【掌編】『魔法の解かれた先で』(第十一話)
【前回までのあらすじ】
母を救えない無力感に苛まれる王子は、ヴァルドの執務室で王妃の容態について問いただす。しかし返ってくるのは「最善は尽くしている」という曖昧な言葉ばかりだった。やがて王子は、母が苦しみ続ける原因は失踪した先王にあると憎しみを露わにする。するとヴァルドは重い口を開き、北方で先王によく似た男の遺体が発見されたと告げるのだった。
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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第十一話
「現在、兵士たちが身元の確認を進めております……」
ヴァルドの声はまるで窓の外に広がる夜の闇のようにしんと張り詰めたような静けさをまとっていた。淡々とした口調で続ける彼の表情には僅かばかり悲しさが滲んでいるようにも見えたが、それもまた遠くの空で小さく瞬く星のように、見ようとしているから見えているような不確かなものだった。
「兵士の報告によれば、男の顔は――」
「――違う」
自然と声が漏れた。と同時にヴァルドが静かに言葉を飲み込んだ。
「そんな事はあり得ない……」
声が荒ぶる。私は必死に首を振った。頭のなかに沸き上がってくる雑念を消し去りたかったのかもしれない。
「誰かと見間違えたんだろう」
そうだ。別人に決まっている。
あの男はついこの間、城の舞踏会に来ていたではないか。そこで私は確かに見た。顔を覆い隠して走り去っていくあの男を。見窄らしい格好ではあったが、先王に間違いない。
あの夜、あの男は生きていた。一晩や二晩で、死んでしまうようなことがあるか。
「王はまだ生きている……」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
「何かの間違いだ――」
ヴァルドは私の口から全てが流れ出るまで一切反論をしなかった。そして私が口を閉ざしたのを見計らったかのように、そっと口を開いた。
「その可能性も十分にございます」
その落ち着いた表情が余計に腹立たしかった。
私は立ち上がった。
「確認する」
ヴァルドが椅子に腰掛けたまま僅かに眉を動かす。
「何をです」
「その遺体に決まっている」
自分でもなぜそんなことを言ったのか分からなかった。
何を確かめるというのだ。今さら顔を見たいわけでもあるまい。死んだのならそれはそれでいいはずだ。
あれは母を苦しめた男だ。私の人生をめちゃくちゃにした男だ。
なのに。それなのに――。
「誰が何と言おうと確かめる」
胸の奥で何かが軋む。
もし本当に死んでいたとしたら、この私の憎しみはこれからどこへ向ければいいというのだ。
母の苦しみは誰のせいにすればいい。
城の中に重く沈んだ苦しみや怒りは、どこに流せばいい。
ヴァルドはじっと私の目を見つめていた。そして静かに首を横へ振る。
「それはおすすめできません」
「なぜだ」
「あまりに遠すぎます」
ヴァルドの声は冷静だった。
「それに間もなく身元の確認も終わるでしょう。殿下が自ら赴く必要などございません」
正しいということは、なぜこれほどまでに残酷なのだろうか。
ヴァルドの言うことは何一つ間違っていないのに、私の中の何かがその言葉を拒絶していた。
窓の外へ目を向ける。すっかり日の落ちた深い闇の向こうに父の姿を探すように。
――北に向かわなければ。
そう思った。
浅ましくも、私が心から行きたいと思えた場所は、エレノアが言うような未知の喜びにあふれた夢の島ではなかった。
それでもそれが私の心から湧き上がる欲求であるならば、私もそこに忠実であるべきではないのか。
エレノアが、そうだったように……。
掌編『魔法の解かれた先で』
第十二話に続く→
第十一話のご拝読
ありがとうございます✨️
【次回の見どころ👀】
先王の遺体が見つかったという北方の街道に思いを馳せる王子。ヴァルドの忠告とのあいだで王子が下す決断とは。
📔第十二話の更新は
6/5(金)19:30を予定しています。
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