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【掌編】『魔法の解かれた先で』(第十三話)

【前回までのあらすじ】

 北方で発見された遺体が本当に先王なのか確かめたい王子は、眠れぬ夜を過ごしていた。そんな彼のもとを訪れたシュバルツに、王子は初めて父への複雑な思いを打ち明ける。憎みながらも死んでほしくはない――その感情の正体を掴めないまま、王子は自らを檻の中に閉じ込める存在として先王を思い返し、自分の進むべき道について思い悩むのだった。

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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 第十三話

 先王が死んでいるはずがない。そんな心の声に自ら触れてみても、それが確信なのか願望なのかがはっきりとしない。

 シュバルツへ視線を戻すと、彼は次に発する言葉を選ぶようにじっと机を見つめていた。口を開く前に小さく息を吸い、静かに話し始めた。
「――私は父のことをよく知りません」
 顔を上げたシュバルツの表情は穏やかだったが、その目の奥は小さく揺れていた。
「私が幼い頃、戦で亡くなったと母からは聞いています」
 シュバルツが小さく微笑む。
「――顔も覚えてはいません。どんな声だったのか、母とどのような言葉を交わしていたのかも知りません」
 窓から吹き込む夜風に乗って、彼の言葉がゆっくりと胸へ染み込んでくる。

 彼は遠く窓の外へと視線を向けた。彼が山の向こうに見ているものは、私が見ていたものとは違うもっと静かで優しいもののようだった。
「私の口から申し上げるのはとても僭越に思えますが――」そう前置きをして、シュバルツはわずかに姿勢を正す。「もし、少しでも生きている望みがあるのであれば、元気なうちに会っておかれた方がいいのではと思います」

 私は何も返せないまま口をつぐむしかなかった。そんな私の様子を見てか、シュバルツは慌てたように身を乗り出した。
「あっ、いえ! これは私個人の話でして!」顔を赤くして両手を振る。「殿下に向かって何を言っているんだ、私は……」
 シュバルツの取り乱す様子に私は思わず吹き出した。久しぶりに自然に笑った気がする。
「殿下、そんなに笑わないでください!」
「いや、お前らしいよ」
 胸の奥にあった重苦しいものが少しだけ軽くなる。同時に、すっとたがが外れたように小さな衝動が体の奥の方から私を突き上げる。

 私は気づけば立ち上がっていた。今なら何でもできそうな気がした。違う。やるなら今だ。今を逃してはいけないのだ。
「シュバルツ!」
「はい!?」
 シュバルツは私の勢いに押されるように、背もたれへと体を仰け反らせていた。
「ついてきてくれるか!」
 彼はきょとんとした顔で数回瞬きした後、疾風のように姿勢を正して、ぐっと目に力を入れた。
「もちろんですとも!」
 とても心強い返事だった。それだけで私の士気も上がってくるような心地がした。シュバルツがこうして声をかけてくれたことがうれしくて、頼もしくて――。

「あっ……」
 シュバルツがぽかんと空に放り投げるような声を上げ、私の視線が思わず彼の顔へと落ちる。
「ですが、私でいいんでしょうか……?」
 シュバルツの不安を抱えた笑顔に、思わず気が抜けるような笑い声が漏れた。
「お前以外に誰がいるんだ」
「いつも殿下の足を引っ張ってばかりなので――」
 まったく、この男はどこまでも自嘲に満ちている。しかし、答えるまでもない。彼だけは私と一緒についてきてくれるという確信は、揺るぎなく私の身を支えてくれている。

「道中、私を一人で危険に晒すつもりか?」
 照れ隠しのようにそう言うと、シュバルツはようやく笑った。
「お支えします、殿下」
 そう言って彼も立ち上がった。そして、胸に拳を打ち付けて息を整えると、それまでより覇気のある声を上げた。
「殿下、それでは早速準備を初めましょう」
 シュバルツのそれほどまでに力強い姿を見たのは初めてのような気がして、私の背筋にもピンと何かが張り詰めた。同時に、私自身の決意に僅かな空白がぽかんと浮かぶ。

「――ところで」
「はい!」
 シュバルツが威勢よく返事をする。
「……いったい何を準備すればいいのだ」
 私がそう告げた瞬間、シュバルツの表情が固まった。すぐに気が抜けたように笑みを浮かべる。
「殿下、私がこうして訪ねてきたことを感謝してほしいものですね」
「うるさいな、慣れていないのだ……」
 ついつい口調はぶっきらぼうになるものの、まさに彼の言うとおりだった。私ひとりでは何もできなかったに違いない。
「私がお手伝いいたします。何があっても殿下をお守りしますのでご安心を――」
 そう言ってシュバルツは一層笑みを深めた。シュバルツが向かいでスッと手を差し出した。私はその手を取り、ぐっと握りしめる。そこでようやく決意が固まった気がした。
 ――私はこの城を出る。決行は明日の夜だ。もう迷いはない。準備を整えよう。

 窓の外に浮かぶ月は、北へと向かう細く長い道を静かに照らしていた。そして、その柔らかな光は、静かに私たち二人の決意をも包みこんでいるようだった。

掌編『魔法の解かれた先で』
 
第十四話に続く


 第十三話のご拝読
 ありがとうございます✨️

【次回の見どころ👀】
 いよいよ城を発つ決意をした王子だったが、ヴァルドはそれを快く思っていないようで……。

📔第十四話の更新は
6/7(日)19:30を予定しています。

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結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。