【掌編】『魔法の解かれた先で』(第二話)
【前回のあらすじ】
舞踏会で王子は謎めいた美女に心を奪われる。しかし深夜、彼女は突然取り乱して逃走。カーテンの隙間から覗いた素顔は、失脚し姿を消したはずの父王そのものだった。残された片方のゴムサンダルを握り締めながら、王子の胸には困惑と怒りが渦巻き始める――。
■マガジン『魔法の解かれた先で』
第一話から読みたい方はこちらから
※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第二話
先の王が城から姿を消したのは、私がまだ十歳にもならない頃だった。
いつからいなかったのかもよく分からない。朝食の場に顔を出さなかったのはいつものことで、どうせ遅くまで寝ているのだろうと深くは考えなかった。あの男は昔から自由奔放だった。そのうち帰ってくるだろうと高を括っていたが、昼になっても、日が暮れる頃になっても帰ってくることはなかった。
ヴァルドにそのことを尋ねても『また勝手に抜け出して、遊び呆けているのでしょう』と呆れた様子で深く息をつくだけだった。
それから十日が過ぎてもあの男は城に戻らなかった。
母はというと、あれから毎日のように部屋にこもって涙を流していた。ヴァルドの指示で近隣の捜索も行われたが、一向に見つかる気配がない。
母はほどなくして部屋から出るのを拒むようになった。ヴァルドからは体調を崩しているだけだと説明を受けたが、幼心にそんな簡単なことではないのは何となくわかっていた。
次第に母は、使用人や側近たちにすら面会を拒否するようになった。
部屋の窓は朝から晩まで分厚いカーテンで遮られ、外からも中の様子をうかがうことはできなかった。
使用人たちが出入りを許されたのは、薬と食事の配膳の時のみで、その時以外は部屋の扉にも常に鍵がかけられていた。
幼かった私は、それでも母に会おうと、何度も部屋の扉を前に声をかけた。
『母上、お体の調子はいかがですか?』
しかし、声が返ってくることもない。
その様子をヴァルドに見つかると、いつもの低く淡々とした調子で諭された。
『おやめください、殿下』
白い手袋を嵌めた手が、やんわりと私の肩を押し戻す。
『王妃様は療養中です――』
怒鳴ることも感情的になることもない。ヴァルドの声を聞くたびに、頭の中にどす黒い靄をまとった波が打ち寄せるようで、次第に自分の考えていることが分からなくなる。
『今お会いになれば、かえって王妃様のご負担になります。あなたは王子なのですよ。今は自らの責務に集中なさってください』
私は唇を噛む。幼いながらに理解していた。ここで駄々をこねることは王子らしからぬ振る舞いだ。私は静かに頷くしかなかった。
それでも、気がつくと私は母の部屋の前で立っているのだった。分厚く冷たい扉の前で、向こう側にいる母の姿をただ想像することしかできなかった。
扉の向こうから、ときどき空気を切り裂くような激しい咳の音が響く。その度に私は扉に握った拳を叩きつけ、母の名を呼んだ。しかし、母は言葉を返すことはなかった。
今でも夜更けになると、ベッドの中でかつての母の姿を思い浮かべる。
あの男がいなくなる前の母は笑顔を絶やすことがなかった。私がはしゃいでいる姿を遠くで微笑ましく眺めていた。その姿は川の水面を照らす陽光のように、キラキラと輝いていた。あの母はいったいどこに行ってしまったんだろう。
しんと静まり返る城内に、突如として響き渡る悪魔のような呻き声。喉の奥が千切れるように絞り出された甲高い叫び。
私は布団に潜り込んで耳を塞いだ。何度聞いても聞き慣れることはない。もうあの頃の母はどこにもいない。あの男のせいで母は悪魔に成り果ててしまった。
私はあの男を殺したいとまで思っていた。逃げたことなど今さらどうでもいい。ただ、私と母だけがこの地獄のような世界に残された事が許せなかったのだ。
掌編『魔法の解かれた先で』
第三話に続く→
第二話のご拝読
ありがとうございます✨️
【次回の見どころ👀】
父が失踪してからの王子の暮らしは決して優しいものではありませんでした。
なぜ王子はそこまで父を憎むのか。
📔第三話の更新は
5/27(水)19:30を予定しています。
よければ『スキ』『フォロー』『マガジン登録』もいただけると励みになります💪
■マガジン『魔法の解かれた先で』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いいなと思ったら応援しよう!
私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。
よろしければ応援よろしくお願いいたします。