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Facebookに頼り切っていた、と気づけたことが私の財産に

前回は、私が「待つこと」をやめて、新しいアカウントで動き出した話を書きました。今日は、その出来事から見えてきた「学び」の話です。

Facebookアカウントが使えなくなって、本人確認の入口にも入れず、1ヶ月以上画面が止まったままになって。新しいアカウントで再始動して、ようやく少しずつ落ち着いてきたいま、改めて振り返ってみると、ひとつだけはっきり分かったことがあります。

それは、私はFacebookに頼り切っていた、ということです。

頭では分かっていたつもりでした。ひとつのSNSだけに頼りすぎるのは危ない。メルマガも大事。noteも大事。自分のサイトも持った方がいい——発信をしている人なら、一度は聞いたことがある話だと思います。私も、聞いていました。分かっているつもりでした。

でも今回、自分のFacebookアカウントが止まって初めて、「頭で分かっている」と「実体験して分かる」は、全然違うんだなと思いました。

私はFacebookでたくさんの方と繋がっていました

これまで私は、Facebookでたくさんの方と繋がっていました。具体的に何をしていたかというと、本当にいろいろあります。

Facebookグループで毎日のように関わっていたのは、法人戦略の師匠と情報発信の師匠がタッグを組んで運営しているコミュニティの仲間たちでした。私はその中で、メイン講師や認定講師という役割をいただきながらも、同じ方向を向いて学び合う仲間として、コメントを交わしたり、気づきを共有したりしていました。

イベントの案内や、そこでのやり取りもFacebook上にありました。仕事のお声がけも、ほとんどがFacebookのメッセンジャー経由でした。「ゆきのさん、ちょっと相談したいです」「この件、お願いできますか?」——そんな連絡がメッセンジャーに届き、私もそこで返信する。それが当たり前になっていました。

確定申告のお話や、イベントの様子も、Facebookの個人アカウントで投稿していました。法人を立ち上げてからのこと、仕事で挑戦してきたこと、未婚のシングルママになってからの葛藤、娘が初めて喋ったときの感動——そういう人生の節目のような投稿も、そこにありました。そういうコミュニティでの発信や交流も、Facebookグループが中心でした。

つまり、私の発信も、仕事も、人との接点も、かなりの部分がFacebookの中で動いていたんです。

「全部Facebookの中だった」と気づいた瞬間

Facebookが使えなくなって、最初に困ったのは投稿できないことでした。でも、困ったのはそれだけではありません。メッセンジャーが見られない。過去のやり取りが見られない。グループに投稿できない。コメントが返せない。講座やコミュニティでつながっていた方の近況も追えない。過去に自分が何を書いたのかも見られない。

「あのとき、どんな投稿をしたっけ」と思っても、確認できない。「あの方と前にどんなやり取りをしたっけ」と思っても、メッセンジャーに入れない。「この方に連絡したい」と思っても、Facebook以外の連絡先を知らない——そのたびに、「あ、これもFacebookの中だった」と気づかされました。本当に、ひとつずつ気づいていく感じでした。

投稿もFacebook。連絡もFacebook。グループ交流もFacebook。思い出もFacebook。仕事の入口もFacebook。人との接点もFacebook——「私はFacebookに頼り切っていたんだ」と認めるしかありませんでした。

頭では分かっていた。でも本当の意味では分かっていませんでした

ひとつのSNSだけに頼り切ってはいけない——これは、頭では分かっていました。私自身、メルマガもやっていましたし、noteも使っていました。だから「私はFacebookだけに頼っているわけじゃない」と思っていた部分もあります。

でも実際にアカウントが止まってみると、かなり困りました。メルマガがあったから経緯を伝えることはできましたし、noteがあったからこうして体験を残すこともできました。それは本当に大きかったです。でも、それでも大変だったんです。

