人手不足でも“不採用”になる理由——当たり前を、当たり前と感じられなくなった社会で
朝の通勤電車の揺れは、考えごとをするときにちょうどいいリズムをつくる。
その日も僕は、いつものようにスマホでニュースを流し読みしていた。
目に留まったのは、ある採用に関する話題だった。
——「人手不足の業界なのに、なぜか何度応募しても不採用になる人がいる」
そんな問いに対して、インターネット上では「言われてみれば確かに」「なるほど」という反応が溢れていた。
僕は、それを見て思わず眉をひそめてしまった。
(これは、“なるほど”じゃない)
少なくとも、人事として10年以上採用をしてきた身からすると、それは“なるほど”ではなく、当たり前すぎるほど当たり前の話だったからだ。
だが同時に、こういう反応が多いという事実は、今の時代の“見えにくさ”を映し出しているとも感じた。
つまり——
当たり前のことが、当たり前ではなくなっている社会になったのだ。
その日の午前中、僕は採用面接を二件担当していた。面接室の扉に手をかけた瞬間、さっきのニュースの残像が頭をよぎった。
不採用の理由。
人手不足でも、不採用になる理由。
それは決して複雑ではない。
だが、この“当たり前”をあえて言語化することには、大切な意味があるのかもしれない——
そんな予感がしていた。
採用をやったことがない人は、よくこう思う。
「人手不足なら、来る人は誰でも採ればいいんじゃないか?」
だが、それは料理人に向かって「お客さんがたくさん来て忙しいなら、生煮えの食材でも出せばいいじゃないですか」と言うようなものだ。
現場はそうはいかない。
人が足りないことと、「誰でもいい」ことは、似ているようで全く違う問題だ。
むしろ、人手が足りないときほど、採用は慎重になる。
入ってすぐ辞められたら、また採用し直さなければならない。既存メンバーの負担も跳ね上がる。チーム全体の士気も下がる。
だからこそ、忙しいときほど採用の精度を上げなければならない。
不採用になる理由の多くは、結局シンプルだ。
「この人は、すぐ辞めそうだ」
「周囲を巻き込んでトラブルになりそうだ」
「組織に馴染むイメージが湧かない」
人手が足りない状況で、この“不安”を抱えたまま迎え入れるリスクは高い。
これは、飲食店でも看護の現場でもITでも建設でも同じ構造だ。
どんな仕事であっても——
人を採るのは「補充」ではなく「投資」なのだ。
採用面接をしていると、応募者の多くが“スキル”や“経験”を長く語る。
もちろん経験は大切だ。だが、僕たちが本当に見ているのはそこではない。
見ているのは——
「この人と、未来をつくれるだろうか?」
ただ、それだけだ。
・同じ方向を向けるか
・誠実にコミュニケーションが取れるか
・困難が起きたときに逃げ出さないか
・小さな違和感を放置しないか
・自分の感情を他人にぶつけすぎないか
・必要なときに“助けて”と言えるか
こういった要素のほうが、はるかにチームの未来を左右する。
そして面白いことに、すぐ辞める人と、長く活躍する人の違いは、面接の時点でほぼ分かる。
これはスキルの差ではない。
姿勢や価値観の“にじみ出方”だ。
だからこそ、姿勢に違和感を覚えたら、いくら人手不足でも採用しない。それが組織全体にとって健全だからだ。
僕が驚いたのは、SNSの反応だった。
「確かに!なるほど!」
「そうだったのか!」
「たしかに地雷の人は採用されないよな」
「人手不足でも選んでいるとは思わなかった」
……こうした声が思った以上に多かったのだ。
(これは、感覚として相当ズレているぞ)
そう思った反面、ふと気づく。
もしかすると、僕たち大人が、この“当たり前”の構造を伝えなくなったのかもしれない。
「働くとはなにか?」
「採用とはなにか?」
「組織はどうやって人を選ぶのか?」
こういう“根っこの話”を、誰も教えてくれない社会になってしまった。結果として、「人手不足なら誰でも採る」という誤解が、まっすぐ育ってしまう。
これは、その個人のせいではなく、社会の構造の歪みでもある。
採用は、その日だけの仕事ではない。
その人が3年後、5年後にどう働き、どんな影響を周囲に与え、組織をどう変えていくか。
そういった“未来の責任”を引き受ける行為だ。だからこそ、どんなに人が少なくても、「今すぐ働けるから」という理由だけでは採らない。
“すぐ働く”より“長く働ける”ほうが圧倒的に価値があるからだ。これは僕が人事として学んだというより、何百人もの社員と向き合う中で、身体で理解していった真理だ。
不採用が続くと、誰だって不安になる。
だが、そのときに考えるべきは、「どうすれば受かるか?」ではなく「なぜ採られないのか?」という問いだ。
採用担当は怖くて厳しい人ではない。組織の未来を守る責任を背負っているだけだ。そして“不採用”の理由のほとんどは、本人が悪いからではない。
ただ——
・コミュニケーションが噛み合わなかった
・表情や態度が不安を生んだ
・相手の話を遮った
・質問の意味を最後まで聞く前に答えた
・転職理由があいまいだった
・過去の職場の愚痴がにじんだ
こういう小さな積み重ねが、不安につながる。
人手不足であっても不採用になる人とは、この“不安”がどうしても拭いきれない人だ。これは評価でも差別でもない。単なる“噛み合わせの事実”だ。
反対に、活躍する人にはある共通点がある。
それは——
「自分が相手にどう見えているか」
これに関心があること。
これは媚びるという意味ではない。
・相手に伝わっているか
・誤解を生んでいないか
・自分の言動がどんな影響を与えているか
こうした“他者視点”を持てる人は、驚くほど信頼される。
そして信頼される人は採用される。
信頼の根っこは、スキルではなく姿勢だからだ。
夕方、仕事を終えて家に帰ると、朝陽(あさひ)が宿題をしながら僕を見上げた。
「パパ、おしごとどうだった?」
その問いに、僕はふと感じた。
(そうか……僕たちは、子どもたちに“働く姿勢”をちゃんと伝えなければいけないんだ)
採用とはなにか。
仕事とはなにか。
人としてどう在ることが信頼につながるのか。
これらは学校では学ばない。家庭でも、丁寧に語られるとは限らない。だからこそ、僕は親として伝えたいと思った。
「誰かに選ばれるということは、その人の未来を一緒に背負う仲間として見てもらえるってことなんだよ」
朝陽はうん、と小さく頷いた。
その小さな頷きに、僕は救われる気がした。
人手不足でも不採用になるのは、当たり前だ。それは冷たさではなく、責任の問題だ。企業は未来を選んでいる。応募者もまた未来を選んでいる。
その“未来の噛み合わせ”が見えないときに、企業は不採用という選択をする。
そこに善悪はない。
ただの現実だ。
そしてこの当たり前が「なるほど」と言われる時代だからこそ——僕たち大人が語らなければいけないことがある。
働くとはなにか。
信頼されるとはどういうことか。
未来を一緒につくれる人とは誰なのか。
こうした“根っこの話”を、人事として、父として、これからも伝えていきたい。
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