に瞬きすら忘れ片足を見つめた。足はやがて灰となり消えていく。スニーカーだけがその場に残った。一瞬で奪われた命に、呆然とする事しか出来ずにいた四人を再び、叫び声が襲う。

「!!」

「っうるせぇな!!」

「あれを!!」

鼓膜が破れそうなほどの音圧に耳を塞ぐ。ニレンが指を差した先、ソレはいた。真っ白な、天使のような姿のそれは羽を何度か羽ばたかせたのち、飛び去った。

「っ車出せニレン!」

「了解、キッカ!」

「分かってる、基地に連絡する!」

車の元に走り出した二人に、ユーゴとソレの後を追う。

「あれ何なん!?」

「知らん!……いや」

背後から足音が止む。振り返るとユーゴが立ち止まっていた。

「はよ追わんと!」

「まさか……」

「二人とも、乗って!」

車が横に止まり、滑るように後部座席に乗り込んだ。助手席に座るキッカが無線を、アクセルを踏むニレンは車の隙間を縫っていく。

「こちら春雪!バリケードを突破したアンノウンの追跡中!」

『こちらでも確認取れてます現在ヘリが追跡中!』

「急ぎアンノウン特定を!東雲隊はこのまま追跡します!」

『了解!東雲隊六名は―』

「四名だ」

口を閉じていたユーゴが顔を上げた。

「陽波セキ、雨瀬クツナは先程の攻撃により殉職」

『了解です。他に生き残りは?』

「分からん。だが現在門周辺に死灰はいない」

『了解。アンノウンの情報が入り次第また繋げます。東雲隊はそのまま追跡を』

「了解」

無線が切られ車体が揺れる。ゼンはアシストグリップを握り締める。猛スピードで後を追う車内は緊迫感で溢れ返っていた。

「……1958年ニューヨークに現れた死灰は、真っ白な人型だった」

「白って……」

さっきの―。キッカは窓の外に視線を向けた。かろうじで視界に入るソレは羽ばたいている。

「頭が隼だったそうだ。白い個体は、ニューヨークの街並みを眺めたのち門の中に消えた」

「門の、中に……」

ゼンはまだ先程の光景が頭から離れなかった。一瞬にして奪われた二人の命。この世界で仲間の死を見るのは日常茶飯事のはずなのに、あまりにも無常すぎる最後に吐き気がした。

「以来、各国の門で数秒から数分の目撃情報が相次いでいる。だが、実害が出たのは今回が初めてだ。……俺的には、奴らは何かしらの目的を持ってこちらに来ている。他の死灰たちとは違って。理性を持っているようにも思える」

