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【掌編】『魔法の解かれた先で』(第十二話)

【前回までのあらすじ】

 先王によく似た男の遺体が発見されたと聞かされた王子は、その報せを頑なに否定する。舞踏会で確かに父の姿を見た自分には到底信じられなかったのだ。しかし、憎しみを向けるべき相手を失うことへの戸惑いもまた胸を締め付ける。遺体を自ら確かめたいと訴える王子をヴァルドは制止するが、王子の心はすでに北方へ向かい始めていた。

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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 第十二話

 夜が更けても、私は窓辺に立ったまま空を見上げていた。今夜は母の状態も少しは落ち着いているようで、城内は静けさに満ちている。
 塀の向こうに見える城下町の明かりもいつしか小さくなり、時々汽笛のようなフクロウの鳴き声が聞こえるだけだった。

 明け放った北側の窓。そこから遠くに見える山並みの輪郭をとらえるように私はじっと目を細めた。ヴァルドが言っていた北方の街道というのは、あの山を越えたところにある。ここから歩いて向かうにしても、また日が昇って落ちるくらいの時間はかかりそうだった。

 街道で見つかったという遺体は、本当に先王のものなのだろうか――。
 ヴァルドも確証はないと言っていた。兵士たちが身元の確認を進めているとも。
 待てば答えの方からやってくることなど、理屈では分かっている。ヴァルドの言うとおり、数日もすれば兵士が戻ってきて全てを明らかにするだろう。
 だが、そのたった数日でさえ、私には永遠のように長い時間のように思えた。

 私は窓枠に手を置いたまま深く息を吐く。 頬の脇を流れる冷たい夜風は僅かに湿り気を帯び、雨の予兆を感じさせた。
 もし本当にその遺体が先王のものだったとしたら。逆に別人だったとしたら――。
 どちらなら私は納得するのだろう。考えれば考えるほど頭の中は混乱するばかりだった。

 その時だった。
 背後で控えめなノックの音が響く。
「殿下、起きていらっしゃいますか?」
 聞き慣れた声だった。
「入れ――」
 声を待って扉が静かに開く。顔を覗かせたのはシュバルツだった。少し癖のある栗色の髪を小さく掻きながら、遠慮がちに部屋へと入ってくる。
「まだ灯りが見えましたので」
 シュバルツの縮こまった姿を見て、私は苦笑した。
「どうにも眠れなくてな……」
「そうでしょうね」
 シュバルツは同情を見せながら眉頭を上げて笑う。

 シュバルツがこの城にやってきたのは、私が初めてエミュニアを訪れたあの日より一年ほど前のことだった。先王はすでに城からいなくなっており、私を囲む側近も彼とさほど変わらない歳の者が多かったから、シュバルツと初めて会った時には、まるで歳の離れた兄ができたように嬉しかった。もちろん王族とそれに仕える者という身分差はあれど、彼と話しているときにはヴァルドに対するときのような息苦しさを感じることはなかった。

 私は窓辺から離れ、部屋の中央にある椅子へと腰を下ろし、背もたれに体を預ける。私の息が落ち着くのを確認してシュバルツも向かいに座った。窓から入り込む夜風が二人の間に漂う沈黙を揺らしている。

「なぁ、シュバルツ」
 このまま沈黙が続けば、また考えなくてもいいことを考えてしまうように思えて、耐えかねず私は口を開いた。
「はい、なんでしょう」
 シュバルツは背筋を伸ばしたまま静かに微笑んだ。
「確か、私につく前は衛兵団にいたんだったな」
「ええ。代々の家系でしたので」
 シュバルツが遠い過去を懐かしむように目線を上げる。
「先王と会ったことは?」
 私から出た言葉が意外だったのか、彼は目を丸くした。
「はぁ――訓練を視察に来られた際に一度だけお話をさせていただいたことがあります」
「王はどんな男だった?」
 私が尋ねると、シュバルツは慌てた様子で眼前に手を振った。
「そんな……私ごときが陛下について語るなど畏れ多いことで……」
「――先王はすでに死んでいるかもしれない」
 彼の言葉を遮るように放った声は、自分でも驚くほど低かった。シュバルツはそれを聞いて静かに目を伏せる。

 僅かな沈黙の後、彼は静かに口を開いた。
「――噂には聞いています」
 自分の言葉を確かめるようなゆっくりとした口調だった。
「北方の街道で遺体が見つかったとか……」
 私は静かに頷き、シュバルツの目をまっすぐに見つめた。
「確かめに行こうと思っている」
 私を見るシュバルツの目は、動揺と疑念が混じるように小さく揺れていた。
「ヴァルド様は何と?」
「もちろん反対された」
 私は苦笑する。
「彼はいつも冷静に先を見ている」

「だが……」
 私は窓の外へと視線を向け、遠く北の地に思いを馳せる。
「あの男がそんな簡単に死ぬとは思えないんだ。それに、死んでもらっても困る」
 自分の口から出た言葉なのに、その真意を掴みあぐねていた。
 責任から逃げ出し、母を苦しめた男。その憎しみが消えることはない。
 あの男が城からいなくなってからというもの、まるで川も湖も干からび木々も枯れ果てた荒野の真ん中で、檻に閉じ込められたまま放置されているような心地だった。いつになればこの檻から出られるのかと、ずっと一人で寒さに震えていた。
 しかし同時に、いざ檻から出られたところで、その先でどうするべきなのかが分からずにいた。どちらが目指すべき方向なのかも分からず、荒れ果てた荒野を歩けるだけの力が知恵が、果たして今の私にあるのだろうか――。

掌編『魔法の解かれた先で』
 
第十三話に続く


 第十二話のご拝読
 ありがとうございます✨️

【次回の見どころ👀】
 王子の決断とシュバルツの過去。
 とうとう物語は大きく動き始める。

📔第十二話の更新は
6/5(金)19:30を予定しています。

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結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。