もしメルマガがなかったら。もしnoteも育てていなかったら。もしFacebookだけで全部つながっていたら——私は、もっと身動きが取れなかったと思います。

今回のことで、私はようやく本気で分かりました。「分散した方がいい」ではなく、「分散しておかないと、本当に止まる」ということを。

メルマガ読者さんが言語化してくださいました

メルマガの返信で、ぜんこさんからこんなお声をいただきました。

ゆきのさん
いつもありがとうございます。ぜんこです。 Facebookにお帰りなさい! 15年以上、コツコツと積み上げてこられたFacebookが 突然の垢BAN… ゆきのさんの心中と、Meta社とのやりとりの大変さを思うと 心が締めつけられます。 無料で使わせていただいているプラットフォームは、 規約やアルゴリズム、サービス終了などで 突然終わりを迎えることがあると話には聞いていましたが、 容赦ないですね… 自分のプラットフォームを持っておくことの大切さと 苦しい経験を通して、起きたことを学びに変える大切さを 私たちにシェアしてくださったこと、 本当にありがとうございます。 ゆきのさんが前を向いて進む姿にならって、 私も日々行動を重ねます。

メルマガへのお声

「自分のプラットフォームを持っておくことの大切さ」——ぜんこさんが、まさにこの第5話で伝えたかったことを、そのまま言葉にしてくださいました。

無料で使わせていただいているプラットフォームは、便利です。Facebookも、Instagramも、Xも、noteも、YouTubeも。使いやすいし、人と出会えるし、拡散力もあります。私も、Facebookがあったから出会えた方がたくさんいます。だから、Facebookが悪いと言いたいわけではありません。

でも、外部のサービスである以上、規約やアルゴリズム、本人確認、サービスの仕様変更に影響を受けます。自分ではコントロールできない部分がある。それを、私は今回かなり痛い形で経験しました。

頭では分かっていたんです。でも、自分が経験するまで、本気では分かっていませんでした。ぜんこさんの言葉を読んで、「そう、これを私は伝えたかったんだ」と、胸の中で整理されていく感覚がありました。

ぜんこさん、ありがとうございます。

今、発信の場所を本気で見直しています

今回の出来事を経て、私は発信の場所を本気で見直しています。今見直しているのは、メルマガ、Facebook、note。それから、X、Instagram、独自ドメインサイト、stand.fm。最近は、自分のアプリ(PWA対応サイト)も育てています。

こうやって並べると「多すぎませんか?」と思われるかもしれません。自分で書いていても、ずいぶん多いなと思います(笑)。でも、全部に同じ熱量で発信しているわけではありません。全部を毎日フル稼働させようとしたら、私も続きません。だから今は、それぞれの役割を分けて考えています。

メインはメルマガ。読者さんと一番深くつながる場所。私の考えや、日々の気づき、講座や企画の背景をしっかり届ける場所です。Facebookでは日常の発信や交流を。noteでは、今回のような体験記や、少し長めに残しておきたい話を。

XやInstagramは、まだ私を知らない方への入口。短い言葉や画像をきっかけに、私の発信を知ってもらう場所。stand.fmは、声で届ける場所。文字では伝わりにくい温度や間を届けられる場所。

そして、独自ドメインサイトと自分のアプリは、すべての中心になる「自分の場所」です。どこかひとつが止まっても、他で続けられる状態。どこかひとつに頼り切らなくても、読者さんとつながれる状態——それを、ようやく本気で作り始めています。今回の経験から得た、一番大事な学びです。

媒体ごとに、見ている人は違う

メルマガに、まひろさんからこんなお声をいただきました。

ゆきのさん
まひろでございます。 覚悟を持ってのFacebookへの復帰、凄いです。 さて、投げかけていただいた「どんな媒体で発信していますか?」について。 Facebookはグループの交流とサラリーマン時代にお世話になった諸先輩方への応援用に、 Instagramは個人事業主としての交流と情報収集用に、 XはInstagramの発信内容を補完するためと紹介報酬用に、 noteは私が自認する私の思考を発信して共感してくれる人を集めるために、 メルマガは今日の今日ようやく設置したところ。(これはシリュウさんの黒歴史ブログ公開のおかげです) わたしの使う発信媒体と現状想定している意図はここまでです。 まだまだできますね。 みなさんのように積み上げがない分、一貫性を持って人物として各媒体を跨ぎつつ発信者としてのデータを刻んでいきます。 基本インスタ見てる人はインスタしか見ないですし、YouTube見てる人はYouTubeしか見ませんからね。 複数媒体で出ていくのは必須な気がします。

メルマガへのお声

「基本インスタ見てる人はインスタしか見ないですし、YouTube見てる人はYouTubeしか見ませんからね」——このお言葉に、深くうなずきました。本当にそうなんです。

