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【家族信託リアル体験記 その1】現実逃避する親と、信託スタートの壁

義母イノコとの家族信託交渉が、思った以上に大変だった ――。
そんな話を、今日から少しずつ記録していこうと思う。

■2021年3月27日(土曜日)

オットと2人、X県某所の義実家に到着。

我が家はネット環境があればなんとかなる仕事だったし、当時はコロナ全盛期。田舎のほうが感染もマシだろうと、中長期の滞在を覚悟しての帰省だった。

義母イノコ👱―― 外面はいいが、大事な話になると途端に逃げ腰になる、ちょっと困った人だ。

彼女が暮らすのは、人口4000人ほどの過疎の村。自然豊かで風光明媚だが、公共交通機関は皆無。自家用車がないと暮らせないこの村に、義父亡き後、イノコはたった一人で暮らしていた。

そもそもの発端は、イノコのこんな一言だった。

👱「ここにひとりで暮らせるのも、もう長くてあと2年くらいだと思うの。ここを売って、施設でのんびりしようと思うの」

なぜ2年?と尋ねると、85歳の彼女に村の医者が「あんたは87歳までは大丈夫だね」と言ったから、とのこと。

……まったく、無責任な医者だな。

👱「健康寿命は87歳らしいの。だからここで頑張れるのもあと2年くらいだと思うの」

思わず「それは平均寿命であって、オカーサンの健康寿命はとっくに過ぎてますけど」と言いたくなったが、ぐっと我慢。まずは彼女の言い分に耳を傾けねば。

だが、話がコロコロ変わるため要領を得ない。

今までも、「オカーサンって、ちょっと虚言癖あるよな」「ADHDっぽいな」とは思っていた。
ただこの頃はまだ確信が持てず、振り回されてはひどい目にあった。

日ごとにイライラが募ったが、一時的とはいえ義実家に同居させてもらう身。あまり急かすのも良くないと自分に言い聞かせていた。


■2021年4月16日(金曜日)

イノコの様子を見ながら、話し合いのタイミングを探っていた。

しかし、待てど暮らせど、その気配はない。

しびれを切らしたオット👦が、ついに宣言する。

👦「明日の午後、家族会議をするから。自分がこれからどうしたいか、明日までにしっかり考えるように」

だが、

👱「そんな、明日までになんて無理よ」

と、イノコは想像以上に抵抗してきた。

👦「じゃあ、いつならいいんだ?」

👱「わからないの」

👦「わからないじゃ、先に進まないだろう」

👱「でもわからないんだから、仕方がないわ」

👦「自分のことなのに、なんでちゃんと考えないんだ?」

👱「違うの。考えたけどわからないの」

はぁぁ……堂々巡りだ。
仕方がないので、私👩が妥協案を提示する。

👩「明日が無理なら、明後日はどうですか?」

👱「あさっては病院で、それからあれがあってこれがあって、ごにょごにょ」

👩「オカーサンの現状や希望を聞かないと、私達はなにもお手伝いできませんよ」

👱「わかっているの」

👩「わかっているならいいです。じゃ今週末ならいいですね」

👱「……わかったわ」

👩「はい、じゃ、2人ともこの件は終わりね。はいはい、解散、解散」



その夜。
夕食の支度をしていると、イノコが2階から降りてきた。

ガサゴソと薬箱を探し、胃腸薬と止瀉薬をガバッと飲み込む。

👩「どうしたんですか?」

👱「どうもお腹の調子が悪いの。だから夕食は2人で食べてください」

イノコは嫌なことがあると、すぐ体調を崩す。

今なら、これもADHDの特徴のひとつだとわかる。
でも当時の私は、「なんで自分のことなのに真剣みがないんだろう」「何のために私達が帰ってきたと思っているんだ」と、イライラを募らせるばかりだった。

もっと早く、彼女の特性を知っていれば。
もっと早く、違う接し方をしていれば。

交渉を始めるには、まず相手を知ること。

たとえそれが親子であっても、
いや、親子だからこそ、
"知ろうとする努力"は何より大切だと、
今ならわかる。


★義母イノコを明るく表現すると、こんな感じ。

※このnoteでは、義母イノコと家族信託を締結するまでの道のりを綴っています。ここに書かれていることはすべて当時の話であり、現在と状況は異なる可能性があります。また家族信託を検討中の方は、私の体験談を参考程度にとどめ、必ず専門家にご相談ください。


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