『水曜どうでしょう』なぜ温泉に入るだけの旅が面白いのか──闘痔の旅で生まれた原点|第9夜
第1章では、『水曜どうでしょう』がなぜ30年経っても古くならないのかについて考えてきました。
そこで見えてきたのは、藤村Dと嬉野Dが作っていたものは、単なる「番組」ではなかったのではないか、ということでした。人が自然と「おもしろく」見える仕組み。それがあったからこそ、何度見ても笑ってしまう瞬間が生まれていたのだと思います。
では、その仕組みはどのように作られていったのでしょうか。第2章では、大泉洋、ミスター、藤村D、嬉野D。この4人の旅の中で生まれた「おもしろい」の理由を考えていきます。

あの有名なワンシーンを再現
今回取り上げるのは、初期企画の一つ「闘痔の旅」です。
この企画、冷静に考えると本当に不思議です。普通のテレビ番組で温泉企画と聞くと、きれいな景色、癒やしの露天風呂、地元のおいしい料理などを紹介する番組を想像します。
でも『水曜どうでしょう』の場合、そこは少し違いました。
そもそもの始まりから、どうでしょうらしさ全開でした。
大泉さんは、今回も詳しい企画内容を知らされないまま早朝に呼び出されます。そして発表された企画が「闘痔の旅」。
以前のサイコロの旅で痔であることを告白した大泉さん。その痔を治すために、24時間で各地の温泉を巡るという企画でした。
一見すると、大泉さんの体を気遣った優しい企画にも聞こえます。しかし、そこは『水曜どうでしょう』。そんな普通の癒やし旅になるはずがありません。
痔を治すため、体を休めるため。そのはずなのに、始まったのは時間に追われながら温泉を巡る強行スケジュールでした。長時間移動して、温泉に入って、また移動する。結局いつもの過酷な旅になっていきます。
その状況に、大泉さんは「運転手くらいつけてほしい」とボヤきます。
考えてみると、この時点でもう普通の旅番組とは違います。普通なら出演者が楽しそうに温泉を紹介する。「気持ちいいですね」「最高ですね」といったコメントが求められると思います。
でも大泉さんは違う。
疲れたら疲れたと言う。納得できないことには文句を言う。その正直すぎる反応こそが、いつの間にか見どころになっていました。
そして、この旅を象徴する場面の一つが二股ラジウム温泉です。

(引用元:DVD「闘痔の旅」より)
せっかく到着したものの、待っていたのは想定外の状況でした。入口には「しばらくお待ちください」の札。そしてロープ。清掃中で、岩風呂には十分なお湯も入っていません。
普通の旅番組なら、ここは失敗です。撮影できる状態になるまで待つ。別の場面に差し替える。きれいな完成形だけを見せる。
でも『水曜どうでしょう』は違いました。
その状況をそのまま使う。
お湯がないなら、お湯がないことを面白がる。
藤村Dは、大泉さんに「ケツつけとけ」と言いながら、その予定外の出来事を笑いに変えていきます。
本来なら痔を治すために来た温泉です。それなのに、ほとんどお湯の入っていない岩風呂に、とりあえずお尻だけつけることになる。この目的と結果のズレこそが、どうでしょうらしい面白さでした。
そして、この場面でもう一つ印象的なのが嬉野Dのカメラです。
普通なら温泉に入る大泉さんへ近づき、表情をアップで撮るかもしれません。でも嬉野Dは、必ずしもそうしません。
岩風呂には近づくことすらせず、温泉の建物内から遠巻きに撮る。出演者が「撮られている」と意識しすぎない距離を作る。
だから大泉さんたちは、カメラに向けたコメントではなく、その状況への自然な反応になる。
第8夜で考えた、嬉野Dの「おもしろいを生む距離感」は、こういうところにも表れていた気がします。
さらに面白いのは、治療されるはずの大泉さんだけではなく、周りまで巻き込まれていくことです。
痔を治す旅なのに、なぜかミスターが体調を崩して鼻声になってしまう。誰かを助ける企画だったはずなのに、結果的にはみんな大変な思いをする。
でも、その予定通りにいかないところが面白い。
ここに『水曜どうでしょう』の原点があると思います。
普通、テレビは失敗をなくそうとします。予定通り進める。きれいにまとめる。完成されたものを届ける。
でも、私たちの日常はそんなに予定通りには進みません。
旅行でも、後から思い出すのは有名な観光地だけではなかったりします。道を間違えたこと、予定外の場所に行ったこと、移動中に話したくだらない会話。その時は困った出来事だったのに、後から一番笑える思い出になっている。
『水曜どうでしょう』は、そういう人生の面白さに近い番組だったのかもしれません。
闘痔の旅は、表面的には温泉を巡る企画です。
でも、私たちが見ていたのは温泉ではありませんでした。
予定外の出来事に大泉さんがどう反応するのか。ミスターがどう巻き込まれるのか。藤村Dが何を面白がるのか。嬉野Dがその瞬間をどう残すのか。
つまり、見ていたのは場所ではなく人でした。
温泉へ行く番組ではなく、温泉へ向かう4人を見る番組。
だから30年経っても、古くならないのだと思います。
観光情報は変わります。流行も変わります。でも、人が困った時に出る本音や、予想外の出来事への反応。そこに感じる「おもしろい」は、きっと変わらない。
闘痔の旅には、その後ずっと続いていく『水曜どうでしょう』の形が、すでに詰まっていた気がします。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回(第10夜)は、「失敗だらけの旅がなぜ名場面になるのか」について、もう少し掘り下げてみたいと思います。
※この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」や「👤フォロー」をして、続きを読んでいただけると励みになります。
📌皆さんは、予定通りにいかなかった出来事が、後から一番の思い出になった経験はありますか?
旅行や日常の中で、そんな瞬間があればぜひコメントで教えてください。
(コメントにはできる限りご返信させていただきます)
👈前の記事
▶ 藤村Dと嬉野Dは30年間 何を作ったのか|#8
--
■運営者(ユウナ)について
このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。
