【掌編】『魔法の解かれた先で』(第四話)
【前回のあらすじ】
舞踏会で再会した謎の男が失踪した父王だと知った王子。だが城では、母は今も心を壊したまま部屋に閉じこもり、側近ヴァルドは王子に「責務」を説き続ける。父を憎みながらも忘れられない王子は、残されたゴムサンダルを隠し持ったまま、自らの中に父の面影を見出してしまう――。
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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第四話
着替えを済ませ、ヴァルドの待つ書庫へ向かう。廊下には、いくらか高くなった朝日が光の筋を伸ばしていた。赤い絨毯を踏みしめるたび、自分の足音だけがやたらと大きく響くように聞こえる。
使用人たちとすれ違うたび、彼らは無言で廊下の壁に張り付くようにして退き、一様に深く頭を下げる。私は軽く頷きを返しながら、彼らの脇を通り過ぎていく。
ふいに幼い頃の記憶が蘇る。私は先王の後ろについて、今と同じように廊下を歩いていた。その背中は壁のように大きかった。
先王は、すれ違う使用人ひとりひとりに声をかけ、時にふざけて笑い合っていた。それをヴァルドに見つかるたび、『陛下、もっと王としての威厳をお持ちください』とあの低い声で諭されていた。だが、ヴァルドの姿が見えなくなると、私の方を向いて頭を掻きながら、面倒くさそうに笑うのだった。
あの男が姿を消してからは、玉座は空席のままヴァルドが王政の代行を担っている。あの日以来、城内の温度はいくらか冷たくなったように思う。王族と平民の接触は必要最低限に絞られ、使用人たちも笑顔を見せることはなくなった。
初めのうちは私も違和感の中で悶々としていたが、そんな私の心の内を悟ってか、ヴァルドは事あるごとに告げた。
『王子たる者、強くあらねばなりません。民との馴れ合いは王政の地盤を緩め、衰退を招く。王とは生来孤独の中にあるものです』
その度に私は、自分の中から少しずつ何かが削り取られていくような気がしていた。
廊下の先にある重厚な木の扉を開くと、埃を含んだ空気が鼻先をかすめた。天井まで届く巨大な本棚のせいで、書庫はいつも薄暗い。
中央でぼんやりとランプに照らされた広い机には、既に分厚い書物が積み上げられていた。私は真っ直ぐ席に着く。机の向かいでは、ヴァルドが開かれた本にじっと視線を落とし、文字を追うように細い指を滑らせていた。
「殿下、国を統治するうえで最も必要なものは何だと思われますか」
彼はそう言って顔を上げた。唐突な問いに、常々ヴァルドに言われていることを思い返しながら答える。
「……王の威厳でしょうか」
「もちろん、それも重要です」
ヴァルドは静かに頷く。
「しかし、それだけでは国は治まりません」
彼は窓の外へ目を向けた。
庭園では庭師たちが薔薇の枝を整えている。その手には迷いがなかった。彼らの目には、どの枝を残し、どれを切るべきかその境が見えているのだろう。
「庭園を美しく保つためには、切り落とす枝を選ばねばなりません」
静かだが低く深い声が、閉ざされた書庫のなかで僅かに反響する。
「放置された庭は、やがて死に向かう。雑草は見境なく伸び続け、害虫が湧き、花を枯らしていく」
そう言いながら、彼は机上の羽根ペンを持ち上げた。
「それは国においても同じことです」
静かな声だった。
「人間とは弱い生き物です。何もせずに放っておけば、怠惰に走り、欲を持つ。欲望は争いを生み、国は内側から滅んでいく。だからこそ王は民を正しく導かねばならない」
羽根ペンの先がまっさらな紙の上を静かに滑り、さらさらと文字が刻まれていく。
「法を敷き、秩序を与え、時に力を行使し罰を与える。そうして初めて国は形を保つことができるのです」
「国を支えているのは民ではないのか?」
私は思うままに告げた。こちらを見つめるヴァルドの鋭い目にぐっと力がこもり、地を這うような低い声が響く。
「……一線を引かねばならない、ということです」
ヴァルドの瞳の奥で渦巻く暗い淀みが、私の意識をじんわりと侵食していく。同時に、窓の外でパチンと枝を切り落とす音が聞こえた――。
掌編『魔法の解かれた先で』
第五話へ続く→
第四話のご拝読
ありがとうございます✨️
【次回の見どころ👀】
冷たく閉ざされた王宮に、一通の書簡が小さな春を運んでくる。隣国の姫との淡い記憶に触れた時、王子の胸に芽吹く感情とは――。
📔第五話の更新は
5/29(金)19:30を予定しています。
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