『水曜どうでしょう』4人の距離感はどうやって作られたのか|第14夜
前回は、『水曜どうでしょう』がどのように今の形になっていったのかについて考えました。
音楽企画、ホワイトストーンズR、そしてハンディカメラによる撮影。さまざまな試行錯誤の中で見つけたのは、豪華な企画ではなく「そこにいる人のおもしろさ」でした。
では、その「人のおもしろさ」は、なぜ生まれたのでしょうか。
『水曜どうでしょう』を語る時、よく出てくる言葉があります。
「どうでしょう班」
出演者である鈴井貴之さんと大泉洋さん。そしてディレクターである藤村忠寿さんと嬉野雅道さん。
普通のテレビ番組なら、出演者とスタッフには明確な境界があります。出演者はカメラの前で番組を盛り上げる人。ディレクターやカメラマンは、それを作る人です。
でも『水曜どうでしょう』では、いつの間にかその境界がなくなっていました。
出演者2人とスタッフ2人ではなく、4人で旅をしている。
この不思議な距離感こそが、どうでしょう最大の特徴だったのだと思います。

(引用元:DVD「サイコロ2~西日本完全制覇~」より)
大泉洋さんと嬉野雅道さんの対談で、印象的な言葉がありました。
大泉さんは、ミスターこと鈴井貴之さんについて「水曜どうでしょうの火薬庫」と表現しています。
この言葉は、すごく鈴井さんらしさを表していると思います。
鈴井さんは、ただ番組を進行する司会者ではありませんでした。企画を考える側でありながら、自分自身もその企画の中に飛び込んでいく存在でした。
普通なら企画者は、出演者をどう面白く見せるかを考えます。でも、どうでしょうの場合は違います。
企画した本人が苦しむ。
失敗する。
予想外の展開に巻き込まれる。
だから見ている側は、鈴井さんを「進行する人」ではなく、一緒に旅をしている一人として見ることができました。
大泉さんは、鈴井さんをホームランバッターのような存在とも語っています。
毎回きれいに当てるわけではない。でも、当たった時には誰にもできないものを生み出す。
その不安定さも含めて、どうでしょうの魅力になっていました。
例えば原付日本列島制覇での赤福対決。普通なら、甘い物を食べるだけの場面です。
でも、鈴井さんは本気になる。
勝ちたい。
負けたくない。
その大人げなさが、逆に面白い。
きれいに進行する人ではなく、自分自身も本気で遊んでしまう人だったからこそ、大泉さんとの関係性も対等になったのだと思います。

DVDの表紙にもなっている名シーン
(DVD「原付日本列島制覇」の表紙より)
そして、その関係性をさらに引き出していたのが藤村Dでした。よく「藤村Dが大泉さんを追い込むから面白い」と言われます。
サイコロで遠くへ飛ばされる。
深夜バスに乗ることになる。
予定外の展開に巻き込まれる。
確かに、それはどうでしょうの大きな魅力です。
でも、単純に出演者を困らせれば面白くなるわけではありません。もし信頼関係のない相手が同じことをしたら、ただ嫌な空気になってしまいます。
嬉野さんは対談の中で、大泉さんは繊細、藤村さんは敏感だという話をしています。
私はここに、どうでしょう班の関係性が詰まっているように感じました。
藤村Dは、大泉さんをただ追い込んでいたわけではない。どんな状況になった時、大泉洋という人が一番面白くなるのか。
どこまで行けば笑いになり、どこから先は違うのか。その境界を感じ取る力があったのだと思います。
だから大泉さんは本気で怒るし、文句も言う。でも、それを見る側は笑える。そこには、お互いが分かっているという安心感がありました。
原付ベトナム縦断で、大泉さんがトランシーバーを落としてしまった話も象徴的です。
普通の番組なら、撮影上のトラブルです。
予定通り進まない。
連絡が取れない。
本来なら困った出来事です。でも、どうでしょうでは、そういう予定外の出来事ほど記憶に残ります。
それはトラブルそのものが面白いからではありません。その時に4人がどう反応するのか。誰が何を言うのか。そこに、その人らしさが出るからです。

笑いをとり始めるミスター
(引用元:DVD「原付ベトナム横断1800キロ」より)
そして、その空気を残していたのが嬉野Dでした。
嬉野さんの存在も、普通のカメラマンとは少し違います。きれいな映像を撮るだけなら、もっと別の方法もあったと思います。
でも、どうでしょうが残したかったものは、絶景だけではありませんでした。
移動中の会話。
疲れている表情。
何も起きていない時間。
普通なら編集で切られるような瞬間でした。
大泉さんは対談の中で、旅の途中には静かな時間もあるけれど、そこから話し始めて楽しくなっていくという話をしています。
ここに、嬉野Dのカメラのすごさがあると思います。
面白い瞬間を撮るだけではなく、面白い瞬間が生まれるまで待っている。だから、作られた笑いではなく自然なやり取りが残りました。
考えてみると、どうでしょう班の4人は、それぞれ役割が全然違います。
ミスターは、何が起こるかわからない火薬庫。
藤村Dは、その面白さを感じ取って広げる存在。
嬉野Dは、その瞬間が生まれるまで待てる存在。
そして大泉洋さんは、その関係性の中で一番輝く存在。
誰か一人だけが主役だったわけではありません。
4人それぞれ違うから成立していました。だから『水曜どうでしょう』は、企画だけでは説明できないのだと思います。
サイコロだから面白い。深夜バスだから面白い。もちろん、それもあります。でも本当に見ていたのは、その中で起きる4人の反応だったのかもしれません。
誰と失敗するか。
誰と文句を言い合えるか。
誰と笑えるか。
そこに、どうでしょう最大の魅力がありました。30年近く経った今でも、この4人の旅を何度も見返したくなる理由。
それは完成された番組だからではなく、完成されていない4人のやり取りが残っているからなのかもしれません。
この4人の距離感そのものが、『水曜どうでしょう』を作り出すための重要な要素だったのだと思います。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第15夜)は、「藤村Dの笑い声はなぜ最大の発明なのか」について考えていきます。
※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌皆さんは、どうでしょう班4人の中で誰の役割が一番好きですか?
好きな掛け合いや印象に残っている場面があれば、ぜひコメントで教えてください。
(コメントにはできる限りご返信させていただきます)
--
■運営者(ユウナ)について
このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。
