自分らしさと個性
現代は“自分らしさ”を見つけにくい。
なぜなら、自分の個性を出せば出すほどSNSで叩かれやすいから。
“自分らしさ”と“個性”は別物。でもつながりがある。
“自分らしさ”とは
⇒自分の心に正直な状態(人間性)
⇒内面の自分と外面の自分の比較によるもの、近ければ近いほど“自分らしい自分”になる
“個性”とは
⇒平均から外れた特徴(長所と短所)
⇒他者と自分の比較によるもの、遠ければ遠いほど“個性的な人”になる

“個性”は“自分らしさ”から生まれるもの。
自分らしい自分であるために、自分の心に正直な行動をすればするほど、おのずと自分の個性は出やすくなる。
※逆に自分の心(本当の自分)に向き合わないまま個性的になろうとすると、誰もやらないような奇を衒った行動をする、というそれ自体が目的になってしまい、本来の目的である自分らしい自分(自分の心に正直な自分)になることからはむしろ遠ざかる。
社会というのはいわば“型”。
平均や多数派が“普通”という基準となり、“普通”から逸れた人は批判や非難を受けやすい。
自分らしい生き方を追い求めるほど、社会の“型”がどうであるかも多数派の言う“普通”がどうであるかも、その生き方には関係なくなる。
自分らしさや自分の個性を出すと、良い特徴であっても悪い特徴であっても“普通”からはみ出る。
はみ出た分、批判されやすくなる。出る杭は打たれる。
でも、他人の行動や生き方にケチをつけようと思えばいくらでもできる。

だからこそ、周りから何かを言われることを気にしてはいけない。
それは、平均や多数派の人たちの“普通”に戻そうとする動きだから。
彼らは“普通”から逸れないように我慢して日々ストレスを溜めているからこそ、潜在的な羨ましさや嫉妬からそういう言動をしている可能性が高い。
それが正しいなら、あなたは“自分らしい道”を進めている証拠でもある。
もちろん自分が不道徳なことをしているのであればそれは改善すべきだが、そうでないのなら聞く耳を持ってはいけない。
“嫌われる勇気”を持つことが大事。
自分自身に従うことのできない人は支配される。
それが生物としての摂理だ。
― フリードリヒ・ニーチェ
He who cannot obey himself will be commanded.
That is the nature of living creatures.
― Friedrich Nietzsche