無線が鳴り視線が奪われる。

『報告、アンノウンは横浜方面に向かっています!横浜に急行をお願いします!え、総帥?』

ハンドルが大きく高速道路のゲートへ突っ込む。

『東雲隊聞こえるか?』

無線から聞こえたのはダンゲンの声だった。

『応援を寄こす、お前らだけで突っ込むな』

「どういう事ですか?」

『横浜の海上で何かが逆巻いている』

「逆巻いている……!?」

『何かは分からん。ただ白い人型がそこに向かっているというのなら、よからぬ事態になる事は間違いない』

「応援を待てって……今どれだけ門番がいると――」

『先の戦闘の生き残り十人にも満たぬ。協会に連絡し各国の一等門番へ要請を急いでいる』

「それじゃあ間に合わないだろ!」

『他の配置にいた門番も向かわせている。お前らだけで突っ込むな自殺行為だ』

分かったな。それだけ言い残して無線は切れた。

「海上が……」

「……行かないと分かんねぇよ」

拳を握り締めたユーゴを横目にグリップを握る。戦闘開始から一時間半が経過していた。

「いた!」

窓を開け体を乗り出すユーゴと共に頭を出す。ベイブリッジを背に、ソレは宙に浮いていた。

「ニレン!直行だ!」

スピードを上げた車が対向車の間を縫う。ベイブリッジに近づくにつれ車の数は減っていく。ふと、窓の中からソレが宙に両手を翳しているのが見えた。

「何しとる……」

それはまるで祈りを捧げているようだった。神に、祝福を乞うような。

「何だ!?」

「見て、海が!」

海が、逆巻いている。ソレの腕が上がっていくのに合わせ激しさを増していく。海水が上空に昇り、揺れは激しさを増し建物が崩れ落ちる様が映った。

「急げ!」

車はベイブリッジに向かっていく。その時海の中から、何かが出てくる。

「……嘘、やろ」

それは門だった。宙に浮き、空に蓋をするような形で東京湾の中心部に止まる。

「なん、なんあれ」

大きさは巨大だが、他の門よりも小さく、また他の門は地面に対し垂直に建っているが、この門は地面と平行に建っていた。

「新しい門だとでも、言うのかよ」

乾いた笑いがユーゴから零れた。ギィッと扉の開く音が聞こえ、門がゆっくり開いていく。

「これは……」

開け放たれた門の中から黒い手が無数に伸び出てきた。

「死灰だ!!」

大量の死灰が門から溢れ出した。死灰は海に落ち、ベイブリッジへ跳び、街へ飛んで行く。真っ青な空が、黒に染まる。

「まじか……!」

上空に昇った海水が全て門の中に吸われていく。ブリッジを海水が飲み込む。止まる事を知らず車は進めなくなり、一瞬で様変わりした景色はまるで地獄のようだった。

「海が…干上がった……」

見渡す限り広がっていた青が消えた。座礁する船、打ち上げられた無数の魚、ゴミ、ひび割れた地面が姿を現している。

東京湾が無くなった。

「冗談やろ……」

余りの衝撃に固まってしまった三人にユーゴが声を上げる。

「ニレン!アクセル踏め!!」

「っああ!」

逃げ惑う人々、崩壊する建物、干上がった海。怪物の叫びと阿鼻叫喚が耳をつんざく。ベイブリッジ前、立ち往生した車にぶつかり止まった。急いで外に出て銃を構えたゼンは空に飛ぶ無数の死灰を撃ち落としていく。

「あんなん、どうやって…」

「俺がやる!」

「ユーゴさん!?」

車の上でユーゴは大剣を構える。

「消し、」

そこに炎が灯った。

「飛べ!!!」

放たれた炎の一閃は上空を飛んでいた怪物を燃やした。大きく穴が空き、空の青が覗く。しかし、死灰はすぐに徒党を組み束となってこちらに落ちてくる。

「全員固まって!」

キッカの声に四人、背を合わせる。彼女は空に両手をかざした。襲い来る黒の束に彼女の両手から乳白色のドームが現れる。四人を包み込んだ瞬間、死灰たちはドームに当たりに来た。

「うっ!」

ドーム越しに響く衝撃に立つ事が精一杯だった。両手から放たれたドームに当たった死灰は灰と化していく。しかし、ドームはどんどん狭まっている。

「キッカ!!」

ニレンが彼女の両手を掴み、ドームを内側から凍らせていく。一瞬にして吐く息が白くなり寒気が走った。

「まだだ……まだ!!」

「お願いもって!!」

二人の両手に、亀裂が走った。

「ニレンさん!キッカさん!!」

両手から走ったヒビは二人の頬まで届き、彼らの身体が死灰のように灰になってしまうと危惧したゼンは手を伸ばすもドームが割れ、二人の身体が膝から崩れ落ちる。

「ニレン、キッカ!!」

上空を覆っていた死灰は消え、青空が戻っている。しかし、二人の身体はヒビだらけだ。

「あかん、こんなん!」

「……ゼン、落ち着いて。まだ生きてる」

「立て、まだ終わってない!」

視線の先、開かれた門の前で背を向けていたソレはこちらを見た。目など分からぬのに、こちらを見たと気づく。そして、顔を歪めた。

「逃げろ!」

ユーゴの言葉に足が動いたのは直感で恐れを感じ取ったからだろう。ソレは叫びこちらに突進してこようとした。とにかく前へ、足を動かしたゼンの背後から叫びが近づいてくる。

「やらせるか!」

ユーゴの大剣から放たれた炎がソレに当たる。ソレは動きを止め両手で顔を掻きむしりながら焼けた羽をばたつかせた。

「離れろゼン!」

逃げる事しか出来ないゼンを庇うように、ユーゴは背後で炎を飛ばす。ソレは飛びながら炎を避ける。橋の至る所に炎が飛び、ベイブリッジが燃え盛っていく。後ろを振り返り銃を構える。逃げたままでたまるか。ゼンは唇を噛み締めるも、速過ぎて照準が定まらない。ならばと、自身の身体の速度を上げ車を台に跳ぶ。

「そこや!」

命中した銃弾はソレの頬を掠めた。着地前、ソレは首を百八十度回転させこちらに口を開ける。

(まずい!)

咄嗟に守った身体を音圧が襲う。

「ゼン!」

鈍い音と共に身体が吹き飛ぶ。横転した車に背をぶつけ倒れ込む。銃が地面に転がった。

「は、」

息が、出来ない。

背骨が圧迫され身体中に悲鳴が上がる。心臓が苦しい。腕に力が入らない。ゼンの左腕はあらぬ方向へ曲がり、右の親指と人差し指はぐちゃぐちゃになっていた。

「オワリ……ヒトハオワリ……」

(死ぬのか)

ゼンの頭に浮かんだのは終わり。初陣で仲間が死に、親代わりの二人はもう助からない。

「キエル、ゼンブ、キエル」

(終わりや)

