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【掌編】『魔法の解かれた先で』(第八話)

【前回のあらすじ】

 舞踏会で再会した謎の男が失踪した父王だと知った王子は、複雑な思いを抱えながら王としての教育を受け続けていた。そんな中、隣国エミュニアから届いた書簡をきっかけに、幼い日の思い出が蘇る。自由奔放なエレノア姫との出会い、彼女を助けた出来事、そして食事会での再会。王子は彼女との会話の中で、自分でも知らなかった本心を少しずつ見つめ始める――。

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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 第八話

 窓の外にはまだ少しだけ太陽の面影がのこっていた。星の瞬き始めた群青色の下で、遠くに見える山並みがぼんやりと青白い輪郭を宿している。
 楽団の奏でる音色が僅かに毛色を変え、穏やかで優しい雰囲気に振れた。音に導かれるようにその場にいた紳士淑女が互いに手を取り合ってフロアの中央へと進んでいく。

 エレノアはワイングラスの代わりに手にしていた果汁入りのグラスをくるりと回した。深い赤色の液体が光を受けて揺れる。
「私が行きたいのはね……」
 彼女は遠くに思いを馳せるようにして視線を僅かに上へ向けた。
「地図に載らない島……かな」
「地図に載らない島?」
 私は思わず言葉そのままに聞き返した。
「うん。この世界のどこかにあるんだって。旅の行商人が言っていたわ」
 エレノアは当たり前のように頷いて肩をすくめた。

 私にはよく分からなかった。あるかどうかも分からない場所――。そんな曖昧なものを目指して何になるというのだろう。
「そんな場所へ行ってどうするんだ」
「どうするって――」
 エレノアは楽しそうに笑う。
「見てみたいじゃない?」
 私は首を傾げると、シャンデリアの明かりを取り込んだ瞳が私を見つめる。
「誰も見たことのない景色とか、誰も知らない花とか。それに、まだ見つかっていない生き物もいるかもしれないわ」
 彼女は指折り数えながら楽しそうに話をする。
「もし何もなかったら?」
 私の言葉に、エレノアが目をパチパチとしばたかせ、唖然とした顔でこちらを見る。
「あなたって本当に変な人」
 エレノアはすぐに小さく笑う。私はなにも言葉を返せなかった。

 私は何かおかしなことを言っただろうか。具体的な目的があるわけでもない。利益があるわけでもない。ただ行ってみたいというだけ。
 でも、ただそれだけのことが、なぜか少しだけ羨ましく思えてしまった。

 ヴァルドはいつも言っていた。王子たるもの、常に国のことを考えねばならない、と。――そうだ。東の港町なんて王子として行っておくべきところであって、行きたいところではない。

 私の行きたい場所――。それはどこなんだろう。考えようとするが頭の中には何も浮かんでこなかった。

「――殿下!」
 人混みの向こうから声が聞こえた。
 振り向くと、一人の青年が慌てた様子でこちらへ駆けてくる。同行していた側近のシュバルツだった。ようやく見つけた、と言わんばかりの顔をして、私の前に立ち止まると肩で息をした。
「どこへ行っていたんだ」
 私が呆れたように言うと、シュバルツは深く頭を下げた。
「申し訳ありません。人の流れに押されてしまいまして」
 歳は私より五つほど上だったが、昔から少し抜けたところのある男だった。真面目ではあるのだが、肝心なところで要領が悪い。

 私が苦笑していると、隣でエレノアが小さく口を開いた。
「こちらの方は?」
「ああ――」
 私はシュバルツへと視線を向けた。
「国から連れてきた側近だ」
「ふーん」
 エレノアはそれだけ言って彼を見つめた。何かを考えているようにも見えたが、すぐに視線は踊る人々の輪へと向かった。

 急にエレノアが私の腕をぐっと掴んで引っ張った。
「ねぇ、私たちも踊りましょう」
 エレノアがニコリと笑う。私は社交ダンスなんてしたこともなかったから、正直戸惑っていた。
「大丈夫、私がリードしてあげるから」

 王子としてそれはどうかと思ったが、足は自然とフロアの中央に向かっていた。外の世界というのはこれほどまでに新しいことに溢れているのか、と当時の私は胸を躍らせていた。


「……殿下」
 不意に背後から声がした。
 ハッとして顔を上げると、すっかり薄暗くなった書庫に鈴の音のような虫の声が響いていた。

 いつの間にか私は回想の中へ深く沈んでいたらしい。声をかけてきたのはシュバルツだった。
「……大丈夫ですか?」
 とても不思議そうな顔をしていた。
「ああ、少し没頭していただけだ……」
 シュバルツは私がそう言うと、ほっと胸を撫で下ろすように小さく息を吐いた。
「ヴァルド様が殿下を探していらっしゃいましたよ」
「そうか……」
 私は小さく頷き、机の上に視線を落とす。そこにはエミュニア王妃からの手紙が広げられたままになっていた。

『娘も庭の樫の木を見つめながら、毎晩のように王子に会いたいと申しております』

 思わず口元が緩み、私もつられるように窓の外を眺める。樫の木は夜の静けさの中でぼんやりと佇んでいた。
 いまも彼女は窓から樫の木を見ているだろうか。どこかにある地図にも載らない島は見つかっただろうか。

 そんなことを考えながら、私は静かに立ち上がる。ヴァルドのところへ向かわなければならない。いつもと同じように、王子として――。
「行ってみたい場所……か」
 私が小さく呟くと、シュバルツが「殿下?」と首を傾げた。
 私はただ「何でもない」とだけ返して、書庫を後にした。

掌編『魔法の解かれた先で』
 
第九話に続く


 第八話のご拝読
 ありがとうございます✨️

【次回の見どころ👀】
 エレノアとの思い出は、王子の脳裏に『外の世界』への憧れを抱かせる。そんな中、またひとつ大きな事件が……。

📔第九話の更新は
6/2(火)19:30を予定しています。

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結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。