媒体ごとに、見ている人が違います。Facebookをよく見る人、Instagramをよく見る人、noteを読む人、メルマガを読む人。音声の方が受け取りやすい人、短い投稿の方が見やすい人、長い文章でじっくり受け取りたい人——それぞれ違います。だから、ひとつだけで発信していると、その媒体に来てくれる人にしか届きません。

もちろん、全部を完璧にやる必要はありません。でも、「この媒体は何のために使うのか」を考えておくことは、本当に大事だと思いました。

まひろさんの整理されたリストを見て、それぞれの媒体に明確な役割があるのがすごく分かりやすかったです。グループの交流、個人事業主としての交流、思考の発信、リスト——媒体に意味を持たせて発信するって、こういうことなんだなと勉強になりました。

まひろさん、ありがとうございます。

起きたことを、ネタに変える

それから、もうひとつ大きな学びがあります。起きたことを「ネタ」に変える力です。

トラブルって、避けようと思っても避けられない時があります。今回のFacebook停止も、できれば経験したくありませんでした。15年以上使ってきたアカウントが止まる。本人確認の入口に入れない。Meta社とのやり取りが進まない。新しいアカウントを作るかどうかで悩む——正直、かなり凹みました。何日も泣きました。「もう、発信なんてやめてしまおうか」と思った日もあります。

でも、発信してみたら、「同じことを経験しました」「これから気をつけます」「自分も対策を見直します」——そんなお声をたくさんいただきました。そのとき、思ったんです。失敗は、誰かのためになることがある。

うまくいった話だけを発信するのは、きれいです。自分のかっこいい部分だけを見せていればいい。でも、それだけだと、読んでいる方にとっては「すごい人だなあ」で終わってしまうことがあります。本当に誰かの行動を変えるのは、むしろ失敗談やつまずきかもしれません。「あ、この人もこんなことでつまずくんだ」「それでも立て直せるんだ」「じゃあ私も今のうちに見直しておこう」——そう思ってもらえることがある。

今回のFacebook停止も、こうしてnoteの記事になっています。私の経験が、誰かの「あすは我が身」の備えになるなら、それは無駄じゃない——そう思えたから、私はこうして書いています。

ハナヤマさんの言葉で、複数の場所を持つ意味を実感しました

メルマガで、ハナヤマさんからこんなお声をいただきました。

ゆきのさん
ハナヤマです! この度は本当に大変なことでしたね。。。メルマガを拝読して、そんなことが起きるんだと私もショックを受けました。 諸々のお手続きも、本当にお疲れ様でした。 でも、このように複数の媒体で発信を続けてこられたからこそ、私もゆきのさんの現状を知り、すぐに友達申請することができました。 ありがとうございます。 また、どんな出来事も学びに変えるゆきのさんの姿勢をみせていただき、私もそうありたいと思いました。 成功する人、経営者マインドだなと。 こうやって対策までアナウンスしてくださり、本当にありがとうございます。多くの人の気づきになったと思います。 実はすごくタイムリーなことなのですが、、私も、この度自分のやりたいことを始める準備として、姓名判断でみていただいた名前に変更して登録していました。 なので、これから同じことが私にも起こる可能性もあるなと。 FBでの発信は今のところまだ考えていないのですが、FBはもう切り離して使うか、どうするか今後考えようと思いました。 (逆に他の媒体のみに頼るのも怖いなと思い、それも考えていこうと思いました) これからもゆきのさんのメルマガ楽しみにしています!

メルマガへのお声

「複数の媒体で発信を続けてこられたからこそ、私もゆきのさんの現状を知り、すぐに友達申請することができました」——このお言葉に、思わず救われました。

私自身は「Facebookに頼り切っていた」と痛感していました。でも、完全にFacebookだけだったわけではありません。メルマガがありましたし、noteもありました。だから、Facebookが止まっても経緯を伝えることができ、新しいアカウントを作ったこともメルマガで知らせることができました。その結果、ハナヤマさんのように、状況を知ってすぐに友達申請してくださる方がいました。これが、複数の場所を持っておく意味なんだと思いました。

「Facebookが止まった」それだけなら、本当にそこで終わっていたかもしれません。でも、別の場所があったから、つながり直せた。別の場所があったから、説明できた。別の場所があったから、また見つけてもらえた——この事実は、私にとってとても大きかったです。

名前を変えて発信している人にとっても、他人事ではない

ハナヤマさんのお声の中で、もうひとつハッとした部分があります。

「私も、この度自分のやりたいことを始める準備として、姓名判断でみていただいた名前に変更して登録していました」「これから同じことが私にも起こる可能性もあるなと」——ここを読んだとき、胸がぎゅっとなりました。私だけの話ではないんだ。そう思ったからです。

活動名で発信している方、屋号で仕事をしている方、姓名判断で見てもらった名前を使っている方、ペンネームやビジネスネームで活動している方——きっとたくさんいます。その名前には、それぞれ背景があります。覚悟があります。人生の節目があります。でも、本人確認のシステム上では、その背景まで汲み取ってもらえるとは限りません。

だからこそ、事前に考えておく必要がある。どの名前で登録するのか。本人確認書類とどうつながるのか。もしアカウントが止まったら、どこで連絡できるのか。どの媒体で状況を伝えられるのか——こういうことを、私自身もっと早く考えておけばよかったと思いました。そして、この記事を読んでくださった方が、少しでも見直すきっかけになれば嬉しいです。

もし、いま使っているSNSが明日突然使えなくなったら

ここまで読んでくださったあなたに、ひとつだけ聞きたいです。

もし、いま使っているSNSが、明日突然使えなくなったら。仕事のやり取りをしている方々と、別の場所でつながり直せますか? 連絡先は、SNSの中以外にも残っていますか? 自分の近況を伝えられる場所はありますか? 読者さんやお客さまに「ここで発信しています」と案内できる場所はありますか?

私はFacebookだけに頼っていたわけではありません。メルマガもありましたし、noteもありました。でも、それでも今回は本当に大変でした。もしメルマガもなかったら、今こうして経緯をお伝えすることもできなかったと思います。もしnoteもなかったら、この経験をこうして残すこともできませんでした。

もし今、ひとつのSNSだけで発信や仕事のやり取りをしているなら、別の場所も少しずつ始めてみてください。メルマガでも、noteでも、自分のサイトでも、形は何でもいいです。「ここでもつながれるよ」という場所がひとつ増えるだけで、ずいぶん安心できます。

全部を完璧に整える必要はありません。まずはひとつ、逃げ道ではなく、もうひとつの発信の土台を作っておく。それだけでも、いざという時の安心感が変わります。

次回は、その仕組みづくりの話をします

今回お話しした学びを形にするために、私はいま、ある取り組みを進めています。それは、Aiや仕組み化を使って、自分の発信インフラを作り直すこと。もう、ひとつのSNSの審査や仕様変更に振り回されるだけの状態は卒業したい——そう思っています。

もちろん、外部サービスを使わないという意味ではありません。Facebookも使いますし、noteも使います。InstagramもXも、必要に応じて使います。でも、どれかひとつに頼り切るのではなく、自分の中心を持つ。自分の読者さんと、自分の場所でつながれるようにする。そのために、Aiや仕組み化を使っていきたいと思っています。

次回は、その仕組みづくりの話を、少し詳しく書いてみます。

合わせて読みたい

前回の記事です。1ヶ月以上アカウントの復旧を待ち続けた末に、「待つことをやめる」と決めた瞬間の話を書いています。今回の「Facebookに頼り切っていた」という気づきの前提になっている話です。

→Facebookアカウント復旧を待たずに、もう一度発信を始めた日

次回として予告した、仕組みづくりの話もこれから公開していきます。Aiとタッグを組んで、自分の発信を止めないための仕組みを作る話です。

→だから私は、Aiとタッグを組んで、自分の発信を止めないための仕組みを作ります

※公開予定の記事です。公開後にリンクが有効になります。

最後に

今回の学びは、私にとって「経験して、ようやく腑に落ちたこと」でした。頭で分かっていたことと、本気で行動できることは違う。それを、痛みを伴って学びました。

Facebookに頼り切っていたこと。メルマガがあったから、なんとか伝え直せたこと。noteがあったから、こうして体験を残せたこと。複数の場所を持つことの意味。そして、失敗を隠さず書くことで、誰かの備えになるかもしれないということ。

今回の遠回りが、あなたの「あすは我が身」の備えになるなら、私にとっても意味のある経験になります。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

それでは、また次回。

ゆきの


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