惨めな生活を送っていた。あの日、死灰に囲まれても逃げなかったのは死にたかったから。生きる理由もなく死んで悲しむ人間もいない。けれど運よく彼らに助けられた。ニレンとキッカは優しく面倒を見てくれて、時に怒り愛を与えてくれた。時折ユーゴが稽古をつけてくれて、恩を返したくて門番になった。妹のような娘のような小さな命に触れた時、この子が傷つかない世界を、一人にならない人生を自分が作らなければならないと思った。

そんなどうしようもない人生が走馬灯のように駆け巡り、ゼンはソレを睨みつける。

「まだ、やろっ!」

「こっちだ!」

炎が、ソレの身体を弾き飛ばし一瞬の隙を狙ってユーゴが駆け寄って来る。

「ゼン、よく聞け。俺は今からあれを門の中に戻す」

「は、」

視線の先、燃え盛るソレは炎に苦しんで身動きすら出来ずにいる。

「どうやって、」

「俺の剣で貫いてそのまま門の中に飛び込む」

「飛ぶって、あの距離は無理や!」

「キッカ聞こえるか?」

『……飛ばせばいい?』

「ああ、頼む」

『出来る限り高く跳んで』

「了解」

無線から聞こえたキッカの声に息を呑むもユーゴは仕方ねぇなと呟き笑う。

「俺は、俺たちはヒーローだ」

「例えどんな絶望が目の前に立ち塞がっても、俺たちだけは向かい討たないといけない」

ソレが一際高い叫び声を上げた。ユーゴは剣を構える。

「お前は絶対生きて帰ろよ」

「何言うて、」

「未来を守るのは俺たちじゃない――お前だゼン」

ゼンは息を呑む。あまりにも真っ直ぐソレを見て言い切ったユーゴは叫びを上げ突っ込んでくるソレに大声を上げる。

「ぶっ殺す!!」

ソレはユーゴの攻撃を避けたが、彼は炎を飛ばし羽を燃やす。地面に崩れ落ちそうになったソレを剣で宙に飛ばし腹を突き刺した。真っ白な血が噴き出す。ソレは剣を掴んだユーゴの両手を掴み手から亀裂が走る。

「ユーゴさん!」

ユーゴは足に力を入れ一歩ずつ門に近づくがヒビ割れた彼の指が欠けていく。

「あと、ちょっと!」

ブリッジの端、横転した車の横。そこで足が動かなくなるもユーゴは諦めなかった。

「俺たちは門から世界を護る者――門番なんだよ!!」

一歩、彼が足に力を入れた。

怒号が響き渡り足が跳ぼうとした瞬間、ユーゴの片足が崩れ、ソレはケタケタと笑い声を上げる。

「くそっ」

橋の瓦礫が崩れて地面を揺らしゼンの身体が倒れ、炎をまとった切れた鉄線が身体の左側に飛ぶ。

「っ!」

左半身が燃え出せずもがいた視界の先、銃が映った。右腕で必死に這い、銃に手を伸ばし中指がそれを捉える。金糸雀色の線が入った銃に転がっていたのは、運命だったとしかいえない。

燃え盛る身体を必死に起こして車に背を預け、右頬で銃を押さえ照準を合わせ中指を引き金にかけた。

ユーゴの目が大きく見開かれる。ゼンの瞳から零れた涙に、ユーゴは情けない顔で笑った。

「頼んだ」

ガソリンが漏れ燃え盛る車を撃ち抜いた。車は能力で時間が速まり一瞬で爆発する。爆風で、ユーゴの身体が宙へ吹き飛んだ。その身体を強い風がさらに遠くへ飛ばす。キッカの能力だ。ユーゴの身体はソレを貫いたまま門へ飛び途端、開け放たれていた門は勢いよく閉まった。

銃が滑り落ち、力を失った身体は燃え盛る火の海で横たわる。

(真っ赤や)

地獄のような情景に目を閉じる。初陣で死ぬ。門番にはよくある最後。ゼンの意識はそこで途切れた。

ヒビだらけの身体を支え合い、男の手は宙へ高く掲げられた。浮かぶのは金髪の青年。女は男の手に自身の手を重ね青年の身体は崩れゆくベイブリッジから遠ざかる。干上がった東京湾の端についた時。二人は顔を見合わせ笑い合う。その身体は、灰となり消えさった。


記録
東京湾を干上がらせた門から溢れ出た死灰により、一般人九百四十三万人が死亡。千八十四名の門番が殉職。門は正式に第十三ノ門と名付けられ、門を中心として旧東京湾海上に人工都市【エリア13トリデカ】を建設。



繋ぎを着た灰だらけの青年が顔を上げる。干上がった地面から伸びた六本の道路。中心には高い壁と透明のドームが揺らいでいる。摩天楼の中心、頂点に蓋のような門が見えた。


17年後、人類は今日も死灰の侵攻に抗い続けている。




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