【掌編】『魔法の解かれた先で』(第七話)
【前回のあらすじ】
過ぎし日のエミュニア王国で、王子は樫の木の上から鳥の巣を救おうとするエレノア姫と出会う。危険を顧みず身を乗り出した彼女は枝の破損によって落下し、王子は咄嗟に駆け出してその身を受け止めた。無事だった卵を愛おしそうに見つめる彼女の姿に、王子は初めて説明のつかない特別な感情を抱き始める――。
■マガジン『魔法の解かれた先で』
第一話から読みたい方はこちらから
※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第七話
食事会の会場である大広間は多くの人で賑わっていた。楽団が奏でる穏やかな音楽に合わせ、貴族たちが思い思いに談笑している。
壁際の長いテーブルには、焼き上げられた肉料理や色鮮やかな果物、見たこともない異国の菓子が所狭しと並んでいた。
私は会場の隅の方でただひとり辺りを見回していた。側近たちと完全にはぐれてしまったのだ。先ほどまでは確かに近くにいたはずなのだが、人の流れに押されるうちに見失ってしまった。
周りを見渡しても知らない大人たちばかり。誰もが笑顔を浮かべているのに落ち着かない。
私は壁際へ移動し、果実酒の代わりに葡萄の果汁が注がれたグラスを手に取った。
窓の外では夕焼けが庭園を赤く染めている。あの樫の木も見えた。
エレノアの体を受け止めたときの重みが蘇る。けっこう強い衝撃だったが、怪我はしていなかっただろうか。
そんなことを考えていた矢先のこと。
「見つけた!」
突然、背中から弾むような声がした。
驚いて振り返ると、そこにはエレノアが立っていた。
昼間とは違う真っ白のドレスだった。金色の髪には百合の花を模した小さな髪飾りが付いていた。夕日に照らされてほんのりと暖色を帯びた姿は、とても柔らかく輝いて見えた。
――かわいい……。
私は思わず心のなかでそう呟いていた。
「探したのよ」
彼女はそう言って嬉しそうに笑う。
「探すって、僕を?」
「そうよ」
当然のように頷く。なぜかその一言だけで胸が少し騒がしくなった。
「だって、昼間のお礼もちゃんと言ってなかったもの」
エレノアは軽くスカートの裾を摘み、淑女らしく一礼した。
「助けてくれてありがとう」
急に真面目な顔で礼を言われると困ってしまう。私は視線を泳がせながら答えた。
「いや、あれはたまたま近くにいただけだし……」
「優しいのね」
またそう言って笑う。その笑顔を見ていると、なぜかドキリとしてその次の言葉が出てこなくなる。
昼間からずっと調子を狂わされている。彼女といると、自分がいつもより不器用になる気がした。
「ところで――」
エレノアはテーブルから菓子を摘まみながら言った。
「お食事は楽しんでる?」
「え?」
「だってさっきから難しい顔してるもの」
エレノアはお菓子の詰まった口をモゴモゴと動かしながらも、私の顔を心配そうな顔で見つめていた。私は慌てて頬に手を添えたが、自分がどんな表情をしていたかは分からなかった。
「そう見えるかな……」
「うん。緊張してるみたい」
全部顔に出ていたのかと、私は苦笑する。
「こういう場はあまり得意じゃないんだ」
「そうなの?」
私は小さく頷いた。どうしてか、彼女には気を使わずに本音を話すことができた。
「人が多いのは苦手なんだ……」
「へえ」
意外そうな顔をされた。王子なのに社交の場に慣れていないのか、と不審に思われたのかもしれない。 「王子様って大変ね」
エレノアはまるで他人事のように葡萄をひと粒口へ放り込む。
「いや、あなたもお姫様なんだから――」 私が言いかけた言葉にエレノアの声がかぶさる。
「ねえ……」
彼女の視線は私の顔をすり抜けて、後ろにある窓の外に向いているようだった。
「何?」
視線に導かれるようにして窓の外を見る。太陽の頭がまさに地平線へ沈もうとしているころだった。
「もし今すぐ好きな場所へ行っていいって言われたら、どこへ行く?」
その声はスッと透き通るような声だった。期待でも羨望でもなく、退屈な日に暇つぶしを考えるような静かな響き。
私は少し考えて答えた。
「東の港町かな」
「港町?」
彼女の視線が興味津々にこちらを向いた。私は僅かに背筋を伸ばして、正装の襟元を小さく正した。
「この国と海を挟んで交易している重要な場所なんだ。現地の様子を視察して、貿易や税制について――」
そこまで言ったところで、エレノアが「ふふっ」と上品に吹き出した。
「な、何だよ」
「あなた本当に真面目ね」
彼女は笑いながらそう言った。私は思わず語気を強めて言い返す。
「そんな笑うことはないだろう」
王子たる者、日々国のために学ばなければいけない。それなりに考えて答えたのに、この言われようだ。エレノアはまだ楽しそうに笑っている。
「ごめんなさい、だってあなた全然楽しそうじゃないんだもの」
私は急に居心地の悪さを覚えて、視線をどこに向けていればいいのか分からなくなった。エレノアの顔を真っすぐに見つめられない。
そんな私の様子に気づいてか、不意に彼女が顔を近づけてきた。青い瞳がすぐ目の前に現れ、慌てて後ずさる。
「なっ、何だよ!」
そう返した声は少し裏返っていた。
エレノアはまるで私の心を読んでいるようにニヤニヤと笑みをこぼす。
「本当に?」
「もちろんだ」
そう答えたものの、まさか問い返されるとは思わず、自信がなくなってきていた。エレノアはまるで興味をなくしたように視線を虚空に向け「ふーん」と間延びした相槌を打ってみせた。
何だか悔しい気持ちを胸に抱えたまま、しばらくは楽団の演奏と人々の歓談の声だけが私の耳に響いていた。
掌編『魔法の解かれた先で』
第八話に続く→
第七話のご拝読
ありがとうございます✨️
【次回の見どころ👀】
まるで王子の胸の内を透かし見るようなエレノアの問いかけに、王子は自分の本心と向き合い始める。
📔第八話の更新は
6/1 (月)19:30を予定しています。
※台風6号の進行状況により、投稿を見送る場合がござい🙇
よければ『スキ』『フォロー』『マガジン登録』もいただけると励みになります💪
■マガジン『魔法の解かれた先で』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いいなと思ったら応援しよう!
私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。
よろしければ応援よろしくお願いいたします。