『水曜どうでしょう』藤村Dの笑い声はなぜ最大の発明なのか|第15夜
前回は、『水曜どうでしょう』の4人の距離感について考えました。
鈴井貴之さん、大泉洋さん、藤村忠寿さん、嬉野雅道さん。出演者とスタッフという関係を超えて、同じ旅をする仲間のように見える不思議な距離感。その近さこそが、『水曜どうでしょう』という番組の大きな魅力でした。
では、その距離感を視聴者が一番感じる瞬間はどこだったのでしょうか。
私は、その象徴の一つが「藤村Dの笑い声」だったと思います。
『水曜どうでしょう』を初めて見ると、少し不思議な感覚になります。画面には大泉洋さんとミスターが映っている。でも、そこに映っていないはずの人の存在を強く感じる。
それが、カメラの外から聞こえてくる藤村Dの声と笑い声です。
普通のテレビ番組では、ディレクターは画面の外にいる存在です。出演者を撮影し、編集し、番組を作る人。基本的には、視聴者が存在を意識することはありません。
でも『水曜どうでしょう』では違いました。
デアゴスティーニの特集では、藤村Dについて「印象的な声と笑いは強い存在感を放つ」と紹介されています。
これは、どうでしょうという番組を考える上で、とても象徴的な言葉だと思います。本来なら入らないはずのスタッフの声。
普通なら編集で消されるかもしれない笑い声。それが逆に、番組になくてはならないものになっていました。

(引用元:DVD「マレーシアジャングル探索」より)
ただ、藤村Dの笑い声が魅力的なのは、単純に「声が大きいから」ではありません。
重要なのは、その笑い声が誰に向けられていたのか。そして、その笑い声によって何が起きていたのかだと思います。
第14夜↗でも触れましたが、以前の大泉洋さんと嬉野雅道さんの対談で、嬉野さんは大泉さんを「繊細」、藤村Dを「敏感」と表現していました。
この言葉は、大泉さんと藤村Dの関係性を考える上で、とても重要だと思います。
どうでしょうでは、藤村Dが大泉さんを追い込む場面が数多くあります。サイコロの旅では、行き先が分からない。深夜バスでは、過酷な移動に苦しむ。海外企画でも、予定通りにいかない出来事が次々と起きる。
でも、ただ出演者を困らせれば面白くなるわけではありません。
本当に重要なのは、その後でした。
追い込まれた大泉さんが、思わず本音をこぼす。その言葉を藤村Dが受け止めて、本気で笑う。そして、その笑い声を聞いた大泉さんが、さらに言葉を重ねていく。
このやり取りこそが、『水曜どうでしょう』独特の空気を作っていました。
もし同じ出来事が起きても、周りが誰も笑わなかったらどうでしょうか。
疲れている、眠れない、予定通り進まない。本来なら、それはただ大変な出来事です。
でも藤村Dが笑うことで、空気が変わります。
「これは失敗ではなく、面白い出来事なんだ」
見る側も、自然とそう感じるようになる。
藤村Dの笑い声は、トラブルを笑いへ変えるスイッチのような役割を持っていたのだと思います。

藤村Dの名言
(引用元:DVD「ヨーロッパ・リベンジ」より)
『水曜どうでしょう』には、今でも語り継がれるたくさんの名言があります。
「ここをキャンプ地とする」
「腹を割って話そう」
「おいパイ食わねぇか」
どれも名言として印象に残っています。でも、それらは大泉さん一人だけで生まれたものではなかったと思います。
ここが、この番組の面白いところです。
台本で用意された言葉ではなく、決められたオチでもない。旅の途中で起きた出来事に対して、4人が反応する。その積み重ねの中で、自然に生まれた言葉でした。
大泉さんが話し、藤村Dが笑い、嬉野Dがその瞬間を撮り続け、ミスターがそこに巻き込まれる。
この関係性があったから、普通なら何でもない会話が名場面になっていったのだと思います。
そしてもう一つ、藤村Dの笑い声には大きな役割がありました。
それは、視聴者を旅の中へ連れていくことです。
普通の番組なら、視聴者は出演者を見る立場です。
でも、どうでしょうを見ていると少し感覚が違います。車の後部座席に一緒に座っているような気分になる。深夜バスで疲れている大泉さんを、隣で見ているような気持ちになる。
その理由の一つが、藤村Dの笑い声だったのではないでしょうか。
誰かが失敗した時、誰かが文句を言った時、すぐ近くで誰かが笑っている。その空気が画面越しに伝わってくるから、視聴者も4人の旅に参加しているような感覚になったのだと思います。
今の映像作品には、笑いどころを伝える方法がたくさんあります。テンポの良い編集、効果音、分かりやすい演出など、視聴者を楽しませるための技術は進化しています。
でも、『水曜どうでしょう』にはもっとシンプルなものがありました。
その場にいる人が、本当に楽しそうに笑っている。
ただそれだけです。
でも、人は楽しそうに笑っている人を見ると、その場所に入りたくなる。
藤村Dの笑い声は、作られた演出ではなく、その場の楽しさそのものだったのだと思います。
第13夜↗では、どうでしょうが試行錯誤の中で今の形を見つけた話をしました。
第14夜↗では、その形を支えた4人の距離感について考えました。
そして今回考えてきた藤村Dの笑い声は、その距離感が音として表れたものだったのかもしれません。
藤村Dの笑い声は、単なるスタッフの笑い声ではありませんでした。
大泉洋という才能を引き出すもの。失敗を名場面に変えるもの。そして視聴者を旅の一員にするもの。
画面の外から聞こえるあの笑い声こそ、『水曜どうでしょう』最大の発明の一つだったのだと思います。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第16夜)は、少し特別編として2026年6月13日(土)に新蒲田で開催される「藤村忠寿、61歳まつり!」に参加してきます。その内容をレポートしたいと思います。
30年近く続く『水曜どうでしょう』の空気は、今どんな形でファンに届いているのか。実際に会場で感じたことを書いてみたいと思います。
※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌皆さんは、藤村Dの笑い声が印象に残っている場面はありますか?
好きな掛け合いや、思わず一緒に笑ってしまった場面があればぜひコメントで教えてください。
(コメントにはできる限りご返信させていただきます)
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