見出し画像

【掌編】『魔法の解かれた先で』(第六話)

【前回のあらすじ】

 ヴァルドの講義の後、書簡に目を通していた王子は、隣国エミュニア王国から届いた手紙を手に取る。王子の記憶は初めてエミュニアを訪れた日の庭園へと遡る。そこで待っていたのは、木の上で鳥の巣に手を伸ばそうとする自由奔放な少女との出会いだった。

■マガジン『魔法の解かれた先で』

 第一話から読みたい方はこちらから


※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 第六話

「危険ですので降りてください!」
 広大な庭に騎士の声が飛んだ。
 しかし、エレノアは彼の慌て様をまるで気にしていないかのように視線を枝の先へと向けた。
「だって、あんな所に放っておいたらいずれ落ちてしまうわ」
 その様子に恐怖心というものはまるで感じられず、当時の私は彼女が本当に姫なのかと疑いたくなるほどだった。

「何をおっしゃいますか。姫様に何かあれば、それこそ一大事です」
「私は大丈夫よ、安心して」
 満面の笑みを浮かべるエレノアとは対照的に、彼女を見上げる騎士の顔は徐々に血の気を失っていく。

 次の瞬間、エレノアは鳥の巣に手を伸ばすようにしてぐっと身を乗り出した。
 彼女が跨っている枝は私の太腿より太かったが、それでも彼女が体を動かすたびに大きくしなりをみせた。その光景に思わずハッと息を飲む。 

 そして、恐れていたことが起きた。ミシミシと軋んだ音のあと、パキリ――と枝の根元から嫌な亀裂音がしたのだ。

「ひっ!」
 騎士の男が小さく悲鳴のような声を漏らし、私の背筋もゾクリと震えた。

 案の定、枝は大きく地面へ向けて角度を変え、その反動でエレノアの身体も宙へと放り落とされた。
「きゃっ!」
 エレノアの短い悲鳴を聞いて、私は反射的に駆け出していた。

 ――お願いだ! 間に合ってくれ!

 必死に伸ばした腕は予想に反してはるか遠くまで伸び、私は芝生へとつんのめるように倒れ込んだ。

「痛ってて……」
 と顔を歪めた途端、ドスンと背中に強い衝撃を感じて、思わず大きな叫び声を上げてしまった。身動きが取れずに首だけで振り返ると私の背中の上で、エレノアがポカンとした顔をしてこちらを見つめていた。

 透けるような白い肌にほんのりと熱を持ったような赤い頬。ふんわりと花のような香りが鼻先をかすめる。
 透き通るような青い瞳と目が合って、私は思わずドキリとした。

「う、うわぁ!」
 恥ずかしさから思わず彼女を跳ね飛ばして、芝生の上を滑るように後ずさる。 

 エレノアが反動で尻もちをつくと、慌てた様子の騎士が駆け寄って彼女の体を支えるように手を回した。
「姫様に何をなさるのか!」
「い、いや……。つい手が動いて……」
 私がしどろもどろになっていると、エレノアは痛みに耐えるようにしてゆっくりと立ち上がりながら騎士の男をぐっと睨みつけた。
「無礼なのはあなたですよ、ミゲル。あの方は私を助けてくれたの。お礼のひとつでも言えないの!?」
 エレノアの言葉でミゲルと呼ばれた騎士は黙り込み、膝立ちのまま頭を下げた。怒りの矛先は自分に向かっているとばかり思っていた私は、目の前の状況に少しばかり唖然としていた。

 すると、彼女は突然ハッと何かを思い出したように折れた枝の方へと駆け寄った。地面に転がった枝の先には、あの鳥の巣がまだ辛うじて形を保ったまま放り出されていた。

 エレノアはゆっくりと巣へと手を伸ばし、中に残されていた小さな卵を慎重にすくい上げた。
「よかった――。無事だったのね」
 エレノアは手の中の卵にそっと頬を寄せ、安堵に満ちた笑みを浮かべた。その表情に私の胸が再びドクンと大きな音を立てる。

 その頃の私にはまだ、その感情がなんなのかうまく説明がつかなかった。でも、何故か彼女から目を離せなくなっていたことには間違いなかった。


掌編『魔法の解かれた先で』
 
第七話に続く


 第六話のご拝読
 ありがとうございます✨️

【次回の見どころ👀】
 その日の夜、食事会でたまたま隣の席に座ることになった王子とエレノア。あまりに自分と違うエレノアの性格に、王子は何を思うのか。

📔第七話の更新は
5/31 (日)19:30を予定しています。

よければ『スキ』『フォロー』『マガジン登録』もいただけると励みになります💪

■マガジン『魔法の解かれた先で』

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


いいなと思ったら応援しよう!

結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。