『水曜どうでしょう』藤村忠寿の周りにはなぜ人が集まるのかーー「藤村忠寿、61歳まつり!」潜入レポート|第16夜 特別編
普通のテレビ番組なら消されるはずのディレクターの声。でも『水曜どうでしょう』では、その声が大泉洋さんの魅力を引き出し、失敗を名場面に変えていました。
藤村Dの笑い声は、単なるスタッフの笑い声ではなく、この番組を演出するそのものだったのではないか。
放送開始から30年近く経った今、本日その答えを感じる場所に行ってきました。

新蒲田一丁目複合施設「カムカム新蒲田」で開催された「まだやるのかよ!藤村忠寿、61歳まつり!」↗。今回は少し特別編として、このイベントで感じた藤村忠寿さんという人の魅力について考えてみたいと思います。
さかのぼること5月24日、私は藤村忠寿さんと嬉野雅道さんが開催する別のトークイベントに参加しました。
その時のことは、このnoteの「はじめまして」↗でも少し書きましたが、北海道で大学時代に『水曜どうでしょう』を見ていた自分が、30年近く経って本人たちの話を直接聞いている。
以前このイベントに参加した際も、それだけでとても贅沢な時間と感じました。
そして、そのイベントの中で嬉野Dが教えてくれたのが本日開催された「藤村忠寿、61歳まつり!」でした。
正直、最初に聞いた時は少し不思議でした。テレビ番組のディレクターの誕生日イベント。しかも本人が主役。
普通に考えると、なかなか珍しいイベントです。
でも第15夜↗でも書いた通り、『水曜どうでしょう』では藤村Dはただの裏方ではありません。
画面の外から声が聞こえる。
出演者と本気で言い合う。
誰より楽しそうに笑う。
気づけば、視聴者にとっては出演者と同じくらい身近な存在になっていました。だからこそ、その理由を直接感じるために、今回も参加してきました。

会場は、新蒲田一丁目複合施設「カムカム新蒲田」。地下2階にある多目的ホールを貸し切って開催されました。
中に入ると、一般的なトークイベントとは少し違う雰囲気があります。舞台があり、広さとしては学校の体育館の半分くらいでしょうか。
会場の前半分には椅子を自由におけるスペース、後ろ半分は立ち見スペース。しかも飲食自由です。
後方では、藤村さんの熱狂的なファンである通称「氏子」の皆さんが、お酒やおつまみを楽しみながら既に自由に盛り上がっています。
一方で、初めて来た人やじっくり話を聞きたい人は椅子に座っている。
私は椅子を自分で運び、座席エリアの一番後ろに座りました。場所としては、スタッフさんが設置しているカメラのすぐ横です。
藤村忠寿という人を見るだけではなく、藤村忠寿という人を好きな人たちが、どう楽しんでいるのかも見たかったからです。
考えてみると、これは『水曜どうでしょう』を見る感覚に近いのかもしれません。
私たちはサイコロの結果だけを見ていたわけではありません。深夜バスという乗り物だけを楽しんでいたわけでもありません。
そこにいる人たちがどう反応するのか。その空気を見て楽しんでいました。今回も、まさに同じでした。

イベントが始まると、まず行われたのが恒例のお神酒の奉納です。
藤村さんはファンの方から「神」と呼ばれ、その熱心なファンの方々は「氏子」と呼ばれています。
もちろん本当の意味ではなく、大人が全力で楽しむ悪ふざけです。
ファンの方々が藤村さんへワインなどのお神酒を捧げる。私もせっかくなので、蒲田のカルディで買った赤ワインを持参して、華麗に捧げました。
こういうところが、本当にどうでしょうらしいと思います。普通なら少し変なことでも、大人が本気で乗っかる。
バカバカしいことを全力で楽しむ。でも本人たちが本気だから面白い。その空気は、番組が終わった今でも続いていました。
トークが始まると、藤村さんは次々と話題を出していきます。
その中で印象的だったのが、大泉洋さんのリサイタルについてのお話でした。
大泉さんのリサイタルでは、幕と幕の間、いわゆる幕間に藤村さんが制作した動画が流れることが一つの見せ場になっています。
今回もその動画を制作されたそうですが、藤村さん自身は、二日前に神戸で行われた大泉洋リサイタルに初めて参加し、その会場でご自身の映像を初めて生で見られたそうです。
そこで感じたのが、大泉さんの華やかなステージとのギャップ。エンターテインメントとして完成された大泉洋さんの世界。
そこに流れる、自分が作ったどうでしょうらしい映像。あまりの温度感の違いに恥ずかしくなって、ずっと下を向いていたそうです。
この話を聞いて、すごく藤村さんらしいなと思いました。
普通なら言いたくなるかもしれません。
「俺が大泉洋を育てた」
「自分が作った映像がリサイタルを支えている」
でも藤村さんは違います。自分自身を笑いにする。自分の恥ずかしさまでネタにする。
だから聞いている側も笑ってしまう。
第15夜↗で書いた藤村Dの笑い声。それは、周りを笑わせるだけではなく、自分自身も笑いに変える力だったのかもしれません。
そして、今回改めて感じたのが、ディレクターという立場ではない「藤村さん」と「嬉野さん」の関係性でした。
トークイベントでお二人の話を聞いていると、藤村さんは本当に次から次へと話題を出していきます。大泉さんとの話、どうでしょう祭りの話、最近あった出来事。ひとつの話から、また別の話につながっていく。
普通なら、話が広がりすぎて聞いている側が置いていかれることもあると思います。
でも、そこで嬉野さんが入ってくる。
藤村さんの話に合いの手を入れたり、時には聞いている側が理解しやすいように、あえて質問をする。
「それはどういうことなの?」
そんな形で藤村さんの話を少し立ち止まらせて、もう一度分かりやすく届けてくれる。
このやり取りを見ていると、やっぱり長年一緒に仕事をしてきた二人だからできる阿吽の呼吸なのだと思います。
第14夜↗で、どうでしょう班4人の距離感について書きました。
藤村Dが前へ進める。
嬉野Dがその空気を見守る。
その関係性は、番組が終わった今でも変わっていませんでした。
水曜どうでしょうのロケ現場ではなく、イベント会場になっても、二人の役割は同じ。
だから私たちは、あの頃と同じ空気を感じることができるのかもしれません。
そして話題は、今年9月に開催される「どうでしょう祭り」の話へ。
すでに告知されておりますが、そこで予定されている大泉洋さんとの裁判企画についても、大いに盛り上がりました。
藤村さんは「絶対に負けない」という勢いで話されていました。
もちろん、本当の裁判ではありませんが、こういうところが本当に『水曜どうでしょう』らしいと思います。
大人同士が、本気でくだらないことを楽しむ。
昔から何も変わっていません。
大泉さんと藤村Dが言い合う。
それをミスターと嬉野Dが楽しそうに見ている。
視聴者は、その関係性を見て笑う。
形は変わっても、私たちが好きだったものは今も続いているように感じました。
また、どうでしょう祭りに合わせて、藤村さんや嬉野さんのブロマイドを改めて制作して販売するという話もありました。
以前販売した時は1枚ずつ売っていたそうですが、最後の方は大量に売れ残ってしまい、セット販売になっていたという話で会場は笑いに包まれていました。
普通なら失敗談として隠したくなる話かもしれません。でも藤村さんは、それすら笑い話にしてしまう。
ここにも、どうでしょうらしさがあります。
うまくいった話だけを見せるのではなく、失敗も含めて全部見せる。
そして、それをみんなで笑う。
考えてみると『水曜どうでしょう』の名場面も、ほとんどが予定通りいかなかった瞬間でした。
失敗したから面白い。
困ったから面白い。
予定外だから記憶に残る。
その価値観が、今でも藤村さんの中に残っている気がしました。
イベント途中には、神である藤村さんに直接お供え物をお渡しする時間もありました。
(※藤村さんが会場を練り歩いている写真もあるのですが、一般の方が多数映ってますので自粛します。残念。)
藤村さんが赤い紙袋を持って、会場内を練り歩きます。そしてファンや氏子の方々から、直接いろいろなものを受け取っていく。
この光景も、改めて考えると不思議です。
全国的に知られる番組を作ったディレクターが、誕生日イベントで紙袋を持って会場を歩いている。
でも、それが自然に成立している。そこに藤村さんという人の魅力があるのだと思います。
藤村さんは、北海道のご自宅とは別に、新蒲田にあるご自身の拠点の話もされていました。
料理を振る舞ったり動画を撮影したり、人が集まる場所として使われているそうですが、その家賃をこれで払う、というような冗談も言われ、会場は大きな笑いに包まれていました。
普通なら、作り手とファンの間には距離があります。でも藤村さんの場合、その距離がとても近い。
これは第14夜↗で書いた、どうでしょう班の距離感にもつながります。
出演者とスタッフ。
作る人と見る人。
その境界線が少し曖昧になる。その曖昧さこそが、『水曜どうでしょう』らしさなのかもしれません。
後半には、ファンの方によるトランボーン・ピアノの音楽の発表や、玉田玉山さんによる講談もありました。
玉田玉山さんはnoteを書かれており、その面白い内容に私もいつも読んでいます。
イベントが始まる前、入口付近に待機されている玉田玉山さんを見つけましたので、「いつもnote見てます!」とお声がけさせていただきました。
本日の玉田玉山さんの講談は特に印象的でした。
事前に準備された内容ではなく、その日のイベントを見て、その場で内容を作り講談として披露する。
今日この場所で起きた出来事が、その日のうちに作品になる。この技術は本当にすごいことだと思いました。
嬉野さんも、その講談を聞いて「今日の内容はここにいる全員が知っている内容でしたね」というような話をされ、会場の笑いを誘っていました。
(玉田玉山さんのイベント情報はこちら ↓ )
ここでも感じたのは、やっぱり「その場で生まれる面白さ」です。
台本通りではない。
予定通りでもない。
でも、だからこそ面白い。それは水曜どうでしょうがずっと大切にしてきたものと同じでした。
そして毎回イベントで、司会を務められている玉木青さんの存在も印象的でした。
(玉木さんの経歴はこちら ↓ )
玉木さんは、もともと水曜どうでしょうのファンであり、学生時代の劇団活動などをきっかけに藤村さん、嬉野さんとつながり、現在ではイベントや配信を支える側になっています。
出版社勤務を経て独立し、奥様と一緒に「ディレクター陣」を立ち上げたという経歴があります。
藤やんうれしーのYouTube配信やイベント運営など、今のどうでしょう文化を支えている存在です。
考えてみると、これもすごく面白い流れだと思います。
番組を見る人だった人が、いつしか番組を作った人たちと一緒に、新しい場所を作っている。
見る側だった人が、参加する側になる。
水曜どうでしょうという番組が、ただ昔の作品として残っているだけではない理由は、ここにある気がしました。
いつか私も玉木さんとご一緒に、藤村さんと嬉野さんの活動を盛り上げていきたい、そんな思いであります。
ちなみに現在、藤村さんと嬉野さんは「ゆる部活動」という新しい場所も作られています。
名前の通り、何かを頑張らなければいけない場所ではなく、それぞれが好きなことを持ち寄りながら、ゆるくつながっていく場所。
集まった人たちとのやり取りから、また新しい何かが生まれる。そんな空気が、番組を飛び出して今も続いているのかもしれません。
どなたでも参加できるそうなので、気になる方はこちらからご覧ください。
今回、「藤村忠寿、61歳まつり!」に参加して感じたことがあります。
なぜ、テレビ番組のディレクターの誕生日に、これだけ人が集まるのか。その答えは、藤村さんが有名だからだけではないと思います。
面白い番組を作った人だから、というだけでもない。藤村さん自身が、今でもあの頃と同じように面白がっているから。
自分の失敗も笑う。
周りの人の面白さを引き出す。
そして、そこにいる人たちを巻き込んでいく。
第15夜↗で、藤村Dの笑い声は『水曜どうでしょう』最大の発明の一つだったと書きました。
今回イベントに参加して、その笑い声は今も続いているのだと感じました。場所がテレビ画面からイベント会場に変わっただけ。
旅の目的地が変わっただけ。でも、そこで起きていることは昔と同じでした。
誰かが話す。
誰かが笑う。
そこからまた新しい面白さが生まれる。
『水曜どうでしょう』は、放送が終わった番組ではなく、今も人と人との間で続いている旅なのかもしれません。
藤村忠寿さんの周りに人が集まる理由。
それはきっと、藤村さん自身が今でも誰より楽しそうに、この旅を続けているからなのだと思います。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第17夜)は、「『水曜どうでしょう』はなぜ30年古びないのか」について考えていきます。
企画の面白さだけでは説明できない、30年近く愛される理由。
鈴井貴之さん、大泉洋さん、藤村忠寿さん、嬉野雅道さん。
この4人がそろったからこそ生まれた、不思議な魅力について読み解いていきます。
※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌皆さんは、藤村さんや嬉野さんのイベントに参加したことはありますか?
また、『水曜どうでしょう』を見ていて「この4人だから面白い」と感じた瞬間があれば、ぜひコメントで教えてください